第24話 悪役皇女の護衛役
俺とヴァルトルーネ皇女は現在レシュフェルト王国の王城へと向かっていた。
婚約破棄の後始末。
ユーリス王子と正式に縁を切るためである。
士官学校の卒業式で、ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子は完全に対立姿勢を見せたが、それだけでは王族と皇族の婚姻が完全に破棄されるわけではない。
前世の彼女は、ユーリス王子との関係性を曖昧なままズルズルと続けてしまい、その結果ヴァルカン帝国内での立ち位置も固まらず、皇帝への道を逃してしまったという。
──彼女の望みを叶えるための第一歩。足を踏み外すことがないようにやれるだけのことをしよう。
「アルディア、婚約破棄に関しては問題なく手続きが済むと思うけど、万が一……非常事態が起こったら、その時はよろしくね」
俺はヴァルトルーネ皇女に渡されたとある物体を握りしめて頷いた。
大丈夫。
全ては上手くいくはずだ。何故なら、ヴァルトルーネ皇女は、一度した失敗を繰り返さないように同じような状況に陥った時の対策をちゃんと立てる人間だから。
不測の事態も考慮して、婚約破棄の手続きの場に俺を同行させてくれている。
「はい、ヴァルトルーネ皇女殿下の計画通りに動いてみせます」
「ありがとう。とても頼もしいわ」
心構えも済んだ。
俺とヴァルトルーネ皇女は、王城の門をくぐり抜け、その先にあるであろう宿敵の元へと歩みを進めた。
▼▼▼
王城内部は豪華絢爛な造りであった。
本来、平民の俺なんかが入れるような場所ではない。だが、今回だけは例外。
ヴァルトルーネ皇女の護衛役という名目で登城を許された。
そして、今目の前には、ヴァルトルーネ皇女にとって一番嫌悪を抱いているであろう人物がいる。
「ふっ、よく来たな。ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフ。てっきり、ここには来ないと思っていたぞ」
ユーリス王子は見下すような視線をヴァルトルーネ皇女に向け、表情を変えない彼女を嘲笑った。
「御託は結構です。もう一度問いますが、本当に婚約破棄をしてよろしいのですね?」
「何を今更なことを……お前は俺に捨てられたのだ。女が思い上がるなよ!」
ユーリス王子は本当に愚かなようだな。
仮にも彼女はヴァルカン帝国の皇女。
ユーリス王子は、ヴァルトルーネ皇女と自分が対等な存在であるという自覚に欠けている。外交関係など考えていないみたいである。
馬鹿丸出しのユーリス王子から、節操のない言葉を浴びせられながらも、ヴァルトルーネ皇女は顔色一つ変えずに淡々と語る。
「そうですか。では、国王陛下承諾のもと正式にこの婚約を破棄して頂きましょう」
彼女からしたら、この婚約破棄は痛くも痒くもないものである。
ユーリス王子は思っていた反応じゃなかったからか、次第に青筋を立てながら顔色を悪くした。
そして、その怒りの矛先は偶然目に留まったであろう俺に向けられる。
「それで、さっきからお前の横にいる男は何なんだ? 見たところ卑しい身分のしょうもない男に思えるんだが」
ユーリス王子は俺のことを知らない。
平民だから、直接何か関わり合う機会が無かったからだ。だからこそ、俺が貴族でないと彼は理解していた。
「彼は、私の護衛です」
「ほー、ヴァルカン帝国の皇女であるお前は、護衛にそんなひょろっちい下級民を据えているのか。ははっ、帝国の程度というものが知れるな!」
「はぁ……」
煽る煽るユーリス王子。
だが、ヴァルトルーネ皇女はもはやユーリス王子に視線すら向けていない。
ただため息を吐き、彼を無視して国王陛下の方へと歩いていく。
俺もそれに従い、ヴァルトルーネ皇女の背後にピタリと付き従う。
「おい、待てよっ!」
ユーリス王子が強引にヴァルトルーネ皇女の肩を掴もうとする。俺はそれを見逃さずに、彼の手がヴァルトルーネ皇女の肩に触れる直前でしっかりと止めた。
王族に対して無礼な行い。けれども、今の俺はヴァルトルーネ皇女の護衛という名目を得ている。
「このっ、平民風情が俺に触れるとは……っ!」
ユーリス王子は顔を真っ赤に染め上げ、今にも殴りかかってきそうなくらいに怒り心頭であったが、遠慮なんて絶対しない。
「皇女殿下に触るなっ!」
「────っ!」
「王族だろうと、なんだろうと……彼女に害を及ぼす愚か者を彼女に近付けさせはしない」
「貴様ッ!」
激昂するユーリス王子。
俺だって募る気持ちはあった。
恩人であるヴァルトルーネ皇女に対して数々の暴言、彼女に言われて反論を我慢していたが、やはり苛立ちは確かに湧き上がってくる。
ユーリス王子から向けられる険しい視線に俺も、同じくギラついた睨みを効かせる。すると、ユーリス王子は呆気なく怯えたような顔になる。なんだ、そんなに怖かっただろうか。
ちょっとしてやった感があるな。
と、ユーリス王子の腕を抑えている手とは逆の手をヴァルトルーネ皇女に握られた。振り向けば、彼女は少し困ったような顔をし、
「アルディア、今はダメ……」
そう諭される。
カッとなっていたのがヴァルトルーネ皇女にはバレバレだったのだろう。俺は深呼吸をし、ユーリス王子の手を離す。手を離した瞬間、ユーリス王子は痛そうに俺に握られていた箇所を摩る。
「…………ただで済むと思うなよ?」
「…………」
「うっ……くそっ!」
おっと、今度は無意識に睨んでいたようだ。
ユーリス王子はまたしても、逃げ出すようにその場を立ち去った。
「アルディア、貴方って怒ると怖いのね。少し意外」
……その言葉ちょっと心に効きましたよ。
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