第20話 想定外な出来事
騎竜に乗り、俺たちはヴァルカン帝国に向かう。
そういう方向で話は進んでいた。
……進んでいたのだが、少しだけ問題が発生した。
「ドルトス隊長、騎竜の数が若干足りません!」
そう、騎竜兵と俺たちの人数を加味すると、若干人数オーバーしていたのである。
騎竜一頭に対して、搭乗できるのは二名まで。
騎竜兵が五名。
俺たちとヴァルトルーネ皇女が合わせて七名。
騎竜の数が五頭。
つまり、二人が騎竜に乗れないという計算になる。騎竜を操ることのできる騎竜兵の人が騎竜に乗るのは確定として、俺たちの中で二人だけが騎竜でヴァルカン帝国に赴くのを断念しなくてはならないのだ。
「申し訳ありません。騎竜兵は各地で引く手数多。そのため、こちらに赴くことが出来たのは、我々だけでして……」
ドルトスが申し訳なく、ヴァルトルーネ皇女にまた謝っている。
その様子を先程から黙って見ていたミアが横から口を挟む。
「ちょっといいですかぁ? あの、私自分の騎竜持ってるんで、最悪私を残して貰えれば問題ないっすよ!」
ドルトスはミアの声に反応して勢い良く顔を上げた。
そして、ミアのことをじっくりと観察してから、ドルトスは呟くように告げた。
「も、もしかして……貴女はクリミア商会長のお嬢様……ミア殿でいらっしゃいますか?」
「うん、だから自前の騎竜とかもかなり保有しているんだよ」
「なるほど……」
ミアって商会の娘さんだったのか……。
軽々しい態度の中に時々見られる優雅な立ち振る舞いから、裕福な家系だとは常々感じていた。ただ、彼女自身が貴族じゃないと言っていたので、特にそういう高い身分であるなんて知らなかった。
「へー、ミアさんってあのクリミア商会のお嬢様だったのか……初めて知った」
スティアーノよ、俺も初耳だぞ。
ペトラやアンブロス、フレーゲルもミアがそういう生い立ちだったことは知らなかったような目をしていた。
何はともあれ、これにて騎竜不足問題は解決された。
滞りなく、ヴァルカン帝国に向かう手筈が整った……と思ったのだが、食い下がる者がいた。
ヴァルトルーネ皇女であった。
「その必要はないわ。私がアルディアとフィルノーツに残ります」
何を思ったのか、ヴァルトルーネ皇女はミアの提案をバッサリ切り捨てた。
「ちょっと、ヴァルトルーネ皇女殿下は何を言ってるんですか? ミアがああ言っているんだから、厚意に甘えるべきだと思いますけど?」
ペトラがそれに噛み付いた。
何が気に食わなかったのか、ヴァルトルーネ皇女に対してバチバチの睨みを効かせ、平民とは思えないほどに堂々とした高圧的態度であった。
そんなペトラの対応にも、ヴァルトルーネ皇女は毅然とした態度で応じる。
「ごめんなさい、そういうわけにはいかないわ」
「どうしてよ!」
「ヴァルカン帝国の皇女として、お客様を差し置いて母国へ向かうわけにはいかないのです。どうかご理解ください」
尤もらしい理由だな。
あくまでも俺たちはヴァルトルーネ皇女のお客人扱い。彼女がこうして俺たちのことを優先するのは当然のことであるような言い回しである。
ただ、一点。
ヴァルトルーネ皇女と俺が残るということに関しての説明を省いていることが不可解ではあるが。
騎竜でヴァルカン帝国に向かうのなら、一人だけが乗れないことになる。だから、ヴァルトルーネ皇女が俺を一緒にこの場所に残そうとする意義は本来ないはずだ。
となると──。
「ヴァルトルーネ皇女殿下、もしかして俺と何か話しておきたいことでも?」
コソッと耳打ちするとヴァルトルーネ皇女は静かに頷く。
「アルディア、今後のことで少し相談したいことがあるの。いいわよね?」
「はい、俺は貴女に従いますよ」
どんな内容かは知らないが、まず間違いなく対レシュフェルト王国戦に関することだろう。
ヴァルトルーネ皇女が底冷えするように冷徹な声を出す時は、大抵レシュフェルト王国絡みのことなのだ。
「ちょっと、二人でなにコソコソ話し合ってるの?」
ペトラはまた不審がった視線をこちらに向けてきている。
機転を効かせて、ヴァルトルーネ皇女はニッコリと微笑む。
「いえ、騎竜に乗る権利を友人である皆様にお譲りしてもよろしいか、尋ねていただけです」
「その通り、俺はヴァルトルーネ皇女殿下と少し遅れてから帝国へ行くよ」
ヴァルトルーネ皇女の話に俺は思いっきり乗っかった。
ペトラはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、彼女の肩に手を置くフレーゲルが言った。
「だそうだ。あまり騎竜兵の人たちを待たせるものじゃない。ペトラ、行くぞ」
「…………分かったわ」
ナイスだフレーゲル。
ダメ押しとでもいうかのようにアンブロスもペトラの横に立ち、
「アルディア、先に行っているぞ」
俺のことをじっと見てそう告げた。
俺は努めて、平常心を装いながらアンブロスの言葉に頷き、手を振る。
「ああ。少し遅れるだろうけど、そんなに待たせないから」
様々な感情を抱えながら、俺の友人は騎竜に乗り空へと旅立つ。
それを俺はヴァルトルーネ皇女と見上げていた。
「……ご友人を仲間に引き入れたのは、戦争が起こった時に敵対したくないからですか?」
「ええ、大事なものはもう失いたくありませんから。俺の手が届くところに彼らが居れば、前世の歴史を利用して守ってあげられるので」
「そうですね」
空高くに飛んでいった友人には俺とヴァルトルーネ皇女の会話は聞こえない。
騎竜に乗り、テンションの上がっているスティアーノ。
ただこちらを見下ろすように見ているペトラ。
目を瞑り、何を考えているか分からないアンブロス。
遥か遠くにあるヴァルカン帝国方向をじっと見据えているフレーゲル。
そして、ミアが…………は?
騎竜に乗ってない⁉︎
「ちょいちょーい。今のはどういう話なの?」
油断していた。
てっきりミアはもう騎竜に乗って空に上がっていったと思っていた。ヴァルトルーネ皇女との会話を聞かれてしまったかもしれない。俺は深くため息を吐いた。
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