第19話 隊長は慕われている




 騎竜に乗ったリーノスは、巨漢の男の声を聞いていたみたいだが、そのまま遠くまで騎竜と飛んで行ってしまった。

 既に豆粒くらいのサイズに見えるくらいその距離は離れてしまっている。


 巨漢の男は呆れた様子でそちらに目を向けていたが、やがてヴァルトルーネ皇女に視線を戻した。


「申し訳ありません皇女殿下。私の教育不足であります」


 先程までの怒声が嘘みたいに男はしおらしくヴァルトルーネ皇女に頭を下げて、謝罪をしていた。

 教育不足と言うには、彼はきっとそれなりのポストに就いている者なのだろう。ヴァルトルーネ皇女は優し気に微笑み、


「顔を上げてください。ドルトス卿、貴方のせいではないのですから」


 そう告げ、ドルトスの肩にそっと手を添えた。


「しかし……はぁ、任務を放棄するなど、誇り高き騎竜兵士としてあるまじき行為です」


「彼は、平民に対して悪印象をお持ちの様ですね」


「はい、ですが……平民でも、同じ隊に属した仲間にあのような態度を取ることはありません。根は真面目で仲間想いの子なのですが……いかんせんプライドが少々高くて」


 染み付いた思想は中々変えられないということなのだろうな。

 だからこそ、ヴァルカン帝国はレシュフェルト王国との戦争に敗れたのだ。

 凝り固まった伝統を重んじて、新しきに目を向けない。

 その結果が、将官の大量死。

 無能な貴族が兵の指揮を取ったがために、無駄に戦力を失い、最期は己自身も命を抜き取られるのだ。


 レシュフェルト王国は、平民であっても優秀な者には軍の指揮権を積極的に与えていた。俺もその一人であったし、合理的な考えだと思っている。


 この排他的な思想をどうにかしない限り、ヴァルカン帝国に明るい未来は訪れないだろう。

 最も、今のままレシュフェルト王国と戦争をすれば、確実に敗北する。

 暗い未来どころか、道筋そのものがバッサリ切り捨てられる結果が待っている。

 俺はそんなことを望まない。

 今度こそはちゃんと負けないように。


「これは、リーノス卿に限った問題ではありません。ヴァルカン帝国の貴族全体の問題でしょう」


「そうですな……帝国貴族は元来、平民との馴れ合いを良しとしません」


「ええ、でも。ドルトス卿はそういった慣習に染まっていなくて安心しています」


 ヴァルトルーネ皇女が笑えば、ドルトスは頭を掻きながら照れ臭そうにそっぽを向く。


「いえ、私はただ。強い者を好んでいるだけであります。貴族至上主義の体制より、実力主義の考え方が色濃く表面に出ているのだと思います。現に我が第四騎竜兵隊は、私が選び抜いた精鋭だけを揃えておりますし、半数以上は平民上がりの者たちです」


 騎竜兵たちはドルトスの言葉を聞き、嬉しそうに頷いた。


「隊長は俺たちの誇りです! 平民だからと虐げられてきましたが、隊長は違いました。正当な評価をしてくれるんです」


「そうよ。私はこの第四騎竜兵隊に入隊出来て本当に幸せを感じているんですから!」


「ドルトス隊長は、帝国貴族の中でも数少ない人格者の一人って有名だしな!」


 ドルトスは随分と騎竜兵たちに慕われているようだ。

 竜騎兵隊の結束力の強さを見せつけられて、いつの間にか俺の懐まで近寄ってきていたペトラがボソリと呟く。


「暑苦しいわね……」


「そういうこと言うんじゃないよ……」


 コソコソと彼らに聞こえないくらいの声量で注意をするが、ペトラは「だって」と唇を尖らせた。

 まあ、俺たちからしたらとんだ茶番劇に見えて当然のことだろう。俺たち仲良いんですよアピールのように見えるそれ、しかしながら、二度目の人生を経験している俺から言わせてもらえば、ドルトスの部下からの慕われっぷりというのは、ヴァルカン帝国に差した一筋の希望に思えてならない。


「ペトラは知らないかもしれないが、帝国貴族が平民に対して偏見を持たずに接するのは相当凄いことなんだぞ」


 だから、諭すようにその事実を教えた。

 アンブロスも、それを聞きペトラに視線を向ける。


「そうだな。あの御仁から流れ出るオーラ……まさに聖人のような清らかさが存分に現れている」


「は? オーラ? アンブロス……何言ってるか意味分かんないんだけど」


「健全な肉体にこそ、健全な精神が宿る。つまり、そういうことだな!」


 アンブロスの言葉に首を傾げるペトラだった。

 要するにドルトスは信頼出来る男だとアンブロスは伝えたいのだろうけど、そんな遠回りな言い方じゃ、ペトラに伝わらないぞ。

 もっとストレートな言い回しを考えたほうがいい。


「んんっ、まあ……私の話はこれくらいにしておきましょう。皇女殿下、お客人を騎竜によって帝国にお送りするのですよね?」


 この賞賛劇は、ドルトスの流れを切るような一言により、収束することになった。

 よっぽど恥ずかしかったのだろう。

 ドルトスは、ヴァルトルーネ皇女と視線を合わせようとしていなかった。ヴァルトルーネ皇女はその様子を見て心底ご満悦である。


「ドルトス卿、よろしくお願いします」


「お任せください。皇女殿下のお客人様を必ずヴァルカン帝国へと送り届けましょう」


 結局、俺たちは騎竜に乗った空の旅を問題なく謳歌できるようだ。ヴァルトルーネ皇女と顔を見合わせ、俺たちはホッと息を吐いた。

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