第18話 騎竜兵と身分の壁




 フレーゲルの家を訪問した翌日。

 慣れ親しんだ学舎で、苦楽を共にした大事な学友を呼び出し、俺は今──。


「…………騎竜、か」


 大きく翼を広げて、咆哮を上げる騎竜を前に凄んでいた。



 ヴァルカン帝国移動のためとして、ヴァルトルーネ皇女が騎竜兵数名と共に手配した騎竜は、人間よりも一回り大きい。

 ヴァルカン帝国では騎竜の軍事利用が盛んに行われている。

 前世では、騎竜兵とも戦ったが、空中から不規則に素早い移動をしてくる騎竜には手こずらされたものだ。




「騎竜だ……すげぇ。俺初めて見たわ……」


 目をキラキラと輝かせ、騎竜の方に手を伸ばしているのは、スティアーノ。

 おいおい、噛まれるぞ。

 俺なら絶対に騎竜に軽々しく触れようとは思わない。

 彼の安易な行動が少しだけ心配だが、興味が出てくる気持ちも分かる。

 戦争が起これば、そこら中で騎竜を目撃していたが、平和な今の環境下では、レシュフェルト王国出身で、平民であればそれを目にする機会なんてほとんどない。


 こんな大きな生物が大人しく人を背に乗せている光景は、改めて見ても異様な光景だ。


「帝国内で最も、優秀な血統を持つ騎竜です。ヴァルカン帝国内では他にも多くの騎竜を飼育しておりますが、この種の騎竜は他とは比べ物にならないくらいの速力、知能、攻撃性を備えているのよ」


 ヴァルトルーネ皇女は自慢気に語る。


「それにしても、不思議ですね。アルディアはどうして……ヴァルトルーネ皇女様とベッタリくっついているんだろう……ね?」


 ああ、本当に寒気が。

 ヴァルトルーネ皇女は俺の真横に立っている。

 そして、その様子をギラギラとした鋭い視線で見つめているのが若干険しい表情を浮かべているペトラであった。


「ペトラ、あのな」


「ふんっ!」


 言い訳の余地は……なさそうだな。

 前世の縁とか言ったところで、信じてはもらえないだろう。俺だってそんなこと言われたら、馬鹿にされたのかと思い、腹を立てそうだし。


 この場には、俺の学友が集まっている。

 まあ、士官学校にまだ通い続けるアディとトレディアはいないが、俺、スティアーノ、ペトラ、アンブロス、ミア、フレーゲルの六人が集まっており。

 部外者枠というわけではないが、ヴァルトルーネ皇女と彼女の連れてきた騎竜兵数名が一堂に会している。


 それなりに大所帯。

 集合場所が人気の多い目立つ場所でなくて良かったなぁとしみじみ思った。


「皇女殿下! それで彼らは何者なのですか?」


 騎竜兵の若い男の一人が声を上げた。

 俺たちのことが気になるのだろう。


「彼らは私の大切なお客様です。ヴァルカン帝国に招待するつもりですけど、何か問題がありますか?」


 渋い顔のまま偉そうな騎竜兵は一歩引き下がる。

 大方、貴族の令息とかだろう。

 俺たちのことを何者かとヴァルトルーネ皇女に聞きつつ、視線はフレーゲルに対して鋭く向けている。


 フレーゲルは、レシュフェルト王国貴族であるマルグノイア子爵家の四男。ヴァルカン帝国の貴族からしたら、他国の貴族とヴァルトルーネ皇女が親しくしているのが理解不能なことなのだろう。

 多分、ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子の婚約破棄の内容も帝国内で出回っていることだろうし。


「……皇女殿下。失礼を承知の上で申し上げますが、私は彼らが帝国領内に足を踏み入れるのに反対でございます」


 案の定、その男は難色を示し、俺たちのヴァルカン帝国入りを認めたくないみたいだ。


「へぇ、それはどうしてかしら?」


「レシュフェルト王国との友好関係がどのようになっていくのか、皇女殿下自身もご理解されているはずです。それなのに、王国貴族を客人として招き入れるなど、皇帝陛下が許すとお思いですか⁉︎」


 まあ、妥当な内容だな。


「お父様の許しを請おうなどとは思っていません。私の友人を国に招くことに何の問題があるというのですか?」


「百歩譲って、そこの王国貴族を帝国に招待するのは認めましょう。ですが、それ以外の者たちは平民ですよね? 彼らを客人として招くなど、皇女殿下の品位を損なうかと」


 ヴァルカン帝国は貴族至上主義の国であった。

 戦争中もそれらの影響が顕著に現れ、将官は皆帝国貴族の令嬢、令息などが大多数を担い、平民の将官が台頭してきたのは、ヴァルカン帝国が追い詰められた終戦間際のことであった。

 騎竜兵の男が抱く平民への差別思想が大きいことは、不思議なことでも何でもない。当たり前のことなのだ。


「それは、私の目が節穴と言いたいのですか?」


「い、いえ! 決してそのような意図はなくて……」


「では、私が誰と親交を深め、誰を客人として母国に招待しようとも、私の勝手ではありませんか?」


「そ、それは……」


 ヴァルトルーネ皇女の言葉を聞き、男は言葉を詰まらせる。

 そして、歯を食いしばりながら俯いた。


「リーノス卿、彼らは私の大切なお客様です。失礼のない対応をお願いします」


「──っ! 申し訳ありませんが…………少し、考える時間を頂きますっ!」


 リーノス卿と呼ばれた騎竜兵の男は、自分で連れてきた騎竜に跨り、空中へと飛び立った。

 その様子をポカンとした顔で見ている騎竜兵の人たち。

 唯一、その行動に声を荒げたのは、


「おい、リーノスッ! 任務を放棄するのかっ!」


 騎竜兵の中で一際屈強な肉体を持つ、巨漢の男であった。


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