第17話 弁解の余地は?




「よう、フレーゲル」


「アルディア……どうしてここに?」


 かつて失った友人との再会は、マルグノイア子爵邸のすぐ近くにある脇道であった。


 残念ながら、平民風情の俺が貴族の屋敷に足を踏み入れることなど到底できない。だから、彼が出てくるのをひたすらに待ち続けた。

 ヴァルトルーネ皇女は少し離れた場所に馬車を停め、こちらの様子をさり気無く見守ってくれている。

 失敗はできない。

 俺は必ず、フレーゲルを帝国に連れ帰ると決意する。


 久しぶりに見たフレーゲルの顔色は悪く、少し痩せ細っているような気もした。


「少し話があるんだ。……いいか?」


 フレーゲルは俯く。

 それから申し訳なさそうな声で話し出した。


「卒業式に行けなかったことか。悪かったな……ちょっと色々あって」


「それは別にどうでもいい」


「──!?」


 今回の本題はそこではない。

 フレーゲルは何か勘違いしている。

 卒業式の前に集まらなかったことで、俺が怒っていると?

 ……そんなくだらないことでわざわざ訪ねたりはしない。

 

 ペトラが激怒してようとも、俺はそこを咎めたりする気はない。


「じゃあ、なんだよ?」


 フレーゲルは半ば投げやりな口調で聞いてくる。

 恐らく、婚約者との関係を切らされた後なのだろう。

 やさぐれ具合が顕著に現れている。

 傷を抉るようで申し訳なく思うが、今はそんなことに気を配っている時間がない。

 回りくどい言い回しはなし。

 直接的に俺は告げた。


「フレーゲル、単刀直入に言う。レシュフェルト王国を出て、ヴァルカン帝国に来ないか?」


「……は?」


 そりゃそうなるか。

 フレーゲルのポカンとした顔が彼の困惑具合を表していた。




▼▼▼



 話し合いの時間はほんの数分間。

 結論から言うと、フレーゲルの引き抜きには成功した。

 聞けば、アリシア嬢との婚約破棄を父親から迫られ、家族仲に大きな亀裂が入ったとのこと。


「ヴァルカン帝国に行くよ」


 フレーゲルは快く返事をしてくれた。

 ……ここで話が終われば大団円のハッピーエンドであったことだろう。

 けれども、


「なっ、なんでヴァルトルーネ皇女殿下とお前が一緒の馬車に乗ってんだよ⁉︎」


 うっかり俺がヴァルトルーネ皇女と一緒にいるところを見られてしまい、フレーゲルから鋭い視線を向けられる羽目になった。

 まあ、帰りはヴァルトルーネ皇女の馬車で送ってもらうことになっていたから、一緒にいるところを見られるのは、若干予想していたけど……。


 驚嘆の声を上げて、顔色を二転三転させているフレーゲルにヴァルトルーネ皇女は凛とした佇まいのまま優しげな眼差しを送る。


「アルディアは……私の大切な人になったの。それが彼と私が共にいる理由よ」


「たっ、大切な……人⁉︎」


 ああ、待ってください。

 なんか誤解招くような言い回しされちゃうと、後々質問攻めされるんで、控えてもらえると嬉しいんですが。

 しかし、俺の願いも虚しくその誤解は広がり続ける。


「アルディアには、ヴァルカン帝国の軍務に従事してもらいます。そして……」


「そして?」


「最終的には、彼のことを私の専属騎士に任命するつもりです!」


「ちょっ⁉︎」


 そんなこと一言も聞いてない。

 俺はただ、ヴァルトルーネ皇女に忠誠を誓うとだけ言ったのだ。そんな要職に就かされるなんて寝耳に水である。


 ヴァルカン帝国において、皇女の専属騎士になるというのは、言葉の内容以上の意味を含んでいる。

 仕える皇女の身を守るのは勿論のこと、皇女様の命令をなんでも聞かなければならない。どんなにセンシティブな要求でも、である。まあ、ヴァルトルーネ皇女に限ってそんなことを言い出すとは思わないが……。


 それ以前に俺やフレーゲルはレシュフェルト王国出身。

 ヴァルカン帝国の皇族が専属騎士に強いることがどのレベルまでなのかは正しく把握していない。

 全ては憶測。

 勝手な想像だ。


 ──けど、ヴァルトルーネ皇女に限って専属騎士に関するおかしな噂が出回っていることを知らないはずがない。そんな意味深なことを言うなんて、何を考えてるんだ⁉︎


 ヴァルトルーネ皇女の口から出た爆弾発言に俺は当然驚いた。

 そして、それを聞いたフレーゲルも顔を赤らめて腰を抜かしていた。

 

「……アルディア、お前……ヴァルトルーネ皇女殿下に何したんだよ!」


「何もしてないから!」


 酷い誤解である。

 フレーゲルの脳内ではきっと、俺がとんでもないことを要求されている場面でも想像されているのだろう。頼むから、変な妄想を控えてくれ。


 余計な誤解は中々解けない。


「ふふっ」


「────っ!」


 俺の慌てふためく様子を見たヴァルトルーネ皇女がなんだか楽しそうだったのは、きっと気のせいじゃないだろう。多分、フレーゲルが驚くように言葉を選んだに違いない。


 これから先、優しい悪役皇女様に弄ばれ続けるのだろうかという考えが薄ら脳裏を掠めた。

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