2章
第16話 迷いを断ち切る
ヴァルトルーネ皇女に忠誠を誓った翌日。
俺は、フレーゲル誘致のためにヴァルトルーネ皇女の手助けを借りながら、黙々と準備を進めていた。
現在地は、ヴァルトルーネ皇女が所有する皇族専用馬車の中。
二人っきりというのは、なんだか落ち着かないが、他の誰にも話を聞かれないように二人だけで話すには、この馬車以上の密室はない。
「フレーゲル=フォン=マルグノイア子爵令息は私も知っているわ。確かヴァルカン帝国のライン公爵家次女であるマリアナ嬢と婚約していたはず」
「そうですか……公爵家の御令嬢と」
まさかフレーゲルの婚約者がそんな大物とは思わなかった。
公爵令嬢と親しくなっているなんて……しかし、マルグノイア子爵家に居続ければ、彼はそのマリアナ嬢と引き離されることになるとヴァルトルーネ皇女は言う。
レシュフェルト王国とヴァルカン帝国がこの先どんどんと関係を悪化させていくのだから。
「フレーゲルは、前の世界では行方不明になっています。だから、彼がどうしてそんなことになったのか不思議だったのですが」
俺の一言にハッとしたような顔をしたヴァルトルーネ皇女は思案顔で手を仰いだ。
「実は、マリアナ嬢も戦時中に行方不明になっているの。彼女が生きているのか死んでいるのか、当時は分からなかったけど……」
「駆け落ち……」
その可能性に俺とヴァルトルーネ皇女は同時に至ったと思う。
国の亀裂をものともせず、二人は共に歩むという選択をしたのではないか。
そう考えると、前世でフレーゲルが不幸せだったとは言い切れない。
「その可能性は高いと思うわ」
「なら下手に手を出さないほうがいいんですかね……二人の幸せがそういう形で成就するのなら」
ただの平民であった俺が誘うならともかく、今の俺はヴァルトルーネ皇女に忠誠を誓った身。
フレーゲルを帝国に招こうものなら、間違いなく彼も戦争に巻き込まれる。
だからこそ、どうするのが正解か……判断が鈍る。
軽はずみな行動が己を滅ぼすトリガーになり得ると、前世で嫌というほど味わった。
ヴァルトルーネ皇女は少し考えた後に口を開いた。
「アルディア、後悔のない選択を──貴方はどうしたいの?」
「────っ!」
言葉に含まれる意味合いが俺の心に深く刺さった。
彼女自身の戒めとも取れる言葉。
俺とヴァルトルーネ皇女は二度目の人生を送っている。だからこそ、やらずに後悔するなというような感情が伝わってくる。
「失敗はもう十分。この世界では、悔いのない道を信じて進めばいいと思うの、でしょ?」
──つまり、彼女はこう言いたいわけだ。
結果がどうなったとしても、今の自分にとって最良の選択をするべきである、と。
そうだよな。
なんのためにこうして、チャンスを与えられたのかを見失うところだった。俺はフレーゲルとまだまだ関わり続けたい。
「ありがとうございます。雑念はもうありません。俺はフレーゲルを必ずこちら側に引き入れます」
「ええ、その調子よ」
やるのなら徹底的にだ。
フレーゲルをマルグノイア子爵家から引き抜く。
彼がもし嫌がるのであれば、その時は考えを改める。ただ、俺の望みを彼が了承してくれたのなら……。
その時は精一杯、彼のことを支えてやることにしよう。
「フレーゲルはとても優秀なやつだから、必ずこちらの陣営に加えたい人材なんです」
「そうね、彼の士官学校での成績を見れば、どれほど有能なのかはよく分かるわ。それにマリアナ嬢との婚約をしていた……彼を逃す理由が見当たらないわ」
フレーゲルは前回駆け落ちしたのだろうけど、今回も同じになるとは思わない。
仮に敵対することになったら、厄介な相手となるのは間違いないだろう。
「フレーゲルの望む未来を用意してあげたいです」
「ええ、そう手引きするつもりよ。マリアナ嬢と彼との仲が引き裂かれないようにすればいいのよね」
「はい」
ヴァルトルーネ皇女ならそれが可能だ。
ヴァルカン帝国の皇族にして、
次期皇帝候補である彼女なら──。
「もうすぐ到着よ。説得は……貴方に一任するけど、大丈夫よね!」
「はい」
だから、失敗は許されない。
マルグノイア子爵邸に向け、馬車は動き続ける。
焦りと緊張感がついぞ、頭の中を支配していた。
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