第13話 私の幸せな最期(皇女視点)




 卒業後、私はユーリス王子との婚約を破棄した。

 彼との婚約破棄はヴァルカン帝国とレシュフェルト王国の関係性を悪化させ、その結果……


 僅か一年後に両国は戦争状態に陥った。


 周辺の国々は皆ヴァルカン帝国の方を非難し、レシュフェルト王国側に付いた。

 いくらヴァルカン帝国が世界屈指の大国だとしても、複数の国からの侵略行為に対処するのは難しい。戦争は六年間続いたが、結局ヴァルカン帝国の敗北で幕を閉じることになる。


『あの時……アルディアともっと親密になっていれば、結果は少しは変わったのかしら』


 戦場を駆け抜けている時、私はふとそんなことを思った。

 彼を懐柔しようとして失敗したすぐあとのことだった。


『悪い。王国には、友人や家族がいるんだ。寝返ることはできない……』


 ──そう、よね。敵国の……しかも皇女からそんなこと言われたって、困るわよね。友人や家族は大事だもの。仕方ないのよね……。


 でも、私が彼の友人だったら、あの話を聞き入れて貰えたのかしら?


 結局手を伸ばさなかった自分が悪い。

 アルディア=グレーツはヴァルカン帝国内でも恐れられる立派な騎士になっていた。

『冷徹なる黒衣の魔王』

 どれだけ傷を負っても臆することなく前に進み、友軍が全滅してもなお進み続けてくる。まさに魔王と呼ぶに相応しい最強の騎士。


 逃げ惑う敵兵を容赦なく蹂躙し、彼の通った道には死体の山が築かれる。

 彼が味方であったなら、きっとヴァルカン帝国はまだまだ持ち堪えられた可能性がある。それくらいの一騎当千ぶりを彼はまざまざと見せつけてきた。

 逆に彼が敵であったから、ヴァルカン帝国はレシュフェルト王国に対して苦戦を強いられた。


 ──私がこうして戦場に駆り出されるのも、彼がいるからなのよね。皮肉なものだわ。母国の傷が広がるたびに彼に会える。

 それを心のどこかで少し嬉しく思っている自分がいるんだから。


『ヴァルトルーネ皇女殿下、貴女は何も悪くなかった……』


 私が牢に囚われている時も、彼は変わらず優しかった。

 やっぱり、彼と共に皇女としての道を歩みたかった。


『アルディア……どうしてそんなに優しくしてくれるの?』


『命の恩人に冷たくするほど、非道な人間じゃありませんから』


 あの時のことだろう。

 彼を治療してあげた時の……本当はあのまま何もせず、彼が絶命する瞬間を傍観していた方が良かったはすだった。

 皇女として、あの時アルディアを治療したのは大きな間違いだった。けれども、私はあの時のことを後悔していない。


『貴女は優しく、本当は戦争なんて望んでいなかったはずなのに……皇族だからって、こんな仕打ち……』


 何故なら、彼が私のためにこんなに苦悩に満ちた顔をしてくれているのだから。

 私のことを本気で大事に思ってくれることが嬉しかった。

 私の処刑日はすぐそこまで迫っていた。でも、不思議と恐怖はない。


 私の命が尽きる日が迫る。

 アルディアは私の牢に毎日訪れ、食事やその他日用品を甲斐甲斐しく持ってきてくれた。


『皇女様、来ましたよ』


『いらっしゃい、アルディア。ずっと待っていたわ』


 ──彼と話すことが幸せだった。


 どうでもいい内容の話も、彼と交わした言葉だったから、私の中で温かく、かけがえのない思い出となった。

 戦禍を歩み、私の足は傷だらけになってしまったけれども、彼の顔を見れば、その傷が癒ているかのような感覚になった。


 死の直前が私の幸せな時間だった──。


『これより、ヴァルカン帝国の戦争犯罪者、ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフの斬首刑を執り行う』


 私の全てが終わる瞬間、最後に彼の顔が見えた。

 人混みに紛れていたけれども、彼の顔は確かにそこにあって、

 とても悲しそうに目を潤ませて、

 されども、口は噤んだまま。


 ──ありがとう。アルディア、ヴァルカン帝国最期の皇族になるのは不名誉なことだけど、貴方と過ごした時間は死んでも忘れないわ。


『刑を執行せよ!』


 ──だから、もし生まれ変わったら……今度は私の横を歩いてね?


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