第14話 待望の瞬間





「アルディア=グレーツ。私と共にヴァルカン帝国に来てくれないかしら…………いいえ、来なさい!」


 それは、お誘いなどではなかった。

 絶対的な支配者からの命令に近いものである。

 レシュフェルト王国出身の俺にそんなことを要求するなんて……。

 さっきユーリス王子との婚約が無くなった瞬間から、これを言うつもりだったのだろうか。


 ヴァルトルーネ皇女の発言から、俺は悟った。

 彼女もまた俺と同じなのではないか、と。


「…………」


「急な話で困惑していることでしょう。無理もないわ……祖国を離れて隣国に来るなんて、しかもさっきのあの場面を見ていたなら、王国と帝国が今後どのような関係になるかも想像に難くないはず。貴方からしたら、私のお願いを了承するのはあり得ないこと、よね……」




 ──それは、違いますよ。




「でも、お願い。私は貴方が欲しい……」




 ──貴女に求められるなんて、そんな幸せなことはない。断る道理もない。俺はもう決めているんだから。




「無理強いなんてしないわ…………来なさい、なんて偉そうに言ったけれど、貴方の意思を無視してまで連れ帰ろうとは思っていないわ。でも、少しでも貴方にその気持ちがあるのなら……」




 ──ああ、やっとですか。やっと貴女に報いることが出来る。




「私と共に帝国に……」




 ヴァルトルーネ皇女はダメ元のつもりだろう。


 言葉の節々に苦しさが表れている。

 彼女は知っているのだ。


 俺の祖国、レシュフェルト王国内には俺の大切な人が多くいるということを──。

 でも、そんなことは今の俺には関係がない。

 一度全てを失ったから。

 中途半端な立ち位置に居座り続けた結果は最悪なものになった。



 ──だからもう、優先順位を間違えることはない。


 ヴァルトルーネ皇女がどうして俺なんかをそんなに欲しているのか、それは未だによく分かっていない。けれども、


「頭を上げてください」


 下を向いたまま震えているヴァルトルーネ皇女に俺は優しく声をかけた。彼女は顔を上げるが、その瞳は潤み、俺の断り文句に身構えているような感じである。


「私は……」


 弱々しい声を出すヴァルトルーネ皇女の顔をじっと見る。

 そんなに不安そうな顔をしないで欲しい。



 ──俺はもう、迷わないと誓ったのだから。



「ご一緒します。ヴァルトルーネ皇女殿下」


「えっ……⁉︎」


 信じられないというような顔だ。

 どうして、と。

 彼女はそう聞きたそうにこちらに視線を向けてくる。


「いいの?」


「ええ、もちろん。それが貴女の望みであるのでしたら、俺はそれに従います」


 ヴァルトルーネ皇女は、俺と同じ。

 あの時の記憶が残っている。

 だからこそ、今こうして俺を誘ってくれたのだ。ならば、尚更……彼女から受けた恩を返す必要があるのではないだろうか。


「ヴァルトルーネ皇女殿下……実は貴女に伝えたいことがあるのです」


 俺がどうして彼女の要求を飲んだのか、これを聞けばきっと納得してくれるはずだ。

 俺は真剣な眼差しをヴァルトルーネ皇女に注ぎ、静かに告げた。


「ヴァルトルーネ皇女殿下……今世・・でも、貴女にお会いできて嬉しい限りでございます」



 ──今度こそ、貴女の幸せな未来を途絶えさせはしない。


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