第12話 後悔した過去の選択(皇女視点)




『あ、あのっ!』


 ──気が付けば、私から彼に声を掛けていた。


 こんなのは初めてだ。

 誰かに声を掛ける時にここまで緊張することなどなかった。心臓がドクドクとうるさく鳴って、顔が熱くなるのが自分でも分かる。


 私に話しかけられた人は大抵嬉しそうな反応を示してくる。

 けれども、アルディアは至極冷静な態度で私に向かって一礼し、そのまま床に膝をついた。


『お騒がせ致しました。ヴァルカン帝国の皇女殿下』


『い、いえ……迷惑だなんて思っていないわ。むしろ、助かったくらいよ』


『そうですか。そうおっしゃって頂けるなら、幸いです』


 彼は私が求めていた理想の騎士そのものだった。

 私よりも強く、誰に対しても決して媚びたりしない。

 それでいて優しく、礼儀正しい。


 専属騎士にしたいという気持ちと、彼に対する恋心が同時に押し寄せた。完全に一目惚れ状態だった。 


『あの、よろしかったらお名前を……』


『アルディア=グレーツです』


 彼は短くそう答え、足早に其の場を去ってしまった。

 もっと色々と話したかったが、名前を聞けただけで十分だった。

 アルディア=グレーツ。

 初めて自分よりも強いかもしれないと思える人。


 自分よりも弱いなら、専属騎士なんて必要ない。

 そんな風にずっと考えたきた私の心変わり。

 そのきっかけはアルディア=グレーツとの出会いだった。


『アルディア……グレーツ……そう』


 彼の背をその場でずっと見つめていた。

 士官学校に入って行ったのを見るに、彼もまたこの学舎の生徒なのだろう。


 ──彼と仲良く、なれるかしら?


 私らしくない。

 こんなに浮かれちゃって、口角は吊り上がり、人目も憚らず恍惚な表情をしていたと思う。

 残念ながら、士官学校に在籍した五年間の間、私が彼と言葉を交わすことはなかった。


 それはアルディアの身分が平民であり、レシュフェルト王国出身であったことが一番の原因であった。


『ヴァルトルーネ皇女殿下、アルディア=グレーツに関する調査が終わりました』


 アルディアに関してはすぐさま帝国の諜報員に調べさせた。

 貴族ではなく、騎士として名を挙げたという記録もなく、レシュフェルト王国の一般家庭に生まれた一見、凡庸な学生。

 士官学校内での成績も、可もなく不可もなくというようなパッとしないもの。


 あの時見た光景とは到底噛み合うことのない人物像が浮かび上がってきた。


『その……お言葉ですが、彼を専属騎士にするなどというのは辞めておいたほうがいいかと。偉大なるヴァルカン帝国の皇女殿下である貴女様の品位が疑われかねません』


『そう……分かったわ』


 不自然に感じたが、諜報員の仕事に文句をつける気はない。

 諜報員の言葉に頷いた私はそのままアルディアを専属騎士に任命しようとはしなかった。

 彼のことを五年間ずっと目で追いながらも、私は彼と最後まで仲良くなれはしない。


 身分の差。

 そして、自分の目で見たものではなく、又聞きした情報を信じてしまったから。


『アルディア……グレーツ。貴方は何者なの?』


 呟く言葉に答える者はいない。

 空虚に広がる青空は、驚くほどに澄み切っていて、こちらの悩みなど意にも介していないかのようであった。


『なんで、私は彼のことをこんなに……』


 気にしているんだろう。

 そう思いながらも、正解が導かれることはない。

 卒業して、

 彼と会うことも無くなった。


 もう会えないと思ったいたし、会う理由もないと思っていた。だから、必死に忘れようとした。


 一時だけのもの。

 気の迷い。

 でも、直感は彼を手に入れろと訴え続けた。



 ──馬鹿らしい。もう結果は出ている。私に相応しい専属騎士なんてきっと現れないはず。彼は違うのだから。


 

 その判断が誤りであると何故気付かなかったのだろう。

 本当に私は愚かで幼かったのだ。




 

 ──結局、私は自分自身の感覚すら信じていなかった。


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