第11話 皇女の初恋(皇女視点)




 私がアルディアと初めて出会ったのは、士官学校に入学する日のことだった。

 ヴァルカン帝国第一皇女、ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフ。私は第一皇女という肩書きと類い稀なる魔術の才能を持っていたことから、周囲にははうるさい人たちが多くいた。


『ヴァルトルーネ皇女、是非私を貴女の専属騎士にご指名ください!』


『俺は地方の剣術大会で優勝したことがあります。専属騎士をお探しなら、その地位を賜りたいです』


『ヴァルトルーネ、君の専属騎士に相応しいのは、僕しかいないと思うのだが……どうだろう?』


 数多の男性から専属騎士にしてくれとアプローチを受けた。

 ヴァルカン帝国の皇女である私の専属騎士になれば、将来安泰。

 それが周知の事実とはいえ、よく知りもしない人たちからそんな風に押しかけられるのは本当に迷惑だった。


 ──だから私は、


『貴方は私の専属騎士になりたいのですか? でしたら、私より強いことを証明してください。それが出来たなら──私の専属騎士に任命することも一考します』


 専属騎士になるための条件を設けた。


 幸い、私は魔術において誰かに後れを取ったことがない。

 同年代だろうが、年上だろうが、その全てを捻じ伏せ、いつしか私の専属騎士になりたいなんていう人は殆どいなくなった。


 私の実力に畏れをなし、近付いてくる人どころか親しい人もできなかった。


 けれども、それはあくまで帝国内での話だ。

 士官学校入学のため、中立区域であるフィルノーツの街に行くことになった。


 私がどれほど魔術に優れているか知らないレシュフェルト王国の貴族や有力な騎士たちはヴァルカン帝国の者たちと同じように私のことを取り囲んだ。


『麗しき帝国の皇女よ、私を君の専属騎士に』


『専属騎士はまだ決まっていないと伺いました。どうか私にチャンスを頂けませんか?』


『ヴァルトルーネ皇女殿下!』


『俺こそが相応しいです!』


『いいえ、僕の方がっ!』


 うんざりだった。

 士官学校の入学式の日、しかも早朝からこんな騒ぎを起こされるなんて、一日の始まりにしては憂鬱である。

 それどころか、怒りさえ湧いてきた。

 魔術を使って周りに集まる者たちを一人残らず消してしまえば、静かな日々が送れるのだろうか。

 士官学校の校門の前で囲まれ、身動きが取れない。


 ──全部、壊してしまおうかしら。


 気持ちに陰りが見え、物騒な思考がチラついた時だった。


『あの……邪魔なんですけど』


 一人の青年が通りかかった。

 アルディア=グレーツ……私の初恋の相手。

 サラッと揺れる短い黒髪が目に留まった。

 彼は私を取り囲むように集まっていた人たちに向けて、ギラリと睨みを効かせて、一番近くにいた貴族であろう令息の頭を持ち上げ、


『はぁ、騒ぐんなら……ここじゃなくて、人に迷惑のかからない端っこにして貰えますかね?』


『は……はなぜっ』


 そのままその人だかりを無理やり押し退けた。

 当然、その場にいた人たちは彼に反発した。

 顔を真っ赤にする者。

 刃物を構える者。

 その敵意を一身に浴びてなお、アルディアは表情ひとつ変えない。


『平民風情が調子に乗るなよ』


『身の程を弁えるということを教えてやる!』


『おらっ!』


 私の専属騎士志望してくるだけあって、彼らはそれなりに良い動きを見せた。けれども、アルディアはそれを容易くいなす。

 武器など使わず、素手のみでその場を完全に掌握。

 その動きがとても綺麗で無駄がなく、私は彼の身のこなしに釘付けになっていた。


『なん……』


『嘘だろ……あの人数を、一人で?』


『痛い……』


『ば、化け物だろ……こいつ』


 死屍累々の光景。

 周囲に倒れた者を含め、私の専属騎士に志願してきた集団は一人残らず彼に恐怖の感情を抱いていた。


『終わりですか?』


 その中心に立つアルディアの姿は完成された騎士そのもの。いや、騎士という存在を凌駕しているような圧倒的な強者であった。

 負ける姿が浮かばないくらいに強く、

 手を出してはいけない相手だと、誰もが危機感を覚えるくらいの風格を周囲に振り撒いていた。


『はぁ……』


 ため息を吐く彼の瞳が赤く輝く。

 恐ろしくもあり、それと同じくらいその堂々たる立ち姿が格好良かった。

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