第3話 希望の再スタート




 死後の世界。

 そう考えるには中々難しい事態である。

 一度失った意識が再び戻ると、そこは賑やかに人々が行き交う見慣れた街の大通りであった。


 ──は?


 待て、落ち着け。

 どういうことかちゃんと考えよう。

 最初に、この場所はレシュフェルト王国領内ではない。

 王国と帝国の間に位置していた中立区域と呼ばれるフィルノーツという街である。


 まあ、レシュフェルト王国とヴァルカン帝国の戦争によって、戦場となったここは、跡形もなく更地と化してしまった訳だが……。

 いや、しかし。

 今この場所は、きちんと存在している。

 まるで戦前に見たフィルノーツの賑やかな風景。


 ──まるで夢でも見ている気分だ。


 走馬灯にしては、やけに周囲の情景がはっきりし過ぎている。

 吹き抜ける風も肌で感じるし、屋台から漂ってくる串焼きや酒の香りなども鼻を通り抜けた。


「……な、にが⁉︎」


 周囲を見渡して。

 それでもやっぱり混乱は解けない。

 そんな俺の肩に何者かの手が置かれる。


「おーい、アル。こんなところでボーッとしてると卒業式に遅刻すんぞ?」


「は?」


 振り返ると、そこには死んだはずの友人が居た。


 なんだよ、これ。

 こんなこと……やっぱり夢なのか?

 目を大きく見開き、そのまま硬直してしまう。


 コイツが生きているというのはあり得ない。

 何故なら、俺は目の前でこの男が死んでいくのを焼き付けるように見せられたのだから。


 スティアーノ=レッグ。

 彼は、レシュフェルト王国出身で、士官学校に通っていた時は、いつも一緒にいた。

 王国騎士になり、戦場へ行くことになったのも、コイツが王国騎士になると言い出したから、つられて俺も騎士になったという経緯がある。

 だが、どうして……?


「お前……生きて、る?」


 俺がそう告げると、スティアーノは眉を顰めて首を傾げた。


「はぁ? 生きてるに決まってんだろ。えっ、なに。俺を亡き者にするっていう高度なギャグだったとか?」


 困惑しているスティアーノは、なにやらブツブツと呟く。

 しかし、俺は彼のそんな態度を気にしている余裕なんてなかった。


 死者が蘇るなんて聞いたことがない。

 確かにスティアーノは、戦場で壮絶な死を遂げた。

 亡骸も火葬したし……というか。


「スティアーノ。あのさ……」


「ん?」


「今って何年か、聞いてもいいか?」


 ずっと疑問があった。

 こんなに平和なフィルノーツの街並みを眺めて。

 加えて、死んだはずだった友の姿を見て。


 ──もしかしたら、これは戦争が起こる前なのではないかと。


 スティアーノは「こいつ何言ってんだ?」みたいな顔をしていたが、渋々といった形で告げる。


「今は、王国暦1241年の3月だけど……」


「1241年……やっぱり、そういうことか」


 疑念は確信に変わる。

 何故なら、俺が処刑されたあの日は王国暦1247年。

 つまり、ここは全てが終わりを告げたあの日の6年前。


 ──士官学校の卒業式の時期か。


 理由は分からない。

 でも、時間が巻き戻ったということが曖昧なものから段々と実感に変わってくる。

 後悔だらけだった前回の歴史を塗り替える機会を得たのか?

 どちらにせよ、今はまだあの血塗られた戦争が起きていないというのは、確かなのだろう。


「アル。お前、本当に大丈夫か?」


 具合でも悪いのかと心配されてしまったが、俺の心境は今最高なくらいである。


「大丈夫。調子は悪くない」


「いや、調子はってさぁ……はぁ、まあいいや。さっさと行こうぜ、遅れたら怒られそうだ」


 スティアーノの呆れたような声を聞いても、不快感は感じなかった。旧友とこうして会話していること自体が奇跡みたいなもの。

 神の悪戯か、何か知らないが、そんなことはどうでもいい。

 今はただ、目の前に起きた状況をしっかりと認識するだけ。 


 ──こんなチャンスもう二度とない。今度は絶対に間違えるわけにはいかないな。



 掴み損ねた明るい未来がまだ残っている段階に戻れたのだから。


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