第2話 叶うはずのなかった願い
「これより、アルディア=グレーツの絞首刑を執り行う」
──ああ、こうもあっさりと俺の命は尽きるのか。
絞首台の上に乗せられた俺は、周囲の雑音を感じながら、唾を飲んだ。
カラカラに乾いた喉は、内側から針にでも刺されているかのように痛み、恐怖心よりも申し訳ないという気持ちが胸元から込み上げてくる。
──あの人に助けてもらった命をこんなところで……。
「被告、アルディア=グレーツは、戦前よりヴァルカン帝国の皇女、ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフと通じており、我が王国の情報を帝国に流していた。更に、終戦後、ヴァルトルーネ皇女の脱走の手引きにも関与している。その他にも──」
つらつらと俺の悪事を読み上げる審問官。
ありもしないことも、
実際に行ったことも、
俺にかけられた多くの罪が心臓の鼓動を止めるための布石となってのしかかってくる。
それに対する痛みなんてものは、とうの昔に麻痺している。
だから、何も感じない──。
……ひたすらに虚無でしかない。
「──以上。これらのことから、アルディア=グレーツには死刑が妥当であると結論が出された。これより、アルディア=グレーツの絞首刑を開始する」
──ついにか。
死刑執行官が俺の両脇に現れ、俺の首に手頃な太さをしたロープを括り付ける。
俺の足下の扉が開き、俺が下へと落下すれば、晴れて死刑執行が完了する手筈だ。
ああ、本当におめでたいことだ。
興味津々な民衆と汚物を見るような目つきの貴族や王族がその場で俺に注視する。
──馬鹿な話だ。
ヴァルトルーネ皇女には、命を助けて貰った恩を返していたに過ぎない。
彼女と対面した際に彼女のことを手にかけはしなかったが、戦場においては、それなりの戦果を挙げてきた。
多くの帝国軍の兵士を殺した。
休む時間すら削り、ひたすらに戦ってきた。
今にして思えば、どうしてそんなに人を殺そうとしていたのかと自分を問い詰めたくなる。
そんなことをして、何の意味があったのかと……聞きたくなるのだ。
王国のために戦った一人の騎士は、
皮肉にも、反逆罪によって王国民に殺される。
戦う意味なんて、大切なものを失い始めた日から、ほぼ消えかけていたのに。
──そういえば、
こんなギリギリの場面で、とあることを思い出す。
『単刀直入に言うけど。貴方、帝国側に付いてくれないかしら? 貴方とは戦いたくないの……違うわね、私は貴方のことが欲しいんだわ』
戦場にてヴァルトルーネ皇女と三度目の邂逅をした際、彼女から味方になれと言われたことがあったな。
俺は彼女の提案を飲まなかった。
『悪い。王国には、友人や家族がいるんだ。寝返ることはできない……』
『そう……ごめんなさい。この話は忘れて』
──結局、友人や家族は、戦乱の最中にほとんどが目の前から消えた。そして、今の俺もこうして消えようとしている。
レシュフェルト王国に味方し続ける選択をした俺には、何も残らなかった。
俺に優しくしてくれた敵国の皇女は呆気なく死んだ。
親しかった友人は、度重なる戦禍に飲まれて、そのまま帰ってこなかった。
両親は、戦時中の不運な事故によって行方不明になった。
「……さい、あ……く、だな。何もない」
呟いたその言葉には、俺の心中の全てが込められていた。
世界を呪ってやりたいと思った。
今から死んでしまう者である俺は、そんなことすらできないけども。
──振り返ると、後悔ばっかりな人生だったな。
足に振動が伝わってくる。
足下にある扉が開き、下に落とされる前兆だろう。
馬鹿なことをしたよ。本当に、な。
もしもあの時──。
『貴方、帝国側に付いてくれない?』
あの提案を承諾していたら、人生は変わっていただろうか?
『貴方のことが欲しいの』
俺を求めてくれた恩人と共に人生を歩めたなら……。
少なくとも、こんなに後悔だらけのまま幕を下ろすことはなかったのかもしれない。
あり得たかもしれない。
そんな人生。
俺はそれを掴まなかった。
「レバーを下ろせ!」
執行官が絞首台にある装置のレバーをガチリと引いた。
ガコンという音と共に、絞首台の土台は開かれ、俺の首は一気に締め付けられた。
「……あぐっ⁉︎」
顔中を熱が支配した。
内容物をぶち撒けてしまいそうなくらいの吐き気と遠のいていく意識。
このまま死ぬのだろうと思うと無念でならない。
──苦しい。……俺はどこで道を違えた?
「かは……っ…………!」
──本当に最悪な最期だよ。無様に晒されて、死後も嘲笑われる運命を背負い続ける。救いようもないことだ。
プツリと命の糸が千切れる音がした。
「…………」
アルディア=グレーツの命はここで終わる。
どうしようもない。
もう救いの手は存在しない。
──願わくば、来世でまたヴァルトルーネ皇女に会えればいいのにな。
命の尽きる刹那の一瞬。
俺はそう願った。
もしも、この人生をやり直せるのだとしたら、きっとこう願うだろう。
──今度はヴァルトルーネ皇女の味方をしてあげたい。
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