第4話 最初の分岐点




 巻き戻されたのは、士官学校卒業日の朝であった。

 

 眩しい日差し。

 少し肌寒い感覚が鮮明に伝わってくる。

 

 ──この日か。


 俺の記憶が正しければ、この日がちょうどレシュフェルト王国とヴァルカン帝国の間に火種を作る決定的な惨事が起こる日でもある。

 厄日そのもの。

 一般人からしたらそうなるのだろうけど、俺からしたらやり直すきっかけ与えてくれる日。

 悲観はしていない。

 感情はその逆、まだなんとかなるという希望があった。


「はぁ、卒業かぁ。なんかまだ実感とかねぇよなぁ……」


「ああ、そうだな」


 スティアーノと士官学校に向けて歩きつつ、俺は今後について考えていた。

 彼も今後のことを色々考えているみたいだが、俺のとはまた意味合いが違う。まだ見ぬ己の未来を思い描き、希望に胸を膨らませていることだろう。


 ……俺はそうじゃない。

 絶望的な結末を知っているからこそ、その未来をどう生き抜くか、あるいはどう変革していけるのか、ということをずっと考えている。


「なぁ、アル。卒業したらお前も王国騎士団に入るんだったよな?」


 スティアーノがそう言った。

 その通りだ──その通りだった。

 俺は既に王国騎士団への入団を決めていたんだ。

 

 内定もしている。

 試験も受かり、一月後には王国騎士団として任務に従事することになる。それなりに恵まれた進路。

 本来の道筋を辿るのなら、そうなっていたのだろうな。



 だが俺は──。



「…………スティアーノ、俺さ。王国騎士団に入るの辞めるよ」


 踏み間違えた道を再び歩むつもりは毛頭ない。


 その道を歩んだところで、俺には後悔する未来しか残されていないのだ。

 ヴァルトルーネ皇女とは敵同士になり、彼女の優しさを知りながらも、王国のために帝国軍と争い続ける。

 そんな未来を知っているからこそ、俺はこの分岐点において、あの時とは違う選択を取るべきだ。


「おい、騎士団に入らないって……!」


 嘘だろと言いたそうなスティアーノが何か言い出す前に俺は告げた。


「これは本気だ。冗談とかじゃない」


「そ、そうか」


「急で悪い。けど、もう決めたことなんだよ」


 本当に急に決めたことだ。

 そもそも、俺はこの場所にいる人間じゃないのだから。


「なんか、お前らしくないな。アルディアはもっと計画的に考えて動くやつだと思ってた」


「俺も……そう思ってたよ」


 士官学校の頃が懐かしい。

 俺は士官学校時代も計画的に過ごしてきた。

 自らの実力を調整し、平凡になるように努めてきた。

 王国騎士団に入れたのも、かなりギリギリのところだったそう。


「こんな機会もうないかもだぞ……」


「かもな。俺の成績じゃ、内定したのが奇跡みたいなものだし」

 

 スティアーノは悲しそうな顔をする。

 俺と一緒に王国騎士団に入るのを楽しみにしていたスティアーノ。

 入団してから配属されたのも同じ部隊で、俺とスティアーノは学園時代同様に毎日顔を合わせていた。


 そんな彼を俺は救えなかった。

 だからもう、王国騎士団には入らないと今この瞬間に誓ったんだ。

 そして、俺はもう一つ。

 目の前にいる男を救いたいと思っている。


 ──お前が死んでいくのを俺はただ見ているだけだった。

 でも、今ならもしかしたら、


「なぁ、スティアーノ。……これは個人的な相談なんだが」


 俺は足を止めて、スティアーノの手を掴む。

 スティアーノも俺のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、真剣な面持ちになっていた。


「……なんだよ?」


「無理な相談なのは分かってる。けど、出来ることなら──卒業後……俺と一緒に帝国へ渡ってくれないか?」


 ──何故? 


 ……と彼は思ったことだろう。

 当時の俺はヴァルカン帝国に興味を持っていなかったのだから。

 卒業後の進路だって、レシュフェルト王国内で決めると、無意識に決めつけていた。


 こんなことを言い出したのは、俺が人生二周目だから。

 俺はもうあの頃の俺ではないのだ。

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