第九話 皆のカラオケ事情

 翔が取ってくれた二つのカラオケルームのうち俺と舞と立花は翔達と同じカラオケルームに入る。


長いソファに俺の右隣に舞、左隣に立花が座り、向かいに翔達が座る。


普段学校で隣に座っているとはいえこの肩が当たりそうな距離感では学校とはわけが違う。


先程の立花との会話も相まって俺は死ぬほど緊張して、鼓動が周りのざわつく声をかき消しているような気がした。


 席に着くと各々リュックを下ろし、上着を脱いで、一息つきながら部屋に二つしかないカラオケのタブレットを翔と舞が持ち、早速タブレット端末で歌う曲を検索している。


「立花は結構カラオケとか来るのか?」

「いえ全然です。片手で数える程度しか来たことがないので少し緊張してます」


その間、時間持て余した俺は立花に話題を振る。


立花の言葉通りに立花は接していなくても分かるくらい体温が上がっていて、目線がさっきからきょろきょろと落ち着いていない様子だった。


「そうなのか。俺もあんまり来ないし、歌も上手じゃないからなー」

「豊川君もなんですね。私は下手というか歌える曲のほとんどが外国の曲ばかりなのでカラオケで歌ってもあまり盛り上がらないかと」

「でもカラオケって結構他の人が歌う曲って知らないものばかりだったりするからあんま気にしなくてもいいと思うけどな」


父親がロシア人のハーフなだけあってか立花は日本の曲はあまり聞かないのか。


俺はその逆で日本の流行りものの曲しかほとんど知らないのでもしかしたら立花の歌う曲は一つも知らないかもしれない。


すると、カラオケのルームの正面にあるモニターが曲のPVを映して、どこか聞き覚えのある曲が流れる。


「じゃあまず私いきまーす」


どうやらこの曲は最近流行っているアイドル曲でこの曲を入れた舞はマイクを右手に持ち、気持ちよさそうに歌いだした。


舞の歌声は地声とはかなり違った綺麗な声音をしており、とてもじゃないがアイドル曲を歌っているとは思えなかった。


確かにきれいな声で上手いけど、その声はあんまりこの曲には合わないんじゃないか?


普通に地声のままで歌ったほうが得点が伸びるような気がするけど。


 曲が終わり点数が発表されると89点とそれなりの得点ではあったが歌声のわりにはそこまで点数は伸びなかった印象だ。


「まあ、最初はこんなもんかな」

「お前はアニメの強キャラか」


皆に拍手され、称えられながら座る舞は肩と首を軽く回しながら、重く腰かけた。


凛々しく座る舞に俺がすかさずツッコみを入れると隣で立花がくすくすと笑う。


舞の採点が終わるとすぐに予約で次に入れていた翔が歌う曲が流れて、ノリノリで翔は立ち上がって歌いだした。


すると、翔が歌って盛り上がっている最中、部屋の扉がゆっくりと開いて、様子を伺うように顔だけ出してこちらを覗いているのは健とその友達三人組だった。


部屋を覗いてから異様に時間がかかった後、腰を低くして部屋に入ってきて俺たちが座るソファの隅っこで身を小さくして座る。


何やってんだこいつら?なんで何にも言わないんだ?


怪訝に思いながらも俺は何も言わず、ただ内輪だけでこそこそと喋る三人に声を掛ける。


「健達、なんか歌う?」


聞くと健に他の二人が肘でわき腹辺りをつついて、健が嫌そうな表情でこちらに振り替える。


「いやいい。俺たちは歌わない」


そう答えるとすぐに背中を向けて三人全員がスマホをいじりだしてしまった。


本人曰く、あいつらはかなり内向的らしいから人前で歌うのは少し恥ずかしいのだろうか?


まあ俺も恥ずかしくはないが歌うのは好きじゃないから歌う気はないので強制はしないけど。


 翔がクラブで流れてそうなかなりポップな曲を歌い終わり、大分部屋の空気が温まったところで次に翔の隣にいる翔とよく絡んでいる女子がショート動画アプリでよく流行っている曲を歌い始めた。


すると、先程まで健達三人に漂っていた暗くよどんだ雰囲気が急変して、何やらざわついて興奮しているのが目に見えて分かった。


今度はどうしたんだ?もしかして歌う気になったのか、それともこの曲が好きなのか?


どちらにしても、あいつらも盛り上がってくれているのなら良かった良かった。


「うわあ81点って全然じゃん~」


女子が曲を歌い終わり、採点が出て、向かいの翔達はかなり盛り上がっている様子。


「あっあの」


その中で珍しく健たちが姿勢を整えて、眼鏡をくいっとあげ、翔達に向けて話しかけた。


まれなことに翔達も少しきょとん顔になるが首をかしげて翔が『どうしたの?』っと返した。


「今の曲、半年前に放送した『ダイエット少女』のオープニング曲『頼むぜマッスル!』ですよね」

「えっ?」

「いやまさかあなたたちもあのアニメを見ていたとは思いませんでした」

「ん?」

「絵面は凄いですがあの独特なギャグ調が面白いんですよね」

「はい?」

「「「ちなみに推しはどのキャラクターですか?」」」

「…えっとごめん。何の話?」

「「「…えっ?」」」


早口でまくしたてる三人組の話に全く理解できず顔をしかめて首をちょこんと傾けて先ほど歌っていた女子が聞き返すと、健たち三人は口をぽっかりと開けて完全に固まってしまった。


 先程まで盛り上がっていた空気はどこへやら、現状に対して俺は何が起こったか分からなかったが一気に空気が凍ってしまった事だけは痛いほど理解させられた。







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