第七話 変わってしまった幼馴染は

 午後八時、駅前のファミレス。ここは俺のバイト先で基本的に平日の午後四時から八時まで俺はキッチンでバイトしている。


ファミレスの午後六時から八時までの忙しさは異常でこの時間帯はひっきりなしで俺は鍋を振って、料理を作っている。


けど、大分お客のオーダーも減ってきて俺の勤務時間が終わりを迎えるころ、

ホールに入っている先輩が俺のもとにやってくる。


「豊川」

「はい?何ですか?」

「なんか、豊川に用事があるお客様が来てるけど」

「了解です。もうすぐ上がりなんで、適当に案内してもらってていいですか?」

「おーけい」


恐らくだが健が来てくれたのだろう。少し安堵し、肩の力が抜けたところで俺は

最後の料理を仕上げたところでタイムカードを押してスタッフルームに戻る。


自分のロッカーで支度をしている最中、弟にメッセージで『今日、帰り遅くなるから

適当に遥人と母さんの分の出前取って食べといてくれ』っと連絡を入れておいて、

俺は急いで健がいるであろうホールへと向かった。


「ごめんな、待たせた」

「いっいや全然」


肩幅を狭くして、俯いて座っている健に俺は向かい合うように座りながら声を掛ける。


「というかここでバイトしてるんだ」

「まあ一応な」

「知らなかったから滅茶苦茶探したんだけど俺」

「あっそれはほんとすまん。ちゃんと言っとけばよかったな」


かなり顰蹙した表情で不満げに文句を言われて俺も軽く頭を下げる。


「ほんとだよ。陰キャが店員に話しかける勇気は昔の地動説を唱えるくらいの勇気が必要なんだからな」

「?ああ、すまない」

「分かってないだろお前」


地動説は分かるんだけど地動説を唱える勇気というのがピンと来ない。


けどまあなんにせよ、こうして来てくれたので良しとしよう。


「来てくれてありがとな」

「いや別に…俺もお前と話すのが嫌だったわけじゃないし」

「そか。ならよかった。何か頼むか?」

「飯食べてきたから、ドリンクバーだけでいいや」

「なら俺はパスタでも頼もうかな」


メニューが決まったところで俺はホールの仕事仲間を呼んで、注文をする。


俺はここのスタッフなのでメニューが全て半額になる。少ない注文とはいえ

貧乏性な俺にとって半額は十分大きい。


「でさ、なんで健はそんなに変わったんだ?」


さて、仕事仲間が去ったところで俺が一番気になっていたことを切り出した。


「いや…まあ…書道教室だとあんな感じだったけど、学校ではもともと

大人しいキャラ、通称陰キャで日々を過ごしてたんだよ」

「へえー初めて知った」

「それで書道教室もやめて、中学三年間で完全なる陰キャに目覚めただけだ」

「そうなんだな。掃除班の他の二人は友達?」

「まあ。高一の時、同じクラスだった同じ陰キャだ」


 空白の三年以上の期間、俺は書道教室で一番の友達だった健の近況を知りたくて

色んな質問をぶつているといつの間にかパスタが到着していた。


俺達は各々、飲み物をドリンクバーから注いで、再び席に座る。


「お前は、あんま変わらないな」

「そうか?」


俺がパスタを巻いていると健がどこか哀愁を漂わせて呟いたが自分ではそんなこと思ったことがなかった。


「なんというか差を感じた。俺は陰キャオタクでお前は陽キャ。

それに加えてバイトまでやってるときたら俺に勝ち目ねえよ…」

「俺、別に陽キャじゃねーよ」

「陽キャだろ!どう考えても!」


何気なく答えた言葉が逆鱗に触れたのか今までの数倍大きな声で否定して、

俺達の席の前後のお客様が何があったかとこちらを一瞬一瞥する。


「そっそうか?」

「そうだろ!バイトして、女子とも普通に会話できるうえに学級委員長。

それに加えて幼馴染と付き合ってるとか陽キャか超えて主人公かお前は!」


思いのたけをすべてぶつけ切って体力が切れたのかはあはあと息を切らして

いる健を見て、意外と俺のことを知っている、見ててくれたのだと少し安堵する。


「そうか。やっぱお前も知ってるのか」

「付き合ってることか?まああれだけ噂になってれば耳にも入るよ」

「てかお前って舞と会ったことあるっけ?」


舞は習字教室に通っていなかったので舞と面識があるのかふと気になったのではあはあと息を切らしている健に聞いてみた。


「一回だけ。お前んちで遊んでるときに途中で長久手舞が参加したことあっただろ」

「ああ、んなことあったな」


確か四年生ぐらいの時にカードゲームやってるときに家に来て、舞が乱入して、結局三人でやれる人生ゲームやった時だな。


「まああの時にはもうお前らが幼馴染って知ってたから、逆に高校に入った時に

まだリア充化していないことに驚いたくらいだし」

「リア充化って…他に言い方ないのかよ」

「言っておくが俺たちスクールカースト最下位オタク集団の間ではお前らのことは妄想のネタになりまくってるからな」

「なんだそれ。俺たち妄想の中で何やらされてんだよ…」

「それはもう健全なものからR18指定が付くものまで」

「最悪だな」

「さらに言えばNTRやTSやBSSまであるぞ!」

「NT?TS?BS?なんだそれ?」


BBS?なんだそれ?テレビの番組か何かか?


訳の分からない略称か何かなのかは分からないがアルファベットを羅列されたので俺が首をかしげて尋ねると急に健の顔が一変する。


「あっごめん調子乗った。陰キャオタク特有の早口出た。もう嫌だ死ぬ」

「おい急にどうした。何故そんな暗い顔してるんだよ」


先程まで口角が上がっていた表情は一変して、暗く落ち込み俯かせて、念仏のように『死にたい死にたい』と発し続ける健の様相は完全に鬱状態と化していた。


俺の質問にまるで答える様子はなくて、しばらく落ち込んでいる健の顔を見て本当に昔の健とは違うと思いつつもこれが本当の姿なのかもしれないなと感じる。


「なあ健」

「RINE交換しよ。折角再会できたわけだし」

「あっごめん。オタクはライン持ってないんだ」

「えっ?マジで?じゃあ友達とは何で会話してるんだよ?」

「基本的にシスコードで通話してる。まあオタクなんてゲームかアニメの話以外しないからこれぐらいで丁度いいんだわ」

「へえーそうなんだな。じゃあメアドと電話番号でいいから教えて」

「別にいいけど、自分のメアドと電話番号ってどこで見るんだ?」

「いやまず覚えておけよ」


久しぶりの健との会話は思ったよりも話すことができた気がする。


まあ昔のような会話とは程遠い気がするけど。


時刻は間もなく午後九時を回る。俺は少しだけ心の靄がとれたような心地いい気分で帰路へとついた。

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