第五話 俺の家族は、家族も、家族にも…
太陽はとうの昔に消えて、街灯と月の光だけが帰り道を照らす。
時刻は午後の8時を過ぎていて、空腹感とバイト終わりの疲労感が俺を襲っていた。
けど、家に帰ってもすぐに休めるわけじゃない。
俺は家の飯担当であるため家に帰ったらすぐに家族にご飯を作らなければならない。
俺の家は父が小さいときに交通事故で他界しており、経済は主にデザイナーの仕事に勤めている母が支えてくれているので二人兄弟の兄である俺が料理を担当している。
弟はまだ中学二年なので時々、俺の家事を手伝う程度。
俺は家事はもちろんだが母さんの助けに少しでもなるために今日行ったファミレスでバイトをしてお金を稼いでいる。
「ただいま」
「兄貴お帰り~」
姿は見えないがリビングとキッチンがある部屋から気のない弟の遥人(はると)の声は聞こえてきたが母さんはまだ帰ってきていないらしい。
俺は玄関で靴を脱いで弟がいるであろうリビングに入る。
「何くたびれてるんだよ」
「腹減った」
テーブルにうつ伏せで上半身を倒れこます遥人は自身の現状を簡潔に答えた。
「そうか。じゃあ今から飯作るから待っとけ」
「なるべく早くして」
食べ盛りの遥人のために俺は鞄をその辺に適当に置いて、本当に休む暇なくキッチンに入り飯の準備を始める。
「洗濯物とか風呂掃除とかやってくれたか?」
「おん、やっておいた。ついでにゴミ出しも」
「気が利くじゃん」
「まあ俺モテるしね」
「それはよかったな」
弟と日常的な会話を交わしながらも俺は米を素早くといで炊飯器でご飯を炊く。
「今日の飯は?」
「無難にハンバーグ」
「おお。それは素晴らしい」
「お前今日何時に帰ってきたんだ?」
「6時ちょい過ぎ。今日から部活だから余計に腹が減ってる」
「ふーん。それはご苦労なことで」
弟は中学で陸上部に入部していて、本人が言うには同級生で一番速いらしい。
言い方は悪いが中学生は足が速くてそこそこイケメンならモテるのでこいつは中学でかなりモテるらしい。ちなみに彼女はいないそうだ。多分噓。
「そういや兄貴」
「何?」
「舞姉と付き合ったらしいな」
弟の言葉に俺は思わず玉ねぎを切っていた右手に持っている包丁が一瞬止まる。
直ぐに包丁で切るのを再開すると同時に俺は脳が冷静に戻る。
「…まあ一応な。てか何で知ってんだ」
「あれだけ噂になってれば中学にも流れ着くんだよ」
「マジかよ」
俺達のこと、晴翔の中学まで届いてるのかよ。すげえ恥ずかしい。
「いやあ良かったね。生まれた時からずっと知っている2人が付き合ってくれて俺はほっとした。まあいずれ付き合うとは思ってたけど」
「お前もそう思ってたのか」
「まあな。異性の幼馴染であれだけ仲が良くて付き合わないほうがおかしいでしょ」
「…そうか」
皆に言われたが弟も俺たちが付き合うことはそれなりに予見していたらしい。
当の本人である俺は告白する前まで全く予見していなかったというのに。
当たり前だ。好きじゃないんだから。
「俺には同級生の幼馴染いないから羨ましい。同級生で幼稚園に入る前からの
付き合いで今もずっと一緒に登校してるなんて気持ち悪い位の運命の仲じゃん」
「気持ち悪いって何だよ」
だけど遥人の言う通りだと思っている自分もいた。
物語から切り抜いたかのような理想のような仲のいい幼馴染。
そんな比較的非現実的な俺たちの関係は気持ち悪いと呼称するのに相応しいと思う。
でも俺はそれが一番でそれ以上は全く求めてはいなかった。
昔から舞とどうなるかなんて想像が出来なかった。
でも今はもっとわからなくなってきている気がする。
自分にも周りにも噓をついて、周囲の期待を裏切るのが嫌で、舞に傷ついてほしくなくて…っと、言い訳ばかりして自分の気持ちに逃げっぱなし。
もしいつか自分の気持ちにちゃんと答えることができたら俺はどうなるのだろうか?
立花に自分の気持ちを伝えることができたら…
「…はあ」
まだ何にも終わったわけじゃない。むしろ何にも行動を起こしていないので何にも始まっていないくらい。
なのに想像した未来が真っ暗闇で何にも見えずこの先、自分はこの真っ暗闇の森に自分のわがままで突っ込む事に異常に怖じ気てしまい、そんな弱い自分への落胆のため息がこぼれてしまった。
「どうしたの?もう舞姉にまんねりした?」
「違えよ。ちょっと疲れただけだ」
「バイト?」
「諸々全部だ」
「大変だね~思春期は」
「お前もだろが」
本当に他人事な遥人をよそに俺はみじん切りにした玉ねぎをフライパンへと移して、俺は意味もなく、解答なんて出るはずもない問題を解きながら料理を作る。
「ただいま~」
ハンバーグがもうすぐ焼きあがるころ、母さんの声が玄関から聞こえてくる。
「おかえり母さん」
「おつかれ~母さん」
リビングに入って来て、俺たちの様子を覗きに来た母さんを俺達は迎えた。
「ただいま。今日のご飯は?」
「ハンバーグ。もうすぐできるから手洗ってきて」
「了解」
焼き加減を見ながら俺は横で作っていた味噌汁を三人分よそってテーブルに並べる。
やがて母さんがテーブルについてハンバーグが焼き上がり、ハンバーグが乗ったお皿とご飯を人数分並べて俺も自分の椅子に座る。
「「「いただきます」」」
よほど腹が減っていた遥人はすぐに飯にがっついて、母さんは逆に疲れすぎて
いるのかハンバーグではなく味噌汁をちびちびとすすっていた。
「勇人は今日もバイトだったの?」
「まあな」
「そっか。今日もありがとね」
「そっちもな」
母さんはしつこいぐらいに俺に感謝しているが限界まで残業して働いている母さんに比べたらこれぐらい大したことじゃない。
だから母さんは労のつもりで言葉をかけているのだろうけど俺は正直母さんに感謝されるのがあんまり好きじゃない。
「兄貴。白米ってまだある」
「ああ。ていうかもう一杯食ったのか」
「食べ盛りなめんな」
別にかっこよくもないセリフをどや顔で吐いて立ち上がり、遥人はキッチンの炊飯器にご飯を掬いに行った。
「そういえばもう二人とも新学年になったんだっけ」
「そう。どっちも二年」
「そっか、もう遥人は中学二年生で勇人は高校二年生か。もうそんな年になるのねぇ。ということは舞ちゃんも高校二年生になるわね」
「おっおん。そうだな」
もちろん母さんも舞のことは知っているが舞と付き合っていることはまだ言っていないのでこのタイミングで舞の名前が出て俺は少しだけ動揺してしまう。
「どうしたの勇人?」
「いや別に」
言葉でごまかした後、俺はハンバーグを食べて表情をごまかした。
やっぱり言えないよな母さんには。親とも親しくしている幼馴染と付き合い始めたなんて絶対からからかわれるし、舞にも迷惑かかるし。
「そういや舞姉といえば兄貴と付き合い始めたんだよ」
「おい!」
キッチンから戻ってくる遥人が俺の気持ちを遊ぶように余計なことを口走ったせいで口に含んでいたハンバーグが少しだけのどに詰まってしまった。
「えっ!本当に?」
「…まあな」
のどに詰まったハンバーグを胃に入れて、口の中と気持ちを整えてから俺は小さな声音で頷いた。
「どっちから告白したの?」
「えー、うーんまあ一応俺からだけど」
小恥ずかしい質問に答えるのを憚られたが答えないと延々と聞いてきそうなので
呟くような小さい声で俺は答えた。
「そっか。やっぱり勇人と舞ちゃん付き合いは始めたか」
キッチンから戻ってきた遥人が席についているときに母さんのそんな漏れ出たかのような気持ちを聞いて俺は一応、母さんにも確認してみることにした。
「やっぱ母さんも付き合うと思ってた?」
「うーんどうだろう…」
母さんも皆と同じく俺と舞が付き合うと予見していたと思っていたが以外にも首をかしげて少し悩み始めた。
「二人が仲がいいことは知ってたけど付き合うとはあんまり思ってなかったかな」
「そうなの?」
「うん。勇人は舞ちゃんのこと嫌いではないけどそんなに好きじゃないのかなって
見てて感じていたんだけど、気のせいだったみたいね」
…当たっている。親の勘の鋭さを改めて感じた。
親の凄さに驚愕したと同時にちゃんと見られていた恥ずかしさをも超える
嬉しさが俺の頬を弛緩させた。
けど俺は噓をついている。だからここでも噓をつかないといけない。
「そうだな。まあ俺は舞のこと…」
だけど、この噓は今まで何度もついてきた噓よりも何十倍も心が苦しい。
母さんの目が見れない。ちゃんと見て、ちゃんと理解していた母さんを否定しているみたいで死ぬほど気分が悪い。
「ずっと昔から好きだったから」
でも言葉に出すしかない。無理やり表情を整えて、微笑んで、ちゃんと目を見て、
自分の気持ちに噓をついて、俺は母さんに噓をついた。
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