第三話 勇人の想い人

 ”キーンコーンカーンコーン”


 ぐったりしていると朝のチャイムが校内に鳴り響き、クラス中が焦って自分の席へと戻る。


やがて騒がしい声はざわつきの声へと変わり、忘れていたが新学年でもあるので周りの初対面のクラスメイトに挨拶をしている様子も見受けられた。


だが一番話題に挙がっているのは恐らく新担任だろう。


うちの学校はこのタイミングでいつも新しいクラスの担任が発表されるからな。


チャイムが鳴ったとはいえ新年度の最初だけあって色々準備することがあるためまだ先生は来ないだろう。


フーっと息を吐いて左に目をやると舞が俺以上に精神がやられたのかグラウンドの方に向いてどこか遠くを眺めていた。


まあこいつからしたら折角の恋人での学校生活初日に色々邪魔が乱入してきたのだから俺以上にいい気はしていないだろう。


俺から見える背中が不思議と冷たく見える舞を見ていると俺の右肩が誰かのに指で二回ほどつつかれた。


誰かと思い振り返るといつものように嫣然とした表情の中にいつもは見せない少しばかりの悪戯心が混じっていて、そんな立花麗奈(たちばなれいな)の顔を見ると俺の鼓動が少しだけ早くなった。


「おはようございます、豊川君」

「おっおう。おはよう立花」


一瞬戸惑って俺は表情が崩れてしまうが慌てて整えて挨拶を返した。


昨年度、ほぼ毎日していた挨拶なのにこいつとかわす挨拶だけは心が妙に踊る。


そして単純なことにさっきまで完全に切れかけていた体力が自然と回復していてそれに気づいたときに自分の気持ちに改めて気づかされてしまった。


俺は立花麗奈が好きだ。高校一年の時、同じクラスで一緒にクラス委員長を

やっていたのをきっかけに俺は彼女に惹かれていった。


長くて綺麗な金色をまとったハーフゆえの燦然と輝く金髪に整った顔立ち。


まさに立花は美女と問題はなかった。そこに惹かれたは間違いないのだがそれ以上に俺は彼女の真面目さと優しさ、双方完璧に兼ね備えた性格に魅せられた。


そして今日もまた、彼女が見せたその表情に俺は惹かれてしまった。


「ごめんな朝から騒がしくして」

「全然大丈夫です。寧ろ賑やかなクラスでとてもワクワクしています」

「そっか。ならよかった」


敬語で丁寧な硬い口調でも表情と声音は理性がなければ飲み込まれてしまうほど魅力的な優しいものだった。


「それより一緒のクラスになれて良かったです。しかも隣だなんて」

「そうだな。また一年よろしくな」

「はい。こちらこそ」


恥ずかしそうに右手で口元を隠して俺にだけ口を見せながら小さな声で返事をした

立花を見ると俺は思わず頬が弛緩してしまい、見られないように口元を手で覆い隠して顔をそむけてしまう。


こんなわずかな会話でも俺に幸福を与えるには十分な時間と会話だった。


さっきまでは神を恨んだが少しだけ見直したぞ神。ありがとう神様。


 心の中でガッツポーズとお祈りを同時にしているとガラガラと扉が開いて

新しい担任の先生が入ってくる。


入ってきたのは俺はあんまり見覚えがない女性の先生だったが何処で見たことがある気がする。


「はい静かにして。これから朝のSTを始める」


低めのトーンの口調で見るからにテンションが低くく、特徴的な丸眼鏡で思い出した。


確かこの先生、舞が入部している美術部の顧問の先生だったはずだ。


そう思い俺は確認するために舞の方に体をよせて手招きをすると舞も俺のほうに体を寄せて耳を傾ける。


「なあ、あの先生ってお前の部の顧問だよな?」

「そうそう!萩野結花(はぎのゆいか)先生」


話しているのがばれないように小さな声で話しているもののテンションが上がっているのは幼馴染だからとか関係なくその声音で伝わってきた。


「良かったじゃん、知っている先生で」

「まあね。どうやら私は運に愛されているみたいだね」

「単純かよ…」


さっきまであんなに悲哀感が漂っていたのにぱっと明るくなっていた

舞の表情に俺は思わず本音が漏れてしまった。


「じゃあまず自己紹介から。私の名前は萩野結花。まあ呼び方は任せます。昨年度まで一度もクラスを持っていなかったので担任として不足があったら遠慮なく言ってください。直すかどうかはわかりません」


あんまり話しているところは見たことはないがなんというか適当な先生だな。


掴みどころがないというか、はっきり言って暗い感じする。


舞のほうを見ると特に変わった表情をしていないので恐らくこれがデフォルトなのだろう。


「それじゃあ早速順に自己紹介していこっか。一番から」


謎の雰囲気が漂う萩野先生に少し困惑しているうちにクラスメイトそれぞれの自己紹介が始まった。


クラスメイトが各々名前、伝えておきたい事、好きなものなどを自由に言っていきやがて俺の番が回ってきた。緊張は特にしないが何を言おうか迷う。


名前とよろしくお願いしますだけじゃ流石につまらないよな。


「豊川勇人です。えっと趣味はギターで得意なことは料理です。一年間よろしくお願いします」


特に面白いことが思いつかなかったので無難に趣味と得意なことで自己紹介を終わらせると拍手がまだ響くうちに隣の席の舞が立ち上がる。


「長久手舞です。えっとー趣味は絵を描くことで得意なことは勉強かな。


これから一年よろしくお願いします」


完全に俺の自己紹介を流用した挨拶をすると俺を含めた全員が拍手をする中、舞が席を座って少し緊張していたのかふっと息を吐いて肩を下す。


「おい舞。完全に俺の挨拶パクっただろ」

「ばれた?全然挨拶思いつかなかったから、勇人の挨拶真似すればいいかなって」

「あと得意なこと勉強とか豪語して大丈夫か?もっと他になかったのかよ」

「ふーん私は勇人と違って器用じゃないからこれくらいしかなかったんですー。

それに私は一年のころすべてのテストで学年一位を搔っ攫った天才!全く持って問題ないから大丈夫」


自信満々に胸を張って宣う舞は完全に開き直っている。


こいつは料理や掃除など家事がからっきしで、髪を結うのも最初は俺が教えてやった位だ。


その代わりといっては何だが舞はかなりの秀才で全国模試でも悉く上位をキープしているレベルで暇さえあれば勉強をしている。


それに対して俺は繰り上げ合格でギリギリこの高校に入学できるレベルの学力で中学三年の時に一番近くて学費も安いこの高校に入りたくて死ぬほど頑張って勉強しただけで通常時は全国模試中位の平々凡々な頭脳。


「すげえ自信だな。その自信が仇とならなきゃいいけどな」

「勇人の方こそ、趣味がギターとか言っちゃていいの?絶対また文化祭で弾かされるよ。あと得意なもの料理って女子なの?」

「うるせえ。ギター以外に趣味がないんだよ俺は。あと料理にいたってはお前何回も俺の飯食べてきただろうが」


小学生の頃に色んなバンドを見て、中でもギターに憧れて練習し始め今では趣味と化しているが本当に趣味程度なので上手いわけではない。


「だからこそだよ。私なんて目玉焼きも作れないのにこの前なんて何?あのーアロマピザ?だっけ?」

「アクアパッツァな。料理できないんだから料理名くらい覚えておけ」


なんだその南国に出てきそうなピザの名前。あと、女子で目玉焼きも作れないのはまあまあ異常なことだからそんなさらりと言うんじゃない。


「そうそれ。あれ出てきたときマジで引いたね。『こいつマジか…』って」

「スーパーでたまたま鯛が安かったから作っただけだ。それにお前、おいしいおいしい言いながら食べてたじゃねーか。お前が食いすぎて弟の分が無くなったから俺の弟半分泣いてたぞ」


二月ぐらいだろうか。最後の定期テストが終わった位の時に舞が夕飯をうちに食べに来た時、たまたまアクアパッツァを俺が拵えて出したら、部活終わりで腹を空かせている弟の分まで平らげてしまい、弟は『俺の分が…俺の分が…』って半泣きになってしまったので仕方なく俺は追加でミートスパゲッティを作る羽目になった。


しかも舞はそのミートスパゲッティまで食べていて、よく太らないよなとこいつの細めの腹を見てつくづく思う。


「それはごめん。弟君に謝っといて」

「じゃあせっかく作ったのに引かれた俺にも謝れ」

「それは嫌だ。絶対に」

「おい」

「はいはいそこ。痴話喧嘩しない」


いつの間にか終わっていた自己紹介の時間に気付かずに俺達はいつものような

会話を続けてしまい、萩野先生に注意を受けてしまった。


俺と舞ははっと我に帰るももう遅い。クラス中から朝の再来とばかりの茶化しを受け、言い訳のしようがない状況に憤りと恥ずかしさを感じてしまう。


「まあ新学年最初ということもあり、我々教師含めてやることが多いです。ですがまずは生徒のクラスの指揮を執るためのリーダーが必要だと思うので学級委員長が必要だと思うので最初に委員長を決めたいと思います。じゃあやりたい奴は手を挙げて」


先ほどまでの騒がしい雰囲気が一気に静まり返りほとんど生徒が先生から目線を外す。


まあ色々面倒ごとが多いクラス委員長なんて誰もやりたがらないよな。特に男子。


誰もやらないならいつまで経っても平行線なので俺がやるのはいいんだけど女子はだれがやるのだろうか?昨年度クラス委員長を務めた立花がやってくれるのが一番俺的には嬉しいのだけど今のクラスの流れからすると舞と俺がやらされそうな気がする。


「舞、お前学級委員長って」

「絶対に嫌だ。何が何でも」

「おっおう、だよな…」


だがこいつは小学生の時から異様に委員長をやりたがらないのを俺は知っている。


特に高校生になってからはやりたくないどころではなく拒絶になったような気がする。


「じゃあ俺やっていいか?」

「やりたいの?」

「いやまあ誰かは挙げないと決まんないからな」

「献身的だねぇ~私はやらないから一人でやってね」

「へいへい」


部外者だといわんばかりに完全に気配を消して窓の外を見る舞の相変わらずの

頑固な風貌に呆れ笑いを浮かべながらも俺はクラスに向けて挙手をする。


「俺やりますよ。あと舞は絶対やりたくないらしいから女子は他のやつ頼むわ」


言っておかないと舞にやらせる流れに絶対なるので最初に舞がやる気がないという旨を伝えるとクラス、特に女子が引きつった顔を浮かべてプイっと目線を外す。


「じゃあ私がやります」


すると、俺の右横ですらっと細くきれいな腕が真っ直ぐに挙がり、それを知ると

俺の心が一気に高揚するのが分かった。


「おお立花がやってくれるのか。じゃあ男子の委員長は豊川女子の委員長は立花でいい人は適当に拍手をしてくれ」


本当に適当な拍手がクラス中を包み込むと、その中で目配せで照れくさそうに

『また一緒ですね』っと微笑を浮かべる立花を見て、俺も『だな』っと返す。


そんな俺は落ち着いた微笑を浮かべてはいるが心の中では心臓の音が喉元まで響いてくるくらいに嬉しく、興奮していた。


 俺は何となくだが察していた。この一年はとても大事な一年になると。

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