第六章 運命とは命を運ぶと書く。食事とは人を良くする事と書く。
アラビアータ・ナイト作戦(ロンメル怒りのデスロード)
空からの攻撃。しかし即ちそれが打撃であろうと銃撃であろうと……例え爆撃であろうとも。敵意悪意を持って向けられた攻撃が、この男に通用するはずはなかった。
「観測からの通達によれば、皇国との戦線で確認された要注意個体『赤い狐』です——ですがっっ」
「コイツが空中戦も可能とするとは、一切聞いてないぞ!」
——メーデー! メーデー!
信じられない程の爆音と、非常事態のコールがスピーカーから鳴り響く。
とある筋からのタレ込みで、進撃中の小隊の指揮官を捕捉。まだ子供です、との声を聴きながらも何よりも先行して指揮官の銃撃を命じた。
蟻のような忠誠心の強い部隊だという。では指揮系統を失えば一気に総崩れとなるだろう。
……それが甘かったのだろうか。
パァン! という一発の銃撃音。
魔術を載せた弾頭は、正確に致命傷を負わせ、砂の上に真っ赤な華を咲かせた。
そこに縋り付くように寄り添う兵が一人、無我夢中で駆け寄る兵が一人。
駆け寄ってきた方は、珍しい赤みがかった金髪をしていた——データベースにある『赤い狐』だろうと航空狙撃手は即判断、躊躇なくその脳天に照準を合わせた。
刹那——。
(目が合った……!?)
驚愕の表情で彼は引き金は引いた。確かに引いたのだ。
頬に風が当たり、不意に頭上が翳る——狙撃手はゴーグルの内側で目を見張り固まった。そう——そこに居たのだ、狐が。
「貴様か」
空中で一回転して脳天に踵を思い切り振り下ろすのを、途中まで眼で追ったところで狙撃手の意識は途絶えた。
「こんな大型ライフルで、あの人を撃ったのか——っ」
奪った狙撃銃で一発。魔力波動を込めて引き金を引く。強化した弾丸は、幾ら対人ライフルと云えど、爆撃機を貫通し飛行不能にするには十分であった。
航空支援として爆撃機が後方から飛んでくる可能性がある事をアドルフが示唆していたが、全くその通りだとロンメルはクスリと笑みを溢す。
一機を撃墜すれば、他機体より機関銃での応戦である。
だが、こちらに狙いを定めた銃撃なぞ、ロンメルにとっては寧ろ狙ってくれというようなものであった。撃ったはずの目標が着弾と同時に消え、眼前に瞬間転移、防弾ガラスが割れ悲鳴が飛び交う。
爆撃機がコントロールを失う頃には、かの破壊工作を行った主要人物は次の獲物の眼前だ。空中からの降下時間にすら、次の一撃を繰り出す前動作と化す。
その破片が、味方へと当たらぬよう。地上では部隊全員が力を合わせて防衛に挑む。
交戦時間、約10分。敵が必死になればなるほど、そこは空中とは云えロンメルの独壇場となった——。
体調不良を起こした部下を帰らせるのも、上司の役目だと思っております。
なんせ、無理して頑張れる人間と無理しても頑張れない人間には、天と地ほどの差があるのです。どちらが良いとは一様には云えませぬ、また同様にどちらが悪いとも云えませぬ。ただ「やります」と言いつつ、半日程裏で寝ているのであれば、同じ時間勤務したこちらと給与は同等なのに負担は段違い。
平時と比較して50%程度のパフォーマンスであるのなら、一度下がらせしっかりと休養を取らせる。職場で寝るより自宅のベッドで寝た方がいいでしょう。ええそうです、周りの人間だって気を遣ってしまいますから。
その代わりしっかり治してこい、何よりもまず大切なのは仕事の進捗ではなく、本人の健康である。80~100%のパフォーマンスで戻ってくれば幾らでも取り返せるものだ。
——と、後先なんて全くわからぬ戦場でも言ってもいいのだろうか?
どうも、無理して頑張れてしまう側の人間、アドルフ・カノン・フォーゲルです。大崩れの
小官につきまして。つい今しがた、致命傷クラスの重傷を負ってしまいました。ええ、今際の際に何を言うか、割と本気で考えておりましたとも。
そこから吃驚、無傷の生還。大泣きした部下、ザワークラウトの涙と鼻水が私に掛かったことが超異常現象クラスの生命維持と回復に繋がったという事が判明いたしました。
解析の結果、自分が死にそうな程の悲しみや死ぬ程の痛みと引き換えに、その体液でどんな怪我や病気を治す事も可能な能力なんだそうです。正直、凄い。リスクも高いがなんというチートお嬢様。いやしかし、鼻水垂らしたまんまもどうかと思う。
しかしそう。使い方を誤れば、とんでもない事になりそうであります。摂食障害も含め、あまりにも低い自己肯定感と誰かの役に立たなくてはという責任感の下、自傷に近い行為に走る可能性があるのでまだまだ注意が必要でしょう。
「ん〜でも今回はさぁ、ほんとただのラッキーじゃん? そこんとこやっぱ甘いよザワクラちゃん。教官が言った言葉はさ、自分応用効かないタイプってわかってんなら一回ちゃんと聞いとこ」
その眼でザワークラウトの覚醒した能力を見聞しつつ、ハインケルが少し小さな声で囁く。「フォーゲルくんがどうにかなってたら、きみ責任取れたの?」と少しゾッとするような声音で言っているのも、一応聞こえてるからな。
「うぐっ、えふっ……ごめんなさい教官」
「あーいや、助かったぞザワークラウト。もういい、これに懲りたらもう飛び出すなんてしないだろ?」
「あっ、ふぁい」
「いい、いい。撃たれたのが私でよかった、お前は怪我ないんだろ?」
「教官ンンンン」
まだ泣く。目が腫れるぞ小娘め。
「いいか、その能力はあまり使うな。お前が自分自身を傷つける必要はない、本当の本当にいざという時の為、大事な奴の為にとっとくんだぞ」
ハインケルとロンメルがわざとらしいため息をつくのが聴こえた。ん? どうした? 私は何か言葉の選択を誤ってしまったのだろうか。
「今回フォーゲルを撃った航空狙撃手ですが、連合の一角ロングブーツ市国の訛りがみられました」
「あまり喜ばしい報告じゃないな」
「ええ……。共和国と一時的に連合が手を結んでいるとも考えられますが、ロングブーツはどちらかと言えば帝国寄りの思想。何かの偽装工作の可能性も考えられます……もしくは」
「別途、国家を超えた武装集団の可能性ありとでも?」
「い、いえ。私の想像の範囲内ですが」
「あーっ、でもここってさ。教皇庁と首相官邸との折り合いがすっごく悪いって話じゃん? 有り得ない話ではないよねぇ」
「んっと、すみません。よくわからないので別途資料を……」
「ザワクラちゃん、ほんっと国家情勢に疎いねぇ〜」
……一言いいか?
何故この会話は進軍しながらピザパンの中で繰り広げられている?
まあ今回、操縦手はハインケルがかって出てくれたおかげで、至極安全運転。ロンメルとも健康的かつ健全な会話が成り立っている。
「今回の襲撃の根源を、即時応戦で洗い出す必要があると感じましたので」
言ってる事は至極冷静に聞こえるが、内容はどうにも穏やかじゃない。
このまま進軍を続ける事によっての各国間の政治的配慮云々は……とハインケルに問いかけたが「しらなぁい。だって皇国戦線がめっちゃ押し戻されてるんだもん、こっちは行けるだけ行ってほしいだろうしね」との事だった。
ああ、やはり。残留した部隊では皇国戦線はレアの確保はもって二ヶ月程度だろうとは予想していたが。
たかが小隊の進言なぞ、共和国戦線司令本部には本気に受け取られもしなかったのだろう。壊走を予想してザマアミロと言おうとしていたのだろうが、予想外のスピードだったのだろう、今や進軍停止命令がハインケルの耳元で鳴り続けている。
だが政治的配慮以前に、敵戦力側の我が部隊最大火力の情緒への配慮が足らなかったらしい。
有り体に言えば「激おこ」である。
「フォーゲル、千夜一夜物語——と貴方は仰っておりました。ではこのロンメル、千里を一夜で進軍する『千里一夜物語』をここに提言いたします」
「「「了解しました! 副官!」」」
アラビアン・ナイトではなくもはや「怒りんぼ風」、アラビアータ・ナイト作戦である。
「フォーゲル、ゆっくりお休みください。その間に、夢物語のように片付けておきます」
——本気を出したチートは恐ろしいのです。
だがお前の戦闘中の戦車内で寝れると思うか!? 答えはノーだ!
たったの一個小隊と隷属砲撃部隊、それのみ。
鹵獲したサイドチェスター装甲車、僅かな戦車と幻影の師団。
大音量と砂埃が、まるで装甲3師団が一斉進軍したかのように敵戦力に迫る。
我が隊最大の88mm高射砲が火を吹く。
「さあ、俺を見ろ!!!」
着弾、その弾頭が火を吹く前に即数キロ先の砲撃元へ転移。破壊、進軍、破壊、進軍。
狙ってこいとばかりにゴーグルを着けたロンメルが、ピザパンの上に立ち高射砲をそのまま撃っているがマジで人間業じゃない。
脅威の進軍スピードそのままに、キレテルヨ地方へと到達。ほぼ無血のまま二個師団を降伏させ、その後三班に分け3ルートからの残存兵力の追撃。
夜通しの浸透戦術、そろそろ遊撃隊ではなく突撃隊と名称変更されそうな働きぶりである。
「ロンメル!」
「フォーゲルっ、休んでおけと」
「背中がガラ空きだぞ大莫迦野郎!」
ハッチから飛び出しロンメルの背中に自身の背中を預ける。
流石に、負傷したとはいえ穴は塞がっている。小隊長なるものこれだけ部下が働いているのなら任せっきりも良くない。
有事の際はその時動ける奴がカバーし合えばいい、それが仕事というものだ。
小麦粉を大量に召喚、目眩しとばかりに辺り一体に撒き散らす。
「タイミングを合わせろ! 敵、次点着弾に合わせ散開、炎上に巻き込まれるなよ!」
「「了解!」」
何、ちょっとした粉塵爆弾さ。賑やかし程度にはなる。
私がパンを捏ねるだけで爆弾を製造してると時折勘違いされるのは少々飽きたがね。
アドルフ・カノン・フォーゲル。
悪食非道の灰色狼。彼がその手に白い粉を纏いし時は、全力で撤退せよ。恐ろしいほどの笑顔で奴は一瞬にして辺りを火の海へと変える。
——そんな指令が敵国家の通信でやりとりされていたとは、当の本人の知らぬところであった。
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