法律と国家、軍事命令はソーセージのようなものである
共和国戦線の砂漠地帯——及びその先にあったキレテルヨ地方の戦闘は、後の世に戦時最大の進軍劇と呼ばれた。
先頭に立ち、最も恐れられた人物の名は戦場の赤い狐:シュヴァルツヴェルダー・ロンメル。後の世に英雄視され名将の名をほしいままにした一人の軍人だ。
帝国と共和国、その兵力差は実質数十倍であったのではないかとも言われている。
作戦名は『千里一夜物語』。冗談のようだが、この記録は真実である。
鹵獲した装甲車、サイドチェスター。実質ピザパンを除けばこれがメイン火力である。敵も一瞬味方かどうか、判断がつくまい。物資が足りない故に通常の車両に装甲車の偽装をし、
進軍停止の命令がどうやら降りたようだが、ハインケルとロンメルが通信をガチャ切りしていた。三ヶ月は先になる戦車隊の到着を待つべし? 支度は40秒でしてほしいし、インスタントラーメンは3分で出来上がるのにか? どっかの星雲から来た銀色の巨人ならば、怪獣を屠って帰ってしまう時間も3分なのにか? それはいくら温厚な私であっても待てぬとの判断を下すだろう。
——数刻前に遡ろう。
東風吹かば、思い起こせよ関ヶ原。
気分はまるで薩摩の島津である。気分だけでも、とマグロ包丁を召喚してみた。
だが決定的に違うのは、これは「退き口」ではなく進撃であるという事だ。
どうも、軽量級ボクサーであったのに無差別級のMMA選手に挑むような心持ちでございます。
後方での砂埃立てという至極安全な任務を課したのですが、どうも戦績に目がくらみ己を過信したようです。二階級特進希望者は無視しろとハインケルが言ったのも理解できるし、効率を重視すれば全くもってその通り。
飛び交う轟音、流したくはなかった血。
まあ戦争はしてますし、覚悟もありました。我々も決してこれまでの闘いは無傷だったという訳ではございません。
こちらも足止めになってしまうものの一時の遅滞戦闘、そして後退する隊の援護。その筈でした。
完全に逸れた一班、砲弾を怖がり迂回してしまったのでしょう。バナナ娘もそこに乗っていたようです。誰もがダメだ——と心を鬼にしかけたその時。
「教官! 助けに行きましょう!」
「ザワークラウト! 状況を見てものを言え、距離がありすぎる」
「でも……私見捨てるなんてできません」
「おい、コラ馬鹿!!」
あの馬鹿は何を考えている? また飯を食い損ねたのか!?
思わず装甲車から飛び降り、走り出したザワークラウトの後を追う。完全にシュタインヘーガーの能力範囲外へと飛び出してしまっている。足も断然私の方が速いのに、正義感だけで何を血迷ったんだ。
その時——パァン、と一つ銃声が聞こえた。
レバーを撃ち抜かれた時のような感覚がする。
足が動かず、息ができない。数拍置いて空気を肺に流し込めば、そのまま砂地に倒れ込んだ。
攻め込んだ際の敵戦力の航空支援の予想は立てていたんだけどな。すまんが私はこの中で一番凡人なんだ。
マジで、何でこういう時だけ行動力あるんだよザワークラウト。
「きょ、うかん……!? きょうかん、いや、いやあ! ごめんなさい!!!」
「あのな、ザワークラウト。助けに、行くっていうのは……それができる力のあるやつ、がする……事でな」
「ごめんなさい……ごめんなさい教官」
やっべ、多分肩口から斜めに撃ち抜かれた。すげー痛い。多分出血量も凄い。
頼む、マジで泣くな。周りを見ろ。そういうとこだぞザワークラウト。
誰も助けに行かんとは言ってないじゃないか、機会を見定める忍耐もお前には必要だ。もう少し教えてやりたかったな。
「フォーゲル!」
ロンメルが凄い勢いで飛び出し、航空狙撃手を撃ち落とし始めたらしい。アイツ空中戦もできるんだな……。本当の化け物じゃないか。
しっかし、ロンメル以外誰も命令した隊列を崩さんとは、流石の練度だ。私も安心できるよ。
ここで焦って私を助けに来て撃たれるようでは、まだまだって事だからな。それが狙いの狙撃手もいると座学で教えた甲斐があるというもの。
あー、まぁ二度目の人生。
しんどいっちゃしんどかったけど。いい部下には恵まれた。
美味い飯もなんだかんだ食えた。
……今回はもうそれでいいんじゃないか?
「フォーゲル! フォーゲル! クソ! しっかりしろザワークラウト! 泣くんじゃない! 彼を助けるのがお前のできる最善だ! 動け!!」
ああもうロンメル、最期までやかましいなお前は。
言い忘れてたが私の荷物の中にお前の推薦状があるんだ、戦果上げたらそれで軍大学にでも進学して出世コースに進め。ハインケルにもその旨は話してある。私が二階級特進すれば大尉だ、大尉からの推薦状なら余裕だろう。
すまんな、俺が先に約束を反故にしてしてしまったらしい。緑の狸にはなれなかったな。
音が止んだ。
ああ、そっか。もう何も聞こえなくなったのだろうか。
「フォーゲル、ご安心ください。爆撃機は全て落としました、このまま作戦続行です」
——は?
本当に戦闘音がしなくなっていた。
息ができる、痛みもない。
なんか身体も冷たくないぞ。
「ザワークラウト、とりあえずはよくやった!」
「もう小隊長ーっ! 一時はどうなることかと!」
「ザワクラちゃんすっげ! お姉さん以上じゃね?」
なんかめっちゃ光ってる。軍服に穴は空いてるけど俺の身体は別に風通し良くなってはいない。
状況から察するに、ザワークラウトの魔力が馬鹿みたいな方向性で覚醒したんじゃなかろうか。
「あの……とりあえず、状況説明を」
「航空法の穴を突かれたようです。上空からの大規模な爆撃がありました。おそらく後方観測手も撃墜された可能性があります」
「あ、ああ……じゃなくて私は撃たれたのでは!?」
流した血までは消えないらしい。ベッタベタの血液の中からよっこらせと身体を起こせば、周りから聞き覚えのある歓声ばかりが聞こえた。
横を見れば、血まみれで泣きじゃくっている小娘がいる。どうやら今回は私が助けられたらしい。
「あのなザワークラウト……」
えぐえぐ言いながら鼻水まで垂らしてるその顔にデコピンをする。
「お前、人の話は最後まで聞け」
法律と国家、そして軍事命令はソーセージのようなものだ。
……それが作られている様子は、見ない方がいい。
「我らがフォーゲルを国家間規約法違反で撃った罪は、帝国裁判にかけるより先にその身を持って贖っていただきたく存じます。ええ、今すぐに」
おや? 私はまたいけないスイッチを入れてしまった気がする。
おーい、ロンメル。見ろよ、私は生きてるぞー。
かくして、シュヴァルツヴェルダー・ロンメルによる伝説の作戦『千里一夜物語』が、ここに本気で開幕してしまったのだった——。
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