いっぱい食べるきみが好き。それ、心の底から言ってやれ。

 さて、理論家(Programmatiker)とは手段よりも目的に留意しなければなければならないと言う。言い換えれば、己の理論を実行に移し得るか否か……ではなく、ひたすらに理論に徹する事に努めるべきだという事だ。つまりは彼らにとって大切なのは己の理論がその他大勢を従わせ、その他大勢の理論を排除するに等しい強いものであるか否かであって、その実行の難易ではない。

 さてさて……それではその絶対真理を追い求める理想家の目的の為、手段となり得るのが我ら。実際家のその更に一端を担う軍であり軍人であり、その最たる激戦区に指先一つで向かわされる働き蟻アーマイトである。

 実際家も理論家も、己の真理を実現させ得る事ができたのであれば、歴史に名を残す事は明白であろう。しかし我らの道の後に残る物と云えば、名も無き墓標が大多数である。平社員とはつらいものだ、だがしかしその分見方を変えれば自由度も上がるというもの。


 諸君、さあお待ちかねのピクニックだ。

 遠足のしおりは必要かね? おやつは一人五百円、5分前行動を徹底するように。集合時間に間に合わない子は問答無用で置いていきます。


「え〜それって社会人としてどうなんですかぁ?」


 黙れバナナ。社会人としてを語るならば、まず5分前にしっかり準備万端で集合場所に居るようにしろ。一人二つで用意したはずの握り飯、何故三つめを頬張りながら話を聞いているんだ。


「教官〜、もっと味のレパートリーを増やしてほしいでっす。あっでも私ピクルスは苦手なので、この黄色いのはナシで」

「待ちなさいナカタニヤン。今フォーゲルより任務の説明が下っております。遮るのは私が許しません」

「うふふっ。ロンメル副官が言われるのならナカタニヤン黙りまぁっす」


 ……今すぐに茶漬けかカニ玉にでもしてやりたい名前である。

 あっ、「ご命令いただければ直ぐにでも撃ちます」みたいな目でこっちを見るんじゃないイェーガー。


「諸君、先ほど見せた記録映像にもあったように、共和国との国境線は軽度の砂漠地帯だ。砂漠戦は遮蔽物が少ない分、隠蔽や掩蔽が困難である。故に常に団体行動を意識し、迅速なタイムスケジュールに則り行動していただきたい」


 悲しい。新米尉官が相手とはいえ、イロハのアから教えなければいけない気分だ。そもそも隊列行動と時間厳守は大原則であるというのに。

 砂に足を取られてすっ転ぶなよ、という注意からしなければならん実情に私は内心頭を抱えている。


「また、共和国だが。肉弾戦を好むとはいえ敵兵力も戦車や砲弾、航空機は勿論保持している。あまり奴らのプライドを過信せず、いつでも即銃撃戦となってもいいようライフルは手に持っておけ」


 それから水分補給の注意。喉が渇いても糖分をがぶ飲みするな云々。

 脱水症状を甘くみる事勿れ。バタバタと倒れて救護班を呼ばねばならん心算はできている。予想の三分の二程度の消耗で済めば望ましいと思っているところだ。


「よって、明日の定刻4000ヨンマルマルマルより本隊は駐屯地を立ち、前線の中隊の撤退を支援、以後は戦闘へと移行する。以上だ、解散」





 その夜の事である。

 前回ザワークラウトが巻き込まれたいざこざもあり、夜間の見回りも怠らぬ。男同士ですら何かしらのトラブルが発生する事があるというのに、それが男女間なら余計に面倒くさい事この上ない。

 しかし私は中隊長なのだ、仮初めと云えど任期中はしっかりと隊の保安には努めねばならん。


「あの子はねぇ〜。海軍のザワークラウト中将の娘さんだよ。二人のお兄さんはそれぞれ大隊長と参謀本部幹部、お姉さんは帝国じゃ知らない人はいないほどのトップスターの歌手、まあいうなれば歌姫だよね」

「知ってたか、ロンメル?」

「……いいえ、これっぽっちも」

「これだからテレビも見ない人達はぁ〜」


 呆れ顔で書類を捲るハインケルに、いやいやと私とロンメルは顔を見合わせる。戦時状況をこれでもかと盛ったプロパガンダ、社会情勢を知るに読んでいる新聞、それ以外でマスメディアの類いを嗜む暇は我らにはない。


「しかし海軍中将? 兄達は陸軍なのか?」

「いやぁ、一家揃って全て海軍だよぉ。だ、か、らぁ」

「——早い話がていのいい厄介払い、という事か」

「ピンポンピンポォーン! お貴族様はこれだからやんなっちゃうね。ザワークラウトちゃんの家では、一人に二つの元素魔力が顕現するはずなんだ。でもあの子だけ、魔力は一個、しかも自分の魔力を削っての回復魔術のみ。使えば自分が動けなくなるから医療班にも向かないってわけ」


 バナナや先日の無法者共がやけに彼女を馬鹿にしているのが理解できた。しかしそれで一人の人間を蔑ろにしていいという訳ではない。


「でもさぁ、なんていうの。ザワークラウトちゃん、真面目なんだけどズレてるしさ、本人が思ってるほど頭良くないんだよねぇ」


 その辛い立場は理解できるが、そこから頭脳と能力でのし上がってきたという自負があるハインケルからすると、少々ザワークラウトは緩く見えるらしい。


 きっと——。彼女なりには気を遣っているのだろう。

 ガッカリされないように、呆れられないように。私だってできます、と胸を張って言える部分を見出したいんだろう。


 帝都から「ナウな尉官の教導の仕方」という本も取り寄せました。イェーガーやロンメルと共に読んでおりますが、コミュニケーションをもっと密にせねばと唸る事ばかりです。しかしぶっちゃけて云えば、こちらの負担も相当なもの。

 失敗したくない、皆と同じ列に並んでいたい、怒られたくない。それ故に登場する無反応、もしくは過剰反応モンスター。イレギュラーが発生すると、途端にパニックと化すのです。


 さて明日からどうしたもんか、と思案しながら夜間の見回りをしていると、キッチンのあたりから物音がした。

 既に消灯時間は過ぎている。誰だ、何をしている……ガサゴソと動く人物の周辺に仲間がいないかを確認、即座に背後に回って動きを封じる。


「いいか、動くな。貴様はここで何を……って」

「きょうかんっっ、うっ、ごめんなさい。ごめんなさぁい」


 そこに座り込んでいたのはザワークラウトだ。

 また泣く……謝るくらいなら泣くな。

 その手一杯に持っている食料品を見て、思わずため息が出る。もしかして、こいつの飯を奪っていたのはあのバナナか。それによく考えればザワークラウトは隊の食事の時間、いつもほとんど食べないのだ。


「……泣く前に説明しろ。なんで食料品そのまま食ってんだ」

「ううっ、私、太りやすくって。お姉ちゃんみたいに食べても細いまんまの人間じゃなくって、歌も上手じゃないし」

「は、はぁ……」

「でもうちの家系って、食べないと魔力貯蓄ができないんです。でも、いっつもお姉ちゃんと比べられるから、怖くて、人前じゃご飯食べれなくって」

「……で、我慢できなくなった分、夜中にやけ食いか? 健康的じゃないぞそれ」

「嫌なんです、やめたいんです。でも我慢できないんです。皆私をお兄ちゃんやお姉ちゃんと比べるから、せめて体型だけは少しでもお姉ちゃんみたいにしたくって」


 上官に対して家族の事を普通に「お兄ちゃんお姉ちゃん」と言ってる事についてはこの際不問にしてやろう。

 なんと、アレルギーの次は摂食障害だ。泣いて言葉になってないが、多分こいつは夜中に一気に食べたものを罪悪感で吐いている。そりゃあ、思考能力も低下するし、集中に欠けるわけだ。


「教官も、ロンメル副官も……ハインケルさんだって太ってないし」

「あ、いや。私達とハインケルを一緒にはするな……。ザワークラウト、飯ってのはな、ちゃんと食べて動けば太らないものなんだぞ。むしろお前の食い方は圧倒的に太りやすくなるし、栄養不足で身体も壊しやすくなる」


 ほら来い。夜中に食っても胃に優しいもん作ってやるから、と促せば。俯きながらもザワークラウトは着いてきた。


「痩せてる女の方がいいなんて主観は捨てていいぞ。そもそもお前は軍人だ、お前のお姉さんがどれだけ凄いか私は知らん。だがお前と姉は別人で、別の人生を歩んでいるんだ。お前が姉みたいになる必要は全くない」

「で、でも、いっぱい食べるのに痩せてる方が素敵だって……」

「知らん。いっぱい食べても口開けたまま喋る品のない奴や、最後の一口や炭水化物の部分を人前で「意識高く」と残す奴、わざとほっぺたにクリームつける奴や、いっぱい食べても錠剤ジャラジャラ飲んでチャラにする奴の方が——私には個人的に理解できん。健康障害がないのなら、好きなものを「おいしい」と笑顔でカロリー気にせず一緒に食べられる女の方が、私はいいと思う。努力は皆、陰でひっそりやっているものだ」


 倒れるのは言語道断の愚行だぞ。

 そう言いながら執務室に戻れば、湯気の立った蜂蜜入りのホットミルクが二つ用意されていた。

 パーフェクトだロンメル、食前に胃の粘膜を保護したりPH値を下げてくれるベストなチョイスだ。……しかしお前、最近ステルス機能まで搭載してきてないか。ちょっと怖いくらいだぞ。

 ザワークラウトを着席させ、私は調理器具を取りにキッチンへと戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る