ブルータル、お前もか【親子丼と鮭いくら丼】
玄米ご飯はGI値も低く、食物繊維も豊富である。血糖値の上昇も緩やかで、少々炊き時間がかかる事と独特の風味と噛み応えを楽しめるのであれば、こちらも是非オススメしたい主食である。
だし汁、砂糖、醤油、みりんを少々、玉ねぎと鶏肉をくつくつと煮込む。そこに溶き卵を流し入れ、半熟加減はお好みで丼に盛ったご飯の上にそろりとかけてゆく。仕上げにお好みだが青ネギや刻みのりをかければ親子丼の完成だ。
「フォーゲル、楽しそうですね」
「ふふふ、見ろロンメル。素晴らしい半熟具合だ」
「ねぇちょっと、美味しそうな匂いすんだけど。明日4時出発なのに何してんのぉ〜」
ザワークラウトに食えそうな方を食えと刻み野菜のおじやと、親子丼を3人前ほど用意してみた。……いや、ほら。せっかく材料余ってたしな、明日出立なら勿体無いと思っただけで、決して小腹が空いたとかそういうわけじゃ。
「食べたかったんですね、フォーゲル」
「ま、まあな」
にっこりと湯気の立つほうじ茶を出される。
流石だロンメル、緑茶もいいが玄米の丼ものにはほうじ茶も非常に合うんだぞ。
「んじゃっ、僕この野菜のおじや〜! ザワークラウトちゃん、フォーゲルくんのご飯はね、めっちゃ美味しいから本当に食べたい方選んじゃった方がいいよぉ」
「あっ、ええっとでも……」
「ほら、食え食え。お前が食ってようが、私達は一切気にせん」
でも……と消え入りそうな声のザワークラウトの腹が盛大に鳴る。さっきからチラチラと親子丼の方を食べたそうに窺っていたのは気づいていたので、ハインケルはナイスパスだった。ほれみろ、と言わんばかりに見れば「うう……っ、いただきます」と目の前の丼を彼女は手に取る。
「お、おいひっ」
「おお、ゆっくり噛んで食え」
「では、私もご相伴にあずかります」
温かくて美味しいご飯は人の心を豊かにしてくれる。少しだけ、真っ白だったザワークラウトの頬に赤みが差して安心した。
「ザワークラウト、大事なのはバランスだ。食事も一方だけに偏ってしまえば何かが疎かになって崩れてしまう。人の仕事のバランスもそうだと思わんか? お前はお前にできる事をやればいい。安心しろ、食ったところでその分ぶくぶく太るような量の鍛錬や任務は私は課さん」
「そうですそうです。むしろ我らはフォーゲルの能力と指導により、これまでの生活よりもだいぶ食べてる方だと思いますよ。全体の規律も体型も段違いに締まりましたがね」
「理想を追うのは構わん、好きにすればいい。だが食事の摂り方をミスって体調を崩すのだけは許さん。どいつもこいつも、痩せたいという奴はな、無理してやつれているだけなんだ。それは決して美しいとは言わん……と言っておこう。仕事もそうだ、無理に量を詰め込んだり、スピードを重視して削ればどちらにしろ後から粗が出る。それよりもお前はお前のペースでいい」
せっかくなのでお吸い物も作った、うーんこれもなかなか。椎茸の出汁がいい感じだ。
前世では試合前に過酷すぎる『減量』というものがあった。試合が二週間前に突然決められた時なんて、一日に飴玉を四つとプロテイン、炭酸水しか口にできなかった時さえある。
その極限状態の時に思ったのだ「健康に飯が食えるなら別に良くね?」と。更にそれが計量前になると「水が飲めてたあの時は幸せだった……」になるのだ。
もう食事がどうでも良くなるレベルで水分を欲する、あれはヤバい。そこまで削ってでも立ち上がり、闘うのは試合があるからだ。
あとよく聞かれたんだが、水を抜く段階になって椎茸を口にする事はなかったぞ、普通にあの風味で吐きそうになると思う。
そんな日常から決勝戦みたいな事、しなくていい。目的があるなら止めはしない、だが単に理想だけ追って自分を追い込むダイエットなぞしない方がいいぞと言いたい。
そもそもダイエットなんて言葉、本来の意味は「食事内容や食習慣の改善」であって体重を落とすことではないからな。減量競技の選手を「ダイエットのプロ」と呼ぶのはちょっと違う、必要に駆られてなければ、我々だってあんな厳しすぎる減量なんて好んではしないからだ。
「教官、これなんて食べ物ですか?」
「これか? これは親子丼だ」
「おやこ……どん?」
「そう、卵と鶏肉で親子丼」
「おやこ? なんでオヤコなんです」
「だからほら、鶏肉を卵でとじてるだろ。親と子、鶏を卵でとじてるから……」
「えっ」
「……えっ?」
「わぁお、聴いてるだけでもブルータルぅ♪ すごい斬新な発想だねぇ!」
なんでそんな目で俺を見るんだザワークラウト。
なんでそんな楽しそうなんだハインケル。
「我々は残虐行為を楽しむ屠殺者ではありません。一介の軍人であり——今は只、いただいている命に感謝し食を営む人間ですよ。良質な栄養素はひとつの命丸ごとを創り得る卵から得られる、そのありがたい調理法がこちら……。ですよねっフォーゲル、そういう事が言いたかったと、このロンメル心より理解しております」
「あ、ああ……」
ブルータル、お前もか。
きっと鮭いくら丼を出しても同じような反応をされるに違いない。うーん前世日本人としてはこの感性はカルチャーショック。しかし親子丼って名前も、そう言われて考えてみれば相当なものだよな……。
「ああ、美味かった! よし、ザワークラウト、皿はそのままにしておいていいぞ。美味しかったという心だけきちんともって、明日の為にゆっくり休め。ロンメル、ザワークラウトを駐屯地宿舎まで送ってやれ」
「いえいえ、ザワークラウトに礼儀を教えるのも我々の仕事ではないですかフォーゲル。ザワークラウト、片づけと皿洗いはできますか? 私も一緒にやりますので。食事を作っていただいたのなら、食べた者が片付けを担うのも感謝の示し方の一つです」
「は、はい! お皿洗います!」
なんだかやる気に満ちているし、宣告までの悲壮感たっぷりの表情では無くなったので良しとしよう。皿洗いもこの際だ、任せるとするか。
「んっと、副官、私
「ふふふ、そうですか。いい事ですね。では貴女も明日からもしっかりと頑張るのですよ」
「はい! 教官の美味しそうな顔、普段あんな感じなのに凄く守りたくなりますよね」
何言ってるかよくわからんが、楽しそうなのでまあ目を瞑ってやるとしよう。時折ぽろっと、天然の失礼がすぎるがなザワークラウト。
心と栄養素が満たされていれば、無茶をして変な過食をしたり吐く事もあるまい。あとは普段からの行動を少し気にかけて——。
いかん、「ナウな新米尉官の教導の仕方」を読んだ影響か。
少しばかり寄り添いすぎたかもしれんな。
明日からは砂漠戦だ、気を引き締めていくとしよう。3月15日はもうとうに過ぎている、不安なのは敵国家との戦況だけにしたいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます