特殊作戦 フィジーク
砂漠戦と聞いて、酷暑の中の戦闘だけを想像していた者はどれくらいだろうか。だから説明したのだ、寝袋は出来るだけ暖かいものを用意しておけと。上官の話をきちんと頭に叩き込んでいないからこういう事になる。やっぱり遠足のしおりは用意しておくべきだったか、しみじみと反省をしているよ。
日中は酷暑、夜は厳寒。これこそが砂漠の実態である、遠く蜃気楼と茶色の景色だけを想像していた奴らは考えを改めた方がいい。
一週間半の鍛錬の後に大隊へ合流。共和国戦線の指揮を執る第五師団の装甲部隊指揮下、再びの補充中隊としての着任である。
雪山と対を成すような過酷な場所だ、砂嵐でも起こればひとたまりもない。
既に拮抗よりも若干押され気味の戦線、もちろんスタミナの点では大多数が基本劣っている帝国の兵、砂に自身の体重で足を取られ消耗しきっている者も見受けられる。
「オアシスの争奪については如何に」
「既に威力偵察の3個中隊がやられた。故に貴官らに、現時刻を持ってその任の指揮権を継承する。オアシスの確保を最優先として動け」
「承知いたしました」
砂漠戦でのオアシスの所持権は最重要事項と言っても過言ではない。兵站、補給線が雪山と同様に厳しい過酷な環境下での戦況だ、水の確保が現地でもできると望ましい。
「装甲部隊の現状もお伺いさせていただいても?」
「補給線の破綻で慢性的な燃料不足だ。砂嵐で観測機器が全てやられたのも重ねて、正直な所芳しくはない」
「かしこまりました、当方腕のかなり良い技師を連れております。機器の保全はこちらで。燃料に関してはそうですね……オアシスの奪取と共に敵戦車及び装甲車の鹵獲によって一時補填、後に補給線の再確保に尽力すべきと進言いたします」
「できるのか……?」
「我々は遊撃小隊
「なるほど、最年少の中隊長とはまた。大きくも出たくなるものだろうな」
半分慰みのような態度でオアシス確保作戦の指揮権を一任される。
逆に好都合だ、変に期待され結果を如何に自分の物にしようかと裏で画策されるよりは、これくらいの突き放し感があった方がいい。
さあ諸君。戦闘だ。
貴様らが英雄になれる戦闘が、向こうからオマケをつけてやって来てくれた。
実戦に勝る経験はない、と誰か口にしていただろう?
こんな訓練やらずとも、前線に行けばそれなりの働きをしてみせますと誰かしらが呟いていたのを私は覚えているぞ。
さて
ライフルもいいがシャベルは持ったかな? 砂を甘く見ない方がいい、肉弾戦で勝ち目がないと思うなら是非ともシャベルは背に背負っていきたまえ。
「隊列、前へ!」
足がすくんで動けない熊蜂どもを尻目に、我ら
はい、結果から申し上げますと出だしはまあまあであったと評価いたします。なんせ脚の鈍くなっている戦闘中部隊の影から隙をついて撃って出る奇襲でありましたので。
しかしながら反撃と共に総崩れ、朧豆腐もいいところ……な崩れ具合でございます。誰が「身体で覚えるタイプなので」だ。覚える前から狂乱されてはたまったもんじゃない。カバーする事を予見して隊列の組み方を現在の編成にしておいた事に感謝してほしい。
砂漠故にシャベルは塹壕を掘る物ではないと、ここにきてやっと理解したらしい。そんな事をしたら自分がサラサラと埋まってしまう。6フィートアンダーを自身で用意するのであれば、止めはしないのだがね。
そのシャベルは砂でライフルがやられた時用の打撃武器でもある。なに、人の頭蓋骨が叩き割れません? 教官は鬼ですか? 何を今更、ここは戦場だぞ?
泣きっ面に蜂。砂地は遮蔽物も無いため声もよく通る。
あっという間に最前線鉢合わせ、かぶりつきの大舞台だ。
砂漠地帯でも上裸で見せつけてくるとは、こいつらかなり鍛えているな。それとも冷却日光遮蔽の魔術式でも常時発動させているのだろうか。
では、と内内で別紙記載の作戦がございましたのでそちらを即刻発動させていただきます。
せめて熊蜂連中共は、泣かずに常駐部隊の撤退を支援するようにしてほしい。
第一から第四まで、全班を横並びに配置。
総力戦である、心して挑まねばならん。
「声出し! かかれーっ!!」意を決した私の号令が、砂漠の中に響き渡った。
「はい! ずどーん!」
「キレてる! キレてるよ!」
「その筋肉を維持する為に、眠れない夜もあっただろうに!」
「肩にグレネードランチャー!」
「デカすぎて固定資産税かかってそうだな!」
「ちょっと腹筋どうなってんの! ナチュラル防弾ベスト!」
「腹筋板チョコバキバキくん!」
「ふくらはぎ子持ちししゃも!」
「三角チョコパイ! 今なら筋肉増量中!」
「冷蔵庫! 冷蔵庫業務用クラス!」
敵軍から上がる突然の声掛けに、共和国兵のテンションはMAX、自己肯定感爆上がりによりキラリと笑顔が光る。
「今だ! 前線部隊後退!
意味がわからん。マジでやってみたら効果覿面だった。
正常に部隊機動が保たれなかった場合——いや寧ろコッチが予想していた大本命。特殊作戦:フィジークである。
「土台が違うよ! 土台が!」
「ナイスカットー!!」
「力こそパワー!」
「肩メロン! 肩メロン!」
「背中に素敵なクリスマスツリー!」
「きっと空も飛べるはず!」
「筋肉モリモリ家系ラーメン、背脂カットの切れ目マシマシで!」
褒めちぎられてポージングにも気合が入る。
戦線は押され気味から拮抗状態と変化、涙ぐましい我が隊へ後程ちゃんとした賛辞を送ってやりたい。
この掛け声を記憶するために、眠れない夜もあっただろうに……!! まさにその通り。研修中やトレーナーの手伝いで参加したフィジーク大会の観戦がこんなところで役に立つとは。脳みそフル回転させて言葉を思いつく限り絞り出した私の努力は無駄ではなかったようだ。
っていうか、そろそろ胃もたれしそうだな、オイ……!
「ここだ、結果発表待ちのインターバルと錯覚させておいて、一気に攻め入れ!」
ゲシュペンストの
正直言って助かった、もう掛け声のレパートリーが熱意と同様枯渇しそうだったのだ。大歓声の観客を視せて逆にテンションフルボルテージにしないか若干不安ではあったが、流石ゲシュペンスト、キメるところはしっかりキメる男だ!
「小隊長! 敵のサイドチェスター装甲車、放棄した一個中隊分を鹵獲しました」
「よくやった! 各班、正面の第三班を中心に展開、敵主力戦力を側面から叩け! その腹斜筋をすりおろしてやれ!」
「「
ああ狂っている。なんという世界観だろう。
マイ○ル・ベイより爆発がお好きなのかもしれない。
「敵戦力を押し戻せ! 補助が駆けつける前に重量を上げれないほどの筋疲労にしてやるんだ。側面を援護し部隊を移動、第四班の装填完了までそのまま叩き続けろ!」
フィジーク大会、マッチョ花火撹乱大作戦。
歴史上に絶対に残したくない決戦の一幕、この日の作戦を後世ではこう記録して伝えられてしまったという——。
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