パンが無ければ、ケーキを焼けばいいじゃない。貴方が。
朝食にパンケーキやワッフルが無いとのご意見をいただきました。
——真摯に受け止め、改善に努めたいと思います。
なんて言うと思ったかこの無糖どもめ、全員が低血糖症でも起こしているかのようなテンションの低さで一日の始まりに出迎えられた私の気持ちにもなってくれ。
なんでも、人の握った握り飯は食えないそうである。パンが人の手で捏ねられているという事を、彼らはもしや知らないのだろうか。
「パンがないならパンケーキを焼けばいいじゃないですか」
そう進言してきたのは、今回の中隊編成で我が第一班に追従する班に所属するクラップフェン・フォン・ザワークラウト准尉。
我ら
お前ら、今の見た目はこんなんだがな、私も前の人生では同じ性別だったんだからな……等と思いながら各班における報告書に目を通す。同じく、数日後には前線送りのはずだが、教育課程に並々ならぬ不安要素しかない報告がつらつらと並んでいる。こんなのはご実家で常識的人間教育として修了してきてほしい内容であり、皆今回の教導には相当苦労をしているようだ。
「ザワークラウト、要望を述べるに当たって実践に至る為の案は持ってきたのか?」
「んっとー、教官の能力が便利なのでそれで作って貰えば良いと思います」
「目の前には5秒で食えるレーションがあるのにか?」
「だって、料理が好きな人ってその手間すら楽しむって聞きました。教官にとっても息抜きになって良いんじゃないかなと」
悪気がないから尚悪い。天然他力本願お嬢様育ちがやってきてしまった。
「ザワークラウト、フォーゲルはこの中隊を指揮する指揮官です。指揮官を動かす程の案をぽんぽんと軽く発案されては困ります、またそれは目上の人に物を頼む態度でもありません」
煮えたぎる腹の中を必死こいて抑えてくれたであろうロンメルの発言にも「あっ、そうなんですか」とお嬢様は返す。多分あまり理解してはもらえてないのだろう。手間暇かけてもいいが、戦場で悠長にパンケーキなんて焼いてたら自分が丸焦げになってしまう。
「んっとー。できれば、私そういう礼儀とか敬語? わかってないところがあるので、部隊の対人マニュアルを作ってもらえると助かります」
マジかよザワークラウト。先日のバナナ娘と合わせ、懸念材料はなるほど山程ある。先に述べた通り、各班班長が既にあちこちで悲鳴を上げており、前線での消耗より我が隊のSAN値の損耗の方が早い気がしてきた。
イェーガーに至っては「こいつらに銃を持たせる方が勿体無いです」と手袋ではなく匙を投げかけそうな勢いだ。射撃の練度も態度もお察しという訳である。
おかしいな……私より歳上の者が圧倒的に多いというのに。
曰く、優しそうなロンメル副官にパッと見お子様のフォーゲル中隊長。
こんな二人が指揮して生き残れているくらいなら、前線勤務は自分達でも難なくこなせると——本気でそう思っているらしい。
背が伸びないのであります。健康診断は至って健康。単純に幼い頃から筋トレと走り込みをしすぎた可能性があるのだそうです。ガッデム、あと10cm背が高ければ見える景色と向けられる態度も大幅に違っただろうに。
「フォーゲル、私がおぶりましょうか? それとも肩車でも?」
「ロンメル、それだけはマジでやめてくれ……見える景色以前にいろんな物が終わってしまう気がする」
圧倒的に、訓練過程の見直しと再教育の時間が必要そうな部隊である。
私に部下を弾除けに使う趣味はない。
パンを捏ねる前に作戦を練らなければならんようだ。
訓練に移行したいのにラジオ体操で半日を使ってしまうとは此れ如何に。
想定した練度よりも実際のスピードとやる気が欠けていた場合、実はこちらも精神をげっそり持っていかれるな——そう思いながら野営のテントまで戻ろうとしていた時だ。
……人の争う声がする。喧嘩だろうか。
私への文句大会ならまだいいが、こんな摩耗する前線駐屯地で私怨的な諍いは避けていただきたいに限る。
「何するんですかっ」
「別に、何ってナニじゃん」
「こんなことして……」
「えーっ、逆にこんな事されましたってお父さんに言えるのか? 恥晒しだろ!」
「姉ちゃんと似てねーなお前、そんなんだからこんな末端部隊に来たんじゃねーのか」
あーちょっと待ってくれ。
抵抗しているのは女性が一名。私の班が指導しているザワークラウトだな。
それを囲んでどうこうしようとしている男が3名ほど。
男世帯の軍にはありがちな事だと、知識では存じていたが実際に起きたのはこれが初めてである。単純に許せん。
「考えが浅はかなんだよ!」
「や、やめてくださっ」
中心で馬乗りになって、上衣を引きちぎろうとしていた男の腕を取り思い切り後ろに捻りあげる。
「んなっ……!!?」
「どちらが浅はかだ! 要らぬ考えが浮かぶ程には、訓練ではシゴキ足りんかったようだな!」
そのまま体重を掛けて背中から地面にひき倒し、腕十字で締め上げる。とりあえず肘の関節が若干壊れる音がした。
「フォーゲル、教官っ。これ、は」
「問答無用だ。隊内での私闘及び暴行は重罪だ、一番嫌いな物を貴様らは私の目の前で愚かにも行おうとした」
「あ、いや。だってコイツが生意気で」
「前線の兵だって捕虜にはこういう事を」
「うちの隊では御法度だ!!!」
残りの二名がギャアギャア喚いていたが、ライフルの銃底でその顎を跳ね上げる。もう一人は鳩尾に一発。
「私は粛清は好かんが、無法者の去勢には大賛成でな」
背後にいたロンメルに目で合図する。
泣きじゃくるザワークラウトの視界を一緒に覆うように、自分の上衣をかけてやっている。うん、さすが出来る男だロンメル。
——ホルダーからピストルを引き抜き、銃声が三発鳴った。
「別に、罰則として銃殺刑でもよかったのでは? 一番お嫌いなんでしょう」
「お前……どこから聞いてたんだよ」
「貴方が華麗に飛びつき腕十字を決めた辺りからですね」
顔の横、股間の真下、それぞれの地面に銃弾が穴を開け見事に兵達は気絶している。人様に最低な無礼と暴力は向けるクセに、己が向けられる立場になると脆いというのはなんと情けない。ハインケルの権限で中央辺りに送還か、できれば除隊処分にでも出来るとありがたい。
「ほら、もう泣くなザワークラウト」
「きょうかん〜っ」
泣く女の対処は残念ながら苦手だ。得意そうなロンメルをチラリと伺えば、こいつも目を泳がせている。あーうん、私らは泣く暇があるなら打破しろタイプの人間だものな。
「えっと、その、ザワークラウト」
腹減ってないか? と声をかける。
まさに背後でポテチをばりばりと食い始めたハインケルに触発されてだ。
「うっ……ううう、お腹すいてます」
「任せろ。5分でチキンブリトーを食わせてやる」
教官、私パンケーキがいいです。
そう主張はしっかりしながらも、まだべそべそと泣いている。思わず笑いが出てしまった私は、ザワークラウトに軽くデコピンをしておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます