第五章 私は狂っているが、世界はもっと狂っている。

バナナは対話に入りますか?

 あった〜らしい あーっさがきた

 きぼ〜うのあーさーが

 よろこーびにむねをひーらけ

 そぉれ いち に さん



 大合唱の後に、お昼だドンならぬ朝の空砲。

 どうも共和国戦線前線駐屯地よりおはよう諸君、遊撃201中隊——通称:熊蜂ヅァイコローパの臨時指導教官として本部隊を率いておりますアドルフ・カノン・フォーゲルです。


 皇国戦線の一時的な圧勝により、我々の部隊には表舞台より即刻引き下がれとの命令が下りましてね。ええ、まあ早い話が手柄の横取りでございます。

 前年比200%超えの売り上げを出しておきながら、それに至るまでの経緯や貢献を丸無視され、部署及びブランドの成績として提出された時の気分を思い出しました。

 いえいえ、憤りはしますが組織なんてそんなもんです。こちらのアポ取りと営業の成果の賜物なんて、結果しか見ていない本社は露ほども知らぬのです。下請けの中間管理職はそんな不平不満を飲み込んで日々働いております。

 引き継げとすら言われなかったので、対増援部隊のメソッドについては誰一人として残留部隊の方々にはお伝えしておりません。十分に戦車と砲弾を用意して待機させてある、と自信満々の様相でしたので。


 さて、熊蜂ヅァイコローパですが。

 早い話が教導隊のようなもの。どうやら私の訓練過程の話が尾鰭をつけて拡まってしまったらしく、士官過程上がりたての夢見がちなブルジョワ出身新人尉官どもを叩き直せと言うのです。

 荷が重すぎやしませんかね? それに教導隊は基本佐官クラスが指揮する筈だと記憶しておりますが……。一体どうした事でしょう。

 ご都合とばかりに前線での戦果と共に少尉へと昇任いたしました。もちろんロンメルも一緒です。昇任させてやったんだから全て飲み込んで引き受けろ、という強い圧を感じます。


 社会の厳しさを一片たりとも経験せずに、「自分はやれる!」と意欲旺盛な若者は厄介です。何しろキミが今までしっかりやれてこれたのは、ご両親の収入と社会的地位あっての物。フィールドやグラウンドとして綺麗に整備されていた路を走るのと、でこぼこの砂利道戦場を駆けてゆくのは訳が違います。

「思ってたんと違う」と連日べそべそ泣かれても「何を今更!」としか返しようがないのです。良い仕事というのは「お前にとって都合の良い仕事」では無いと云う事を、まず身をもって実感いただきたい。



「ラジオ体操第一ーっっ!!」


 ——まずは連帯責任とチーム戦略というものを学びましょう。


 起床時間すら「起き上がれなくって」と適当、朝の準備にしっかり一時間かけるのが黙認されるとはこれ如何に。

 集団行動だからと諭せば「そういう固定概念に縛られたくないんで」とかほざきやがる。違う、集団行動の常識的ルールだっつってんだろうが。

 文句をグダグダというので、朝の斉唱からのラジオ体操をまずは1日の始まりにおく事にした。問答無用でフォームが乱れていたら一からやり直しだ。

 なに、私は体育大学時代の講師のような鬼ではない。一刻半丸々を水分補給もさせずにラジオ体操に打ち込ませるような狂信者ではないので安心していただきたい。


「指先は伸ばせ! 体側側に腕を降ろす際は、手のひらは天空を向けろ!」

「腕を横に振って足を曲げ伸ばす時は踵を上げておけ!」


 私間違ってないのに〜とか言う前に、間違ってしまう人員のカバーや練習に回ればいいのに。協調性の無さも折り紙つきだ。

 ロンメルが壇上の私の隣に立つ時だけ異様に頑張る奴らも論外。自分頑張ってます、苦しいですアピールをしているが頑張りを向けるベクトルが完全に間違っている。


「どういう事だ……!?」


 はっきり言って前線にこのままブチ込んでもお荷物なだけである。上は何故こいつらを採用したんだろう。膝詰めで採用担当を問い詰めたい。


「ん〜なんかねぇ。働き蟻アーマイトとは別枠ではみ出し部隊って感じらしいよぉ」

「良家、貴族、海軍将校の子息に令嬢——とにかくお家柄はいいが一癖ある連中と、他に行き場がなくって食い扶持確保に入隊した面々が多いようですね。ちなみに全員後方勤務志望です」

「なぜ前線にいる……!?」

「各人の士官過程での成績を見るに、前線の方がまだ使用用途があるからでしょうね。一応配属の際の訓示では「後方たる人員はまず前線を知るべし」と言われたそうなので、そのうち後方勤務に回ると信じてやまないようです」

「「善処します」並に相当な努力をしないと改善が望めない言葉じゃないか。なんでそんな真正面から全肯定して信じてるんだよ……」

「お察し、ができないのでしょう。我々のように人のどぎつい部分ばかり見て育ってはいないでしょうから」


 つまりは座学及びデスクワークでもあまり成果が出せていないという事か。実務で役に立つからこそ管理業務にその手腕が活かされるというのに、だ。

 前世での嫌な思い出が幾つかフラッシュバックしそうになる。


「フォーゲル、頭が痛みますか? 少し甘めのカフェオレでも?」

「い、いやむしろブラックでくれ。目を覚ましたい……」


 この部隊を前線で使えるように教育しろ? 実務を兼ねて? 死地に放り込むようなものだぞ?

 激しい戦闘に投下してお家の恥をさっさと消し去りたいかのように見える。側から見れば名誉ある戦死だからな。

 それに——。


「それを率いたのが孤児出身の中隊長とあらば、遺族同士の禍根や軍上層部に対する直接的なクレームや不満は減るという事か」


 ああ、なんと愚かしく嘆かわしい事か。

 期待されているのではなく、完全に面倒事を押し付けられたパターンである。

 出自故に何か起こってしまったとしても、擦りつけてしまえば上のキャリアは傷つかない。

 しかも私は「魚類で連合兵を撃退し、捕虜にドーナツを喰わせた」という、現在の世界情勢的に見ればとんでもなく酷い経歴の持ち主だ。今更中隊一部全滅の報が出たとして「あの非道者ならやり兼ねない」と思われるだけなのであろう。




「傾注!」


 本日の訓練過程と、哨戒任務に同行してのいわば研修、その内容を説明するべくロンメルより号令がかけられた。


 ——そして私は固まった。


 傾注ってことはな、今から上官が話し始めるって事だ。

 全員こっちを向きやがれ、耳を傾け意識を集中しろって事だ。


 何故あの班の前から三番目にいる兵は、虚無の表情でバナナを剥いている?

 食ってる最中ならまだわからんでもない、しかし何故今から食おうとしているんだ?

 しかも楽しそうな表情ではなく、話を聞くのが心底嫌そうな態度で、だ。

 いやだからどうしてバナナを食い始めた? そんな態度で腹に入れられるバナナの気持ちにもなってみろ。今自由時間でもないし、食事の時間でもないぞ。


「お、お前、朝飯を食い忘れたのか?」

「あ、いや〜。バナナ食べてないなぁって思って」

「……そうじゃなくて。今任務の説明をな、全員にするところでな」

「話は遮ってません」

「そうじゃない。聞く態度っていうものがあるだろう?」

「でも私、朝ごはん食べてないと動けないんですぅ。そういう所まで、前線の隊って縛られなきゃいけないんですか」


 喋りながら食べてるのも気に食わないし、そもそもが間違っている。軍とは、集団行動とは何か、ご存じかね? 朝食の時間は別途設けてあった筈だが?


「えっと、なんか起き上がれなくって。ちょっと気分が乗ってないんです」


 なんなら士官コースなので私達よりこいつらの方が給料がいいんだ、世の中色々間違ってるとは思わんかね。

 もうコイツを無視してとっとと始めよう。そう思い気を取り直して本日の連絡事項を伝え始める。私の隣にいたロンメルが補足説明の為に一歩前に出れば、先ほどの女性隊員が急に姿勢良く前のめりで話を聴き始めた。


「わたし、ロンメルさんの右腕になりたいんですっ」


 なんだか頭痛がしてきたので、その日はラジオ体操を第二まで周回させる事にした。なんなら私も一緒にやった。

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