幕間・ブラックペッパーは小粒でもぴりりとしっかりアクセント

「最初は何の冗談だふざけるな……って思ったけど。って、これどこまで喋って大丈夫なやつだ? ああそう……正直なところ、従軍経験が一年にも充たない子供にトップに立たれたところで、って気持ちはあったな」

「なにしろ俺より背も低い、髭も生えちゃいないクソガキがって——そう思っていた頃もありました」

「いよいよ死地も目前かと、祈る神も救う神もあったもんじゃねーって。まあこの部隊って元々が底辺出身の集まりじゃん? 顔覚えたって一週間後には面子がガラッと変わってる事も普通だし」

「いや〜ぶっちゃけ「死んだー」って思ったぜ。ガキに一切の戦闘中の決定権握られるんだもんよ。そしたらまさかさっ、訓練の方が死ぬ思いしたってわけ」



 要塞都市レアの陥落。手際の良すぎる程の采配と戦線の再編成。戦場の女神が降り立ったのではないかと言われる程の圧倒的短期決着。

 これは帝国軍の総力と決起の賜物だと一般には報じられているが、その実情は如何なるものか。

 一介のジャーナリストであり従軍取材の許可を得ているファスブラウゼ氏は、ただその興味の元で安全確認のされた要塞都市へと足を踏み入れた。

 銃撃戦による損耗や重砲による破壊痕は想像よりも少なく——何より戦地にありがちな光景であるそこらじゅうに転がる死体が、全て片付けられたのか一切見当たらない。建物と同じくして人的被害が最小であったのか、それとも処理速度に長けた部隊でもいたのだろうか。

 一体誰がこの偉業を、と問えば皆口を揃えて「我が第27歩兵師団及び第124歩兵連隊の戦果です」と答える。

 そこにまた、彼はジャーナリスト特有の探究心をくすぐられた。ここまでしてまるで誂えたかのような問答、全員が一貫してそれしか答えない。否、それしか答えられないかのようだ。

 彼はふと、この攻略地において野営を構えるでも美酒に酔いしれるでもなく、せっせと撤退の準備をしているたった一つの小隊に目を向けた。

 彼らだけ——まだ闘いが終わっていないかのような面構えだ。しかし、その面々がこの最重要攻略地において今まさに内地へと帰還するような動きを見せているとは。

 聞けば、最年少の小隊長が率いる遊撃隊であり、開戦時の襲撃を経験。その後北方の撃退任務の後にここ皇国前線へと補充隊としてやってきたという。

 それだけ聞けば、寄せ集めの使い捨て兵か……と哀れみの情をひた隠しにして挨拶だけ交わし見送ったであろう。ただ、彼らのその動きに関する練度は、ジャーナリストとして各部隊に従軍したどれよりも機敏で、捨て駒だとは到底思えない。

 最年少の小隊長、というのも些か気にはなった。愛国心故……というよりは、一貫して部隊の行動理念がその長たる者への忠誠心として受け取れたからである。


 ——ファスブラウゼ氏のインタビュー音声及びレポートは、その後本国によって破棄されている。


 ——故に、此処に残った記録の真偽を、誇り高き帝国国民がありふれた日常生活の中で知る事は一切無いであろう。





「フォーゲルですか? 彼は私の知る限り最も気高く強い人物です。彼の拳を受けた事がございますか、ええそうですねありませんよね。うふふふっ。彼はその拳を振るう相手と対等であれと言うのですよ。暴力を選択する時、こちらも同量の痛みを伴うと。力の使い方と振るう際の覚悟……そして生き方を私に指南してくださった尊い方です」

「ええと……しかしトータルの撃破スコアですが、シュヴァルツヴェルダー・ロンメル氏、貴方の評価が隊の中でずば抜けて突出していますが」

「ああそうなんですね。実は撃破数にはあまり興味がなくて……申し訳ありません。それより、これって記事になりますか? でしたら、昨日フォーゲルが皆にツナマヨオニギリという物を振る舞った貴重な話を貴方にしても?」

「あ、いえ。そういえば——強力粉突撃章、ロンメル氏とフォーゲル氏の二名で叙勲を受けたとの記録がありますが、五体満足で最高突撃章を二名もが保持しているこの部隊の秘訣などは……」

「秘訣……。ああそういえば、かやくごはんという物も先日初めて食べまして。それもですね、フォーゲルが——」


 一見すると戦時新聞のトップを飾れそうな美形だが、どうにも会話が噛み合わない。戦場で頭のネジか感情のサイドブレーキでも落としてきたんだろうか。

 良い感じに編集すれば、前線に咲き誇る笑顔として目を引く宣伝にはなるだろう。しかし若干気になる事と言えば、彼の髪と目の色だ。移民出身者を嫌う貴族出身が癒着している上層部からは、記事にしたところで跳ね除けられる対象になるかもしれない。

 どう考えても異常な撃破スコアとそれに相反した具合のぽやぽやした会話内容のちぐはぐさ、そして眩しいばかりのイケメンと淹れるコーヒーの旨さに思考がバグを起こし始めたファスブラウゼ氏は、ここでロンメル氏の取材を打ち切っている。




「ああ、小隊長か。今きっと仮眠中でな、起こさないでやってくれよ」

「仮眠?」


 若干まだ十七歳、成人年齢にも達してない身では昼寝が必要という事だろうか。最初の印象を問えば、この隊のほぼ全員が「クソガキ」と答えたように、生意気でわがままなレア能力保持者なのかもしれない。


「ああそうさ。俺らには寝ろってうるさいんだがな、あの人自分が寝るのが一番最後なんだよな」

「そうそう「できる奴がやればいい」って人の嫌がる事引き受けるからな〜」

「死体見て吐く奴って少なくないんだけど、伝染病や感染症を避ける為に真っ先に片付けに行っちまう。衛生兵よりも先にだぜ」

「戦場で怪我してパニクった時ってさ、パニックってやべーくらい伝染するんだけど。自分よりも幾つも歳下な筈の小隊長がさ、めっちゃ冷静で。俺あの開戦襲撃の時も居たんだけど、それで冷静になれたもん」

「わかる、俺もそうだった」

「あんな若いのに人生何周目だよってくらい物知りだよな」

「俺ら、大抵孤児出身だから世の中あんま好きじゃねーんだけど、あの人見てたら底ってまだここじゃねーんだなって思う事ある」


 聞いた話が全て眉唾物である。医療従事者でもなく、軍人貴族の子でもない、ただの一介の孤児出身の少年兵だ。


 鬼のような訓練内容。初めて耳にする理論から、部隊へ小隊長自らが提供するという日々の食糧について。


 一言で表すなら異常である。

 能力主義の帝国において、これほどまでに火力のない異能を持ちながら不遜さながらの様相で隊に君臨する少年が居ていいものなのだろうか。太古の昔に滅びたという魔族の「魅了の魔法」とやらで騙されているのではないだろうか。

 これは危険分子と捉えられても全くもっておかしくはない。


 部隊の能力値は、底上げ前の値と元々に備えている能力を見ても決して悪くはない。その中で「小隊長」と呼ばれる彼だけが……圧倒的に能力が戦闘向きでない。

 何故彼に付き従うのか、「同じ釜の絆」と彼らが提言するものは一体なんなのか。


 別のベクトルから見ても、副官もまた同じくして人外である。

 この報告書が記す記録が全て正しいのであるなら……だが。


「鬼っていうならどっちも鬼だぜ」

「わかる。副長との訓練、魔術防護壁がなかったらもう何度死んでるかわかんねーしな」

「あの人はマジで加減がわかってねーよ」

「でも、」

「まぁそうだな」


 北方の戦局で「走って帰ってこい」という指令が副官より直々に下ったという。数名は、短距離であれば短縮移動の術を持ち得ている能力者がいるというのにだ。


「俺らが走って帰れば、その時間を小隊長の睡眠に当てられる」


 その一つの目的を共有し、彼らは雪山を能力をほぼ使わず下山したという。



 彼らが望むのは異端の絶滅でも粛清でもない。

 信じられない話だが、愛国心の塊のような号令を叫び、統率のとれた隊であるのに彼らが守りたいものはひとつであるという。


 世界が馬鹿馬鹿しく感じるような取材だった。

 故にこれをファスブラウゼ氏はそのまま軍に譲渡し、自身は何も語る事はなかったという。

 しかし一説によれば。彼は何かを感じ取り一部の発言音声を意図的に削除していたのではないかとも言われている。




 劇物じみた扱いで、師団関係者がその存在を隠蔽とまではいかないが、まるで存在自体が在り得ないのように扱われる小隊がいた。

 そのトップに立つ一番背の小さな少年は、冷酷かつ残忍で無慈悲に悪食非道の限りを尽くしていたという。



 その部隊の実状が、もはや親衛隊同然となっているとは。

 長である本人ですら知らぬところなのであった。

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