焼き加減はいかがいたしますか?
戦場に雨が降る。それは燃え盛る炎を鎮火し、薄暗い雲が焦土と化した大地を誤魔化すかのように覆う。いっときの静寂をもたらすかのように、雨は全てに公平に降り注ぐ。それは天の恵みか、空の涙か。
——そして等しくして、塹壕内は阿鼻叫喚となる。
「水を掻き出せ! 負傷兵が溺れ死ぬぞ!!」
塹壕は大事だが、こんな魔力なんて存在がある世界で、だ。どうして排水排煙設備のない塹壕戦なんてお粗末な事をしている?
塹壕を制覇した事で安心する事勿れ。こちらの増援が来る前に、目の前からは首都直送便で大量の戦車団がやってくる。自分達でバケツリレーをしている間にまんまと奪還されては愚の骨頂。まさに五月雨式の争いは何も生まんという事が、ここ前線の兵の深層心理の中で確信として共有されつつある。
ブラン・マンジェ河の攻略に気を良くした上層部が、想定敵対戦力を見誤って継続的な攻勢を指示したに違いない。皇国のプライドをへし折る以前に、自国の兵の精神力がへし折れる事を想定に入れてない時点でナンセンスだ。
土嚢袋の中にこれでもかと乾燥わかめやお麩を詰め込み、水路と化しそうな穴ぼこへと投げ入れる。くっそ、吸水性は抜群だが勿体無い。何人分のワカメスープやお麩ステーキができると思っている。
我が隊の兵が十分に水を吸ったそれを塹壕の外へと放り投げるのを見ては、割と短いスパンでため息をついていた。
「小隊長、突撃命令が下りました!」
通信係の声が片耳に着けていた隊専用のインカムから響く。
断固として捕虜の尋問は我が部隊で——と譲らなかったのがお気に召さなかったか、単に要塞都市への旗印をいの一番に掲げたかったのか。増援が来るまで徹底抗戦と言われていた我が
突撃命令。威力偵察ではなく突撃。擾乱射撃も無しに真っ先に突撃してこいとはこれ如何に。
いよいよ塹壕戦も危ういらしい。増援が来るまで持ち堪える為に、ていのいい的になってこいという事か。
「オーケー諸君、ならば我が
『小隊長、流石に
「ほう。ウチの隊には流暢に外国語を話し、行儀よくミディアムを守れる者がいたのかね。諸君、well doneではなく
『しっ失礼しました! よく焼き、存じております』
『生焼けは食うと地獄を見ます! あんな苦しさを一番知っているのは我々の部隊でしょう』
『よくやき!』『よくやき!』
この場面で軽口が叩ける程度には、程よくウチの部隊は狂っているしメンタルが強いらしい。恐らく初めて覚えただろう「よく焼き」を連呼している連中も見受けられるが、この際それはいいとする。
「ちなみに私は血清アルブミンの軽度なアレルギーでな、赤い部分が残ったお上品な肉を食うと腹を壊すんだ。ならば選択はひとつだが……貴様らに聞こう、『焼き加減はいかがいたしますか?』」
ウエルダン!! とインカムの音量いっぱいに掛け声が上がる。別に好みの焼き加減を申告しても私は責めんというのに、本当に律儀な奴らである。
隣を見れば、眩しい笑顔でロンメルが火炎放射器を手にしていた。
「流石ですフォーゲル! 隊の士気を上げつつも、銃弾や砲弾で破壊するのではなく都市を炎と熱で攻め自他共に出血を抑える戦略ですか。貴方らしい、素晴らしい作戦です」
「あ、いや……ロンメル」
「もちろん、その火力の一端としてお供しますよ」
どう考えても一端ではなくお前がメイン火力だよ、そうは思ったが口には出すまい。潜在魔力量で云えば、自軍のトップエースに匹敵するかそれ以上だとハインケルは言う。そろそろ尉官昇任の推薦状でも書いてやりたい。自分より戦力となる部下を評価せず、上に行かせないのは愚か者の行為だと心底思っているからな。
ブルータルデスメタルのドラムロール並みの高速さで突撃前の一斉射撃が開始された。血と泥と水に塗れた塹壕を飛び出せば、辺り一面に緑はなく全てが灰色の世界と化していた。
「後方支援の列車砲を破壊しておくのがご希望だったっけ?」
「ああ、可能であれば要塞都市を孤立させておくのが望ましい。向こうのほうが地の利がありすぎる。正直個人芸で秀でていたとして、数に勝る要塞都市規模を小隊でどうこうしろとは夢物語が過ぎる」
「ふぅん、オッケー」
そんな軽口をハインケルが叩いたかと思えば、後方からの砲撃支援が突然開始されたのだ。空すらも雲ではない灰色で覆われていく。
「いやぁ、ちょっと後方の重砲隊コネがあったからさぁ。また僕と一緒に研究チームになろうよって誘ったら、「ありったけの砲弾をぶち込むので勘弁してほしい」って。ウケる〜」
「……感謝する」
一体お前は何をしたんだハインケル。必死にその言葉を飲み込んだ私を誰か褒めてほしい。
「敵、重砲の熱反応を察知!」
「着弾します! いっきますよぉおおお!」
二人の短い叫びを聴いた直後に、カンッと軽い金属音。それを聞くや否や爆発を遥か後方へ、我がピザパンは瞬時に敵砲弾のど真ん中へと顕現する。
「フルエンゲージ!」
「火炎放射スロット解放、撃てっっ!」
最初の着地で踏み潰すように一台の砲塔をへし折り、そのまま反転。砲弾ではなく連続した火炎放射が浴びせられた事で、用意のできてなかったであろう敵兵は混乱を極めているのがなんとなくわかる。
砲塔一門に徹甲弾を装填、チリッという機関銃の音が触れた瞬間に次のポイントへ着地。慣れてきた自分に内心嫌気がさすが、的確にロンメルのぶん回し運転の中から徹甲弾を発射。
堡塁が攻撃に曝されれば、更なる後方からの銃撃。それに転移して戦力を削り、後方からの重砲でまた瞬間転移。
大方の重装備を削った後に各班がポイントを着実に制圧していく。勿論ロンメルの力とピザパンの高威力攻撃は有効だが、制圧攻略していくには人員は必至だ。
幻影能力がある隊員ゲシュペンストの班をトップに置いて、こちらの増援が十倍には見えるように細工済だ。マトモな命への思考回路を持つ部隊であれば拠点を放棄し撤退を命じるであろう。人命も弾丸も、無限ではないのだ。
「広域観測完了、砲塔は300中150を撃破済み。うっはあ♪ ロンメルくん過去最高スコアじゃない?」
「残り半分か、了解。屑鉄に変えてやる!!!」
——増援がくるまでの突撃戦闘だとは重々にして理解しておりました。ええ、理解しておりましたとも。
しかしですね、タスク完了がもう目前とあらば。我らのような働き蟻は定時を前にして完全決着を望むのは致し方無しなのであります。
無駄に時間いっぱい労働をダラダラと継続するくらいなら、短期集中でこなし、次に備えるかブレイクタイムを設けるのが意欲の継続の為には望ましい選択でしょう。
要塞都市レア、敵軍壊走にて制圧完了。
赤みは残さず旨味は残す、そのような焼き加減に仕上げたと自負しております。
……つまりはやり過ぎました。
完全に
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