当たるも牡蠣、当たらぬは夏季ジャンボ宝くじ

 人間とは考える葦である、とは言うものの。

 その前提として「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎ひとくきの葦にすぎない」という前文がある事をご存知だろうか。

 考えきれぬ葦ならば、その脆さは筆舌に尽くし難い。考え、知恵と衣服を纏い、対話し、導き出すという事をしなければ、只々踏み躙られ火が飛んでくれば燃やされるだけである。


 戦車団が撤退した。渓谷上の拠点は攻略した。

 故に上からの指示はそのまま明け方を待たずに進軍しろとの事だった。

 もう忘れたのですか? 我々が補充隊として派遣された経緯を。

 いっときの勝利に酔いしれて、先が見えていないとはなんと嘆かわしい事か。

 これは年末の懇親会で集団感染を起こしたにも関わらず、年明けの決起会のメニューを「牡蠣の食べ放題」に決定した会社並みに愚かだと思わんかね。

 ——流石に上に楯突くわけにはいかんのでここで言わせてくれ。


「学習能力ねぇのかよ……」

「フォーゲル、口から声が漏れてますよ」


 ジト目で隣を見れば、ロンメルが双眼鏡片手に地形図を眺めている。


「ブラン・マンジェ河の対岸及び渓谷の天然要塞を攻略するだけでこの大損害だ。しかも腹を壊した隊はほぼ復帰してきてない。この先にあるレアは天然ではなく人工の要塞都市だ。勢いだけで占拠できるほど、防御は甘くない」

「んー、まぁウチの部隊ならぁ。だいぶ打撃を与えられるっていうかぁ、撹乱する事はできるだろうねぇ〜。ただ問題は……」

「そう、要塞都市というだけあって範囲が広すぎる。これをうちの隊と後方の中隊で攻めた所でこっちが弾切れになるのが早い。カバーにも回りきれんからな。後方からの進軍部隊を待ち、第一線第二線をしっかり構築してから線で攻めた方が有効だ」

「そうそれ〜」


 絶体絶命を解消したからといって、「イケる!」と調子に乗るにはまだ早すぎる。皇国の塹壕を攻め、明け方には攻略。その後一点集中でレアを総攻撃するとの事だ。

 期待されている! と史上の喜びに浸れる程、今の私の人生観はお気楽と忠誠心では構成されていない。

 昔の戦争の名残で、皇国の作った塹壕のみならず帝国が使用していた塹壕もあるという。どこの世界に行っても、人間とは平和的な対話の手段を誤ってしまう生き物らしい。


「その明け方までに、数キロはある塹壕を占拠しなければならんとされている編成の先鋒は何人の部隊だ?」

「簡潔に言って総員45名ですね」

「だろう? 都心部のスクール1クラスほどの人数で、一人あたり何十メートルの範囲を担当しろと言うんだ。オーバーワークも甚だしい」

「そうは言っても、貴方のことだ。隊員達にはほんの少し頑張れば程度で1人分の水準を課して、自身はおひとりで3〜4人分のノルマを平気で受け持つつもりでしょう?」

「……言うようになったじゃないか」

「ご命令ください。貴方の隊ですよ、自分の区画くらい守りきれる程には鍛え上げられております」


 当たってくれと願いはせよ、買いもしていないサマージャンボには当たらぬ。当たれと望んでもいないのに当たるのは牡蠣だ。

 疲れて免疫力が下がっている時期の配下に、それを良かれと振る舞うのは考えなしの上層部である。


「ボーナスと長期休暇くらいは今回の働きに応じて支給して欲しいものだな」

「貴方と共に走る戦場が、私にとっては毎日のボーナスですよ」


 ロンメル、違う。そうじゃない。

 呆れて隣を見やれば眩しい笑顔が返って来る。それくらい爽やかな雰囲気で運転もしてくれると助かるんだがな。


「オーケー諸君、握り飯は食ったか?」

「いつでもいけます! 小隊長!」

「我が班も万全の体制です!」

「よし、腹が減っては戦はできぬ。食休みが欲しいというものは今申告しておけよ」


 ……誰もいないらしい。全くもって、食事後すぐトレーニングという無茶も経験としてさせてはみるものだな。

 飯食って直ぐに試合に出ろ、と言われ弁当をかき込んだ剣道道場生の頃。こんなの無理、と思いつつも慣れればできるようになった。そう、試合もイレギュラーも、待ってはくれない。残さず弁当を平らげて即挑める選手は強かった。

 日常生活ではやりたくないし、こんな事を強いる必要は全くないが、私の部下達には絶対に慣れさせておきたかった事案である。


 理不尽は時として人を強くし、その経験値の差で勝利の女神が微笑む時がある。

 ——しかし、どうして宝くじは当たらんのだろうな。






 高射砲で戦車を攻撃するなんて卑怯だ、という話が前世のどこかであった気がするが。使わせていただこう。重砲や迫撃砲で塹壕に攻め入るのは歩兵部隊である、後方から増援にくる戦車をより飛距離の長い装備で攻撃するのはぶっちゃけ理に適っている。何より「高射砲はエアクラフトを撃ち落とすものだ」というマニュアル通りの固定概念に縛られていると、そういう利点を見落としがちだ。


 筋力値、補正。視覚、聴覚、感度良好。対銃撃防壁展開。

 こういうバフをかけてくれる能力持ちの人員が隊に居る事も非常に望ましい。華々しい戦果や攻撃力をメインに見据えがちだが、作戦の成功はスピードと下拵えに掛かっていると言っても過言ではない。


「ロンメルくん、やばくないっ!?」

「だから言っただろ、がぁあ!」

「ハインケルゴラァ! 9時の方角に頭合わせろ!」


 ピザパンの上で高射砲を担いでいるのはロンメル。

 誰が戦車の上からそれを撃てなんて言った。発想者は誰だ。何より担ぐな、高射砲だぞ。

 各班が迫撃砲をタイミングをずらし、撃ち止まりの時間が無いように発射。数はそんなに無い重砲と合わせて塹壕を的確に攻撃していく。

 ……必然的に後方の戦車隊を相手取って高射砲を撃ちまくるのは——私達だ。

 ああ、ハインケルがまともなタクシードライバーに見える。おかしい。観測眼を持っている為、熱源を特定しやすく戦闘ではなく運転手ならできると。

 ……コイツ結構な出自と立場の人間じゃなかったっけ、なんでロンメルと結託して前線で戦車乗り回しているんだよおかしいだろ。そういうところだけ気が合うの、ほんとやめてほしい。


「さっすが、僕のピザパン! 小さいのに安定度抜群!」


 踊り狂うピザパン。砲弾を装填、発射。

 その上ではノーガードのロンメルが担いだ高射砲からドラゴンの息吹きのようなとんでもない連射をかましている。


「ふふふっ。いにしえのドラゴンの化石から採取した特殊弾だよ。どお〜使い心地は?」

「悪くない! むしろこれはいいな!」

「ドラゴンの化石!? ンなもんどこで——」

再装填リロードします!」

「オーケーロンメル、ピザパン四門クアトロ、長距離カノン砲発射!」


 部下が過酷な歩兵戦を強いられているのなら、一片たりとも彼らを戦車砲の砲撃に晒すわけにはいかぬ。

 じりじりとでいい、防衛線を1センチでも後退させるために対応砲撃を避けながらひたすらに砲撃支援をする事。

 その使命感に近い責任感で、この状況に慣れてしまった自分にも内心苦笑する。銃を撃つより舌鼓を打ちたかったんだがな。


「一次砲撃、終了! 歩兵各班は迫撃砲の発射用意! 砲弾が止んだタイミングで塹壕に迫れ! 逃げる敵兵は深追いするな。単独行動を避け、ポイントごとに確実に塹壕内を攻略しろ!」

「「「了解イエッサーっ!!」」」


 奇襲と意味不明な速度と距離の砲弾支援により、我が小隊はどの部隊よりも早く皇国の塹壕へと到達した。

 流石に死体を見て吐くものは部隊にはいなくなったが、塹壕という拠点攻略を進行しつつもなお、目標の都市はその先にある。帝国は、これ以上の奮戦を望んでいるのが実情だ。

 ——理想は平和だが、歴史とは残酷なものだ。

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