第四章 楽観主義者はドーナツを見る、悲観主義者はドーナツの穴を見る。今日を前進する我々はドーナツを食す。
パンナコッタ・ババロア作戦
ブラン・マンジェ河のほとりよりハイル・カーボ。
折悪しくとでも言うべきか。我らが補充隊として合流した第7中隊は既に砲撃により中隊長が重度の負傷、その上補給線が崩壊。飢えを凌ぐために道端の草を食った大多数の兵士が腹痛により戦線離脱。
……まあ有り体に言えばほぼ全滅である。
補給線の回復よりも新中隊長を決定する議論の方が先であったようで、ええ、こちらも有り体に言えば「誠に遺憾であります」だ。
こちとら給食を奪われる子供時代を過ごしていたからな、道端の草のどれが食べられるかなんて何となくわかる。出自故に大抵が同じ思いをして育ってきた我が部隊、
ちなみに私の給食を奪っていた奴らには数年後、しっかり謝ってもらったがな。祖父が給食費を払ってくれているという事実を知って、申し訳なさに断固として給食を渡さなかったらボコボコにされたこともある。数年越しの強固な抵抗姿勢にも相まって、導き出された解決方法は勿論暴力ではなく対話だった……はず。そう、強固な抵抗は強襲を長期戦にて跳ね除け撃ち破る事は多々あるのだ。
まぁまぁ、そんな前世の事はいい。
遠い昔に思いを馳せるより、今生き抜く事だ。「誠に遺憾ながら」を何度使用すればいいのか分からないが、現在我々の国家は皇国からの先制攻撃を理由に進軍を開始している。言うなれば言い掛かりつけて相手の陣地に入り、欲しいものを無理やり奪う立場という事だ。
そしてこの西方の戦線の総司令官を務めるアイレン・フォン・アイスバイン将軍は、一体闘いというものが何なのかご理解いただけていないようで。
ムース河の渓谷は高く、自然の要塞にも等しい。敵から余裕で見下ろしながら砲弾を撃ち込んだり投擲できる箇所に、なぜここを突破口として進軍させたのか。
そこから更に30kmほど進んだ要塞都市レアは皇国の首都を目前とした誇りある要のポイントであり、攻略すれば大打撃を与えられると踏んだのである。
私ならわざわざ真正面から突撃し一定の圧をかけ続けるよりも、北西の森から回り込み電撃戦を仕掛けるだろう。
皇国はプライド故にレアから撤退する事なく、徹底抗戦するのが目に見えている。それを正面からへし折りたいのは分かるが、あまりに子供じみた攻略法だ。
数を投じられるのは弾丸ではなく、兵である。命を持った、国民である。出血を前提とした消耗戦とするには、あまりにも残酷だ。
「何故後方からの高射砲や上空からの爆撃は選択肢にないのですか。これでは兵の消耗は必至、大出血を伴う手術も輸血が滞れば死に至ります。輸血袋として補充された我々にも臨界点がございます。まず拠点攻略を急くのであれば、後方からの砲撃を大幅に増やし、歩兵部隊の補充と回復に時間を割くべきです」
「レアは目前という位置だ。撤退は認められん。あと少しで手が届く勝利があるというのに、こちらが我慢比べに負けるわけにはいかないというのが司令の考えだ」
「なるほど……理解はいたしました」
着任の挨拶は形式的で簡略化。新任中隊長殿に現在の状況説明と全体的な作戦の意図を伺う。
まあ理解はするが納得はしていない。しかし楯突けば下手すりゃ国家反逆罪。何てこったパンナコッタだ。
突撃開始時刻が定刻とされるなら、定時上がりの為に全力でタスクをこなさなければいけない。仕方ない、個人的な目標で八時間を定時とし全力で奮戦するとしよう。
「フォーゲル、周辺地域の地図と攻略地点のポイントです。砲弾の落下地点から見て、敵の高射砲はほぼこのように配置されているかと」
「さすがだロンメル。して、このブラン・マンシェ河の攻略についてだ。河の向かいにいる歩兵が、この高低差の中で敵戦力に多大なる損害を与えるに必要な条件は何だと思う」
「……どう考えても一旦足の速い部隊をサイドに引かせてからの遠距離からの砲撃ですね。水場は歩兵の脚を取ります、大昔の騎兵隊ならともかく、敵が銃火器を使用しているのであれば数をひたすら投入した歩兵での突撃は悪手です」
「パーフェクトだロンメル。だがしかし、だ。上は歩兵での数撃ちゃ当たる作戦を変更する気もないらしい。我が部隊ならこの条件下でこのポイントを攻略せよとの命令の際、一体どう動くのが適切か」
「ふふふっ、フォーゲル、いいんですよ。ご命令くだされば」
「……いつもすまんな」
コイツだけ突撃手当とか出してやってもいいんじゃないか。
にっこにこで「私がいるじゃありませんか」と言うが、ロンメルの献身っぷりには若干頭が下がる。
突破口となるのはやはりロンメルの能力。敵の砲撃にわざわざ一度晒される必要があるが、着弾すれば一気に渓谷の上だ。
部隊全体の地力は底上げした、上を叩き移動速度の速い班を次点に置く事で攻略ポイントへの到達を急ぐ。
「シュペッツレ、先日テストした器具の具合はどうだ」
「いけます隊長、すぐに追っかけますよ」
指先から蜘蛛糸のように糸状の電磁粒子を発する事ができる部下には、それを巻き取ることで高速移動が可能になるようハインケル技師に依頼して試作品をテストさせている。
速い話がどこかの蜘蛛男ヒーローからの着想だ「すごいっ、こんなこと思いつくんだねフォーゲルくん!」と製作者はノリノリだった。すまん、着想を得たのは天の采配ではなくアメリカンコミックスからだ。アッセンブル、と気合を入れたほうが締まるかもしれない。
テスト運用の際に「これなら川魚も一発で釣れますね! 巻き取りができるだなんて!」と、その電子糸を魚釣りにしか使った事のなかったシュペッツレもノリノリだった。
しかしブラン・マンジェか……。
バイエルン地方が存在しない異世界では、ババロアという物も言葉もそもそも存在しない。
ムースとババロアとブランマンジェ、そしてパンナコッタの違いが言える人間が、果たして日常生活の中でどれほど存在するのだろうか。そこにゼラチンを加えたか、アングレーズソースかアーモンドか——の違いでしかないというのに。
そうか、そうだ。煮上げて固める。違いなど殆どわからない——それだ。
作戦内容を部隊に告げ、にこにことしているロンメルと相変わらず緊張感なくチップスをパリパリと口に入れているハインケル技師と目が合った。
「では通告された時刻より、我ら
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