我々はケーキの蝋燭である

 諸君、既に周知の事とは思うが我々には次なる舞台が用意されている。

 第27歩兵師団隷下の第124歩兵連隊、欠けた中隊の補充隊としての転属だ。

 移動プランαで連隊と合流の後に、我々はブラン・マンジェ河の攻略に当たる。「何をしてもいい、但し戦線は1センチたりとも後退させるな」と言うのが上からの指令だ。

 この約一ヶ月、サバイバル的な訓練を施した貴様らは、幼き頃の過酷な状況から生き抜くという、ただそれだけの本能を思い出したはずだ。久々の数日絶食状態も経験した、戻りたい者など一人もいないだろうと私は思っているが。

 兵とは国家の駒であり、国家の為に死ぬのが兵だ。私から言わせてもらえば国家も兵も永遠ではない。しかし、お国の為に死ねと命ぜられるのが兵だ。国家の代わりに、国家の意志をもってして引き金を弾くのが兵だ。我々はその責を全うする為だけに前線へと送られる。

 だが——上は我らをケーキの上に乗せられた蝋燭程度にしか思っていないらしい。吹き消されるその刻まで小さく灯る、あの蝋燭だ。

 ここで言いたい。働き蟻アーマイトとしてここに集う諸君らに、そもそもケーキに蝋燭を灯す経験があった者が、事実何名いるのかを。

 明らかなる補充要員だ、働きよりも食い止めるマキビシ程度にしか思われておらんだろう。

 故に、私は貴様らに更なる奮戦を命ずる。

 いいか、ケーキの蝋燭を恐る恐る防火服を着て取り扱う者がどこにいる? 蝋燭の火を灯すために、防火シャッターをつける奴がどこにいる?

 増援が階級章も持たぬ小隊歩兵だと確認次第、敵も舐めてかかってくるであろう。

 だがしかし、だ。

 ケーキの蝋燭達を重大に扱うことは莫迦莫迦しい。しかし、重大に扱わねばとんでもなく危険であると言うことを我々は知らしめねばならん。家屋全焼どころか隣家や集合住宅地を焼き払う種火となる事を——ケーキの蝋燭は小さくて幸せなものだと当たり前に享受している者達は忘れている。

 我々は我々の火を吹き消すタイミングを、我々自身で選び取るのだ。

 ここから赴く戦地への、戦意喪失たる者は早々に離脱したまえ。決して楽な道ではないだろう。私はそれを咎めはしない。

 ふむ——皆良い目をしている。ではこれより我ら働き蟻アーマイト、華々しい戦場ケーキを彩る最強の蝋燭として、国家の剣となりてブラン・マンジェ河の攻略及び、要塞都市レアへの進軍を行なう!





 さて、前線へと舞い戻りつつごきげんよう。

 遊撃隊故に任務の内容には若干諦めの気持ちがあるが、壊滅した中隊の補充隊とはこれ如何なる事か。

 我々には四肢が千切れようとも奮戦を期待する割に、己のダメージはしっかりと休暇を取りたいらしい。規模は違うものの、体調が悪いと告げても出勤を望む割に、自分は前日の飲み会の腹痛で裏に引き篭もる上司や同僚を思い出したな。

 二十四時間前には芋をフライして暴食していたのに、ここから二十四時間後には己がフライになるのを阻止せねばならん過酷な職業だ。

 っていうか何で戦争始めたんだよ。国家代表のみ参加の食事会とかして腹割って話せばいいのに。……まぁそんなのは理想、飛ぶ鳥の献立、沖のはまちである。


 しかし一人たりとも悲壮な顔をして戦場に赴いてほしくはないから声を上げたと言うのに。離脱者は一人もおらず、皆が戦意旺盛とはどういったことか。

 ロンメルなんて「私の居場所はどこへ行こうとも貴方の隣です」とにっこにこだった。頼もしい反面、少しの悪寒が走る。

 そして——。


「うーん、ご苦労ごくろうっ。やっぱ陸路だと一日以上かかるんだねぇ。航空機を手配してあげたらよかったかなぁ」


 前線駐屯地で早々に再会したのは、ハイテンションな偏食危険人物マッドサイエンティスト


「は、ハインケル技師。どうして貴方がここに……?」

「うーん、だってフォーゲルくん、隊員を鼓舞するためとはいえ「国家は永遠ではない」とか口にしちゃったでしょ?」


 ま、ず、い。この世に不味い食べ物なんて存在しないと思うが、これは非常にまずい。(食べ物自体が不味いのではなく、それはその人が苦手な食べ物という考えである。だって美味しく食べる人もいるから)

 海兵隊ブートキャンプを見過ぎていたかもしれん。だって国家が永遠なら貴様らも永遠とか、個人的に納得がいかなかったんだ。


「……連行ですか?」


 明らかに狼狽する隊員達の前で、恐る恐るそう問いかける。


「ううん、違うよ〜」

「では、一体……」

「別に国家云々は僕が聞いていただけで、上には報告してないもの。新型の実用機がロンメルくん以外に量産可能か、実地で見定めたいだけさ。それに……」

「それに?」


 なぜかロンメルが私を庇うように半歩前に出る。


「僕すっごくキミ達の事気にいっちゃったぁ。専属の技師として従軍することになったから、これからもよろしくね♪」


 言いながらハインケル技師は非常に楽しそうだ。

 対する我々は、毎日データをお届けするモルモットになった気分である。

 部隊に、やりすぎ注意を気にしなければならない要員が一人増えた気がするが気のせいだろうか。


「あと、キミの言動は厳しいように見えてアレだから。特務機関所属の技師が着いてるって名目なら、そうそう目はつけられないと思うよぉ」


 ハインケル技師はそう朗らかに笑うと、チップスをばりりと噛んだ。

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