芋粥、お茶会、或いは芋煮会

 絶対王政時代であったか、軍部の独裁主義であったか、どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を勤めていない。

 それは正当な王家の家系図にすら記されてはおらぬ一人の男。軍事開発にて更なる繁栄の一時代を築いた資産貴族の一端に籍を置く者。

 正装ではなく技術職の白衣を纏い、両の耳には所狭しとまるで電波を受信するかの如く針で穴を穿ち、その腕には一言一句を言い間違える事すら許さぬとでも言うかの如く、びっしりと公式や魔術式が刻み込まれていた。

 こういう風采を備えた男が、周囲から受ける待遇や印象は、恐らく書くまでもないことであろう。

 皆彼を恐れた。不思議な程に冷淡さを持った男だ、過度な探究心は穿った見方をすれば人体実験ともとらえられかねない。子供のような無意味な悪意を、冷然とした表情の後に隠し、そこから得た反応で己の求める物を得ようとしているかのようであった。

 故に——彼の秀でた能力は表立って知られる事はなかった。天才故の狂気と悟性の欠陥だと思われているだけで、誰もが結果だけを享受し彼に寄り添おうとはしなかったのだ。

 そう——ある時までは。





 人は言語を与えられたと言うのに、どうして会話が成立しない事が往々にして起こり得るのでしょうか? そもそもが分かり合えないと諦めているからこそ、一応の指標としてのガッチガチの規定やルールが存在するのでしょうか?


「フォーゲル、貴方まだ十七でしょう。お酒はダメです」


 ロンメルにせっせと持ってきたカルヴァドスを奪われてしまった。バニラアイスにかけて食べると格別なんだと説明しても、一向に聞き入れようとしてくれない。酒として飲むんじゃない、それは調味料だロンメル。


「別にいいじゃん、ここは僕の所有地なんだし、無礼講ぶれいこー」

「貴方の所有地と言えども土地の所在は国家です。国家の条例に国民を守るべき軍が背いてはなりません」

「わーん、フォーゲルくーん! 僕この真面目の皮を被った戦闘狂キラーイ! チップスは好きだけどキミはいやーっ」


 茶番はいい、お茶会がしたい。あるいはそうだな、芋煮会か。

 どうしてこうなった第二弾。健康な食生活を提示して嫌われるかと思ったら、想像よりも好意的に迎えられるようになった。研究優先危険思想者マッドサイエンティスト風の人物の破顔は少々怖い。

 閃きが爆発した! とハインケル技師が研究室に篭って数日。我々は引き続きの訓練期間として隊の基礎体力の向上に努めていた。

 何の事は無い、ただのランニングと筋トレとマーシャルアーツの指導である。しごくのは訓練の範疇内だけだと決めている。便所に突撃させるべく深夜にラッパで叩き起こすような事はしない。だって自分がされてみろ、その上官を恨む以外の選択肢がないからな。

 ナイフを持った敵に怯まず素手で対応できる程度には、我が部隊の心身の成長もめざましくなったように思う。ロンメルの火力にだけ頼るのではなく、部隊が早期に戦線を掌握できるべく満遍ない基礎上げを。

 できる事なら彼らが決して遠くない未来、昇任した先や戦場で私が叩き込んだ知識や体術で生き延び上に上がっていってほしいものだ。


 数日後、クマを更に濃くして目を爛々と輝かせたハインケル技師が引っ提げてきた試作機。ええ、ええ、12回にして漸く実用化が認められる成果がでましてね。「理論上ではいけるはずなんだ! 頑張って!」の号令の下、我々はまるで巣を攻撃された蜂のように連日緊急離脱を繰り返していたと言うわけだ。

 理論上の基盤となる数値がロンメルじゃ、そもそも我々には限界値超えもいいところ。欠員が生まれなかった事を心の底から祝いたい。


 と言う事で我が部隊への実用機の納品をもって、この研究機関での滞在テストは完了となる。1日挟んで明日には辞令が下りる事だろう。意気揚々と前線に戻らねばならん。

 であれば、とハインケル技師が研究機関に保管していた年代物の酒やお菓子のコレクションを解放するから好きに食べて飲んでいいよと。まぁ簡潔に言えばお疲れ様会か。


「有事の時には最前線送りが定例の、遊撃隊の皆も……お菓子なんてつまむんだねぇ」

「まぁ控えはしますよ、身体が商売道具ですから。それに前線にはお菓子なんて存在しない。でも食って健康に害がないなら毎日食いたいもんですがね」

「うん……でも、ぱぱっと一人で食べる軽いスナックもいいけど。こう言うのもなんていうか」

「まあ野郎どもばかりの作法のない軍隊飯ですが」

「いや、それくらいが……いいよ」


 その狂気の加減が減ったハインケル技師の横顔を見て思う。芋粥も、皆で適量を食べれば別に虚しくも悲しくもならないと。


 さて、と熱した油がいい感じになってきたので、刻んだイモをそこに入れる。揚げたてのフレンチフライは格別だ、とくと味わうが良い。

 この料理ができる瞬間の温かさと匂いは格別だな。正直私はナパーム弾よりこっちの匂いがいい。安心したまえ、ぐつぐつの油を誰かにかけるなんて馬鹿げた事はしないからな。


「おーい! 腹に余裕がある奴、どんどん食えよー!」


 何故か我が部隊には小隊長の料理を邪魔するなという暗黙の了解があるらしい。号令に合わせて「自分も!」「小官もいただきます!」とわらわらと皿を持った隊員たちが集まってくる。

 食事はいいものだ。どんな過酷な環境下にあろうとも、その一点が心を満たす物であれば士気も充実する。


 細めにカットした揚げたてのジャガイモに、塩とチリパウダーをかけ、仕上げにマヨネーズを。少しパセリもちらして立派なポメス(ドイツ流フレンチフライ)の完成だ。今日くらいハイカロリーを存分に。マジで美味いからとっとと食え。

 ハイル・カーボもいいがそこに脂質を混ぜてみろ。まさにカロリーの暴力、カロリーが高いものは総じて旨い、故に旨いはカロリー、カロリーは正義。


「ハインケル技師、貴方も。ご安心ください、このマヨネーズは私が米酢から生成しました、小麦由来のものは入ってないですよ」

「……そもそもマヨネーズがわからないんだけど。でもありがと」


 私の奇行に慣れている隊員達はもう何を出されても怯まず食べるが、ハインケル技師にはマヨネーズとやらは少々奇異なものに見えたらしい。

 まあそうだろうな、ホワイトソースやクリームソースも今まで食えなかったんだろうから。


「明日からはまた前線ですかね」

「……そうだろうな。まあ今は考えるな。とりあえず食ってSAN値を回復しとけ」

「ふふふっ、貴方は時々我々にわからぬような高尚な言葉をお使いになるのですね」


 隣に座ったロンメルが微笑みながらコーヒーを差し出してくる。ポメスにホットコーヒーは大正解だ、できる男は違うな。だがSAN値はネットスラングだロンメル、大間違いだぞ。


「芋煮会のようで、たまにはこういう温かいのもいいもんだな」

「言葉の響きがほろあまいですね」


 ポメスとコーヒーをほくほく気分でいただきながら、「すっごーい! 僕このマヨってのすっごい好き! チップスにも合うね! チョコにかけると甘じょっぱい!」と。マヨラー誕生の瞬間を目にしてしまった気分になり、偏食に拍車をかけてしまったか……と何とも言えない気分になる私であった。

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