フレンチフライを副菜の野菜だと主張する奴、ちょっと来い
現状の帝国とは、皇帝をお飾りとした軍部の独裁政治に近い。大統領——つまり最高権力者である総統閣下の思想の下に苛烈な闘争……ではなく糖争が起きている。実際の皇帝陛下は辺境の地で戦禍を逃れ——と言えば聞こえはいいが、どう聞いても所謂それは軟禁状態。軍部が君主を差し置き実権を握る国家など、ロクな事がない上にいかにも末期である。
ああ異世界の神よ。どうして平和なケーキとお菓子の国に転生させてくださらなかったのでしょうか? ここにきてまで労働基準法違反と人権侵害を相手取って闘うのは懲り懲りでございます。
中央からの呼び出し、即ち出頭命令。しかも小隊全体でとはいかなる事か。
特務機関から派遣されてきた技師の名はポメスフリッタ・フォン・ハインケル。ツンツンに逆立った黒の短髪に薄いブルーのどんぐり眼、しかしその耳にはこれでもかとピアスをつけており、濃いクマがこびりついたような顔色の悪さはどう見ても
しかもネームに「フォン」が付くとは。どこの貴族の不良息子だこいつは。
「ははは、噂に聞く通り、しっかりキツネさんが隣をガードしてるんだねぇ。あっ、食べますぅ?」
「……遠慮させていただきます」
ぱりぱりとポテトチップスを口に運びながら、そうハインケルは移動中の車内で口を開く。私の隣には、静かなる憤怒の様相できっちりガードのロンメルがいる。正直、ポテチは食いたいが猛獣の中に放たれた子犬の気分なので帰りたい。
「ま、ぶっちゃけるとですねぇ。現在の軍は伝統ある貴族主義ではなく徐々に現総統の思想の下、実力主義に変貌してきてて」
ああ嫌だ。一見すると良い話に受け取れるが、何かを彷彿とさせる単語の羅列。
「なのでぇ、中央の目的はそこのロンメルくんにあるんですよぅ」
「まあ、大方察してはおりましたが……」
「なんですって!? 私は絶対にフォーゲル殿のお側を離れることなど」
「ロンメル」
黙りなさい、という意を察してかみるみるロンメルがシュンとした表情になる。それを見てケラケラと笑いながら再びハインケルがチップスを摘んだ。
「ここ数ヶ月の局所爆発的な戦果の上昇。加えて兵站の消耗具合もコンペイ糖レベル。どう考えてもその場所に新たに投入されたキミたちの部隊、ひいては最も戦力として有能なロンメルくんの独壇場のもたらした結果なのかなって」
「わ、私は。フォーゲル殿の元だからこそ存分に力を震えるのであって……!」
「はぁい、それそれ」
ハインケルはチップスを嘴のように咥えつつ、ロンメルを指す。
「何を言ってもキミらの部隊のメイン火力は「フォーゲル」「フォーゲル殿」。そればっかりだ。他の兵にもその傾向が見られる。そんな力がキミにあるのか、危険人物ではないかと少し話題に上がってねぇ」
ぺろりと指についた塩を舐め「ん〜今度はビネガー&ソルトにしよっと」などと呟きながらハインケルが正面からこちらを見つめた。
ずり落ちた袖口からちらりと除いたのは、びっしりと刻まれたタトゥー。
「ああコレ? 公式や魔術式ってさ、いーっぱいありすぎて覚えらんないんだよね。だからこうしてすぐ呼び出せるようにメモして残してるってだけ」
「はぁ……非常に熱心でいらっしゃるのですね」
「ふぅん、気持ち悪いって顔しないんだぁ〜。好印象+1って感じ」
にっこり笑うその顔に曖昧に頷くだけで返す。なんか微妙だなプラス1って。
まぁ前世で色々ありすぎて、特にタトゥーにも驚かないってだけだけどな。腕に刻みつけるとはまた病的なほどの探究心を察知して、本人の生い立ちや背景の方が心配になるくらいだ。
「というわけで、ロンメルくんに褒美代わりの専用武器を造るっていう名目で、キミの監視もさせてもらいますぅ。他にもい〜っぱい、お話したいことがあるからねぇ。勿論武器は試乗後気に入ってもらえればお渡しするし、成果次第ではロンメルくんの第一師団の装甲部隊への編入も夢じゃない」
悪い条件じゃないと思うけど〜と呟くハインケルに、一方のロンメルは冷めきった無表情だ。いかん、話してみて確信に変わったが、この二人ものすんごく相性が悪い。味はバッチリ個性を発揮していいから、どんな主食とも合う明太子くらいの協調性と対応力を持てよ。
日を跨いで次の夕刻。北方から呼び戻された我々は積荷を降ろし、本日をもって配置された研究機関内のオリエンテーションを受ける。研究機関は、まるで一つの大きな屋敷を改築した建物のようでもあった。もしかすると、ハインケルの一族の持ち物だったのかもしれない。
路上暮らしに野営生活の多い我々からすれば、屋根があることはこの上ない至福。
夕食の点呼にハインケルは現れなかった。曰く「いつも彼は研究室にこもっておりますので」との事だった。
変だな——監視というからには何食ってるのかも見定められると思ったのに。
給養員はおらず、ほぼほぼ研究員も補佐的な要因でシフト勤務のようなもの。形だけ存在しているキッチンには何一つの食料品もなく、倉庫に余っていたような缶パンだけ渡されては士気も下がるというものだ。
「少し、ハインケル技師と話をしてくる。お前らは各自ライフルや寝床のメンテでもしておけ」
「「「
何を勘違いしたのか、少し後ろを着いてきたロンメルに「フォーゲル、私は貴方の補佐を外れるつもりはありませんから」と告げられる。いや、お前はもう少し出世欲とか人生設計図を持った方がいいぞ。
研究室に向かって歩く私たちを見て「今度は誰が使い潰されるのか……」というヒソヒソ声が聞こえたので、陰口の嫌いな私は正面切って彼らに声をかける。
「どういう意味だ?」
「ぐ、軍曹殿! いえ……何も」
「この機関に滞在研究員がハインケル技師のみだという事にも何か関係が? 少し拝見させていただいたが、ここにはまるで人の生活感というものが欠如しているように感じてね」
壁際に追い詰められた技術員はとうとう観念したのか、それとも私の後方にいたロンメルの圧にビビったのか、声を顰めるようにして語り出す。
「ハ、ハインケル技師は……王弟殿下の庶子であります。然しながらその、彼は継承権もなくパスタもパンも食べられない故に養子に出されたという経歴の持ち主でして……」
「お口が軽いなぁ。僕のお育ちなんてどうでもいいじゃないか」
「ひいっ……!!」
背後に突然現れたハインケルに震え上がる技術員。
あー、何だ。血統故に養子でファミリーネームが変わったとしても無下にはできない存在って事か? 勝手にそんなドラマみたいな雰囲気出されたところで、こっちは正直知ったこっちゃない。そんなことよりも、だ。
「つまりハインケル技師。彼の言うことが本当なら、貴方もしかして常にその……チップスばっかり食べてます?」
「そうだよ」
忌々しそうにばりばりとポテトチップスを噛み砕きながら、ハインケルが顔色の悪い目元を更に暗く澱ませて笑う。その手がするりと白衣のポケットに入ったのを見て、私は咄嗟に彼との間合いを詰めた。
「僕は皇国の血統とのハーフでねぇ。まるで呪いじゃないか、こうして野菜のお菓子しか受け付けられない子はお払い箱さ。で、僕を不快にさせたキミ、今日でキミも用済みだねぇ……!!」
ポケットから取り出したナイフを振りかぶったハインケルの手首を、瞬時に間合いを詰めて掴む。むっ、これはもしかしなくても……。
「いたっ。フォーゲルくん、これは不敬罪に値するよ。管轄下にある役立たずのおしゃべりを処刑するのは僕の役目なのだから、止めないでくれる?」
「……不整脈だな。あと血圧も高い」
「は? ちょっと、フォーゲルくん何言ってるの? 離してくれるかい」
「知らんのか? 芋類は立派な糖質だぞ。それも野菜のカテゴリに入れるかどうか迷うレベルのな。ポテチなんて、油と糖質のハーフ&ハーフでカロリーは倍以上。そればかり食べていては、栄養失調で冷静な判断ができなくなる。それに……私から言わせてもらえば、別にパスタが嫌いでも問題ないではないですか」
「えっ」
目の前にいた狂気の塊は、もうその手を振り解こうともせずにまるで戦意喪失したかのように呆けていた。
「ロンメル!」と号令を出せば、即座に背後に回ったロンメルがハインケル技師の意識を瞬時にして落とした。違う、「全く貴方って人は」とかなんとか微笑みながらつぶやいているが、落として欲しかったのは武器だぞ……。
だが。ここでも間違った栄養学に人生を狂わされたものがいるか、と嘆きたくなる実情だ。とりあえず怯える技術員を下がらせ、ハインケル技師の身体を担ぐ。
「軽いな……」
彼を部屋に運ぶか、と歩き出したところで再び前世の事を思い出す。
バーガーハウスでフライドポテトを野菜のカテゴリに入れている奴に声を大にして言いたい。それは野菜の皮を被った糖質だ、と。
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