おはぎは半ごろしか、それとも手打ちにしてみるか

 北方戦線駐屯地司令部。

 お呼び出しを喰らったかと思えば、みちみちと説教である。雪山での深追いなど愚策であるというのに、殲滅戦としてこなかったのが少々上には不服であったらしい。


「しかも貴官は、その。魚類で攻撃をしたとの報告を受けているが……本当か」

「報告に嘘偽りはございません」

「なぜ我が国家の名を背負いながら魚類を使った?」


 おっと。北方の大隊指揮官殿は怒りセンサーの配置が少々我々と異なっていたようだ。これに真面目な顔して答えねばならぬという事に、至極国家の未来を案じてしまう。


「パスタでは敵は貫けず、パンでは殴打できませぬ。米も弾丸にはなりえないということは、閣下も十分にご存じでございましょう」

「まぐれで小隊長の座に着いたばかりの子供には、この戦争の高尚さが理解できてないと見た。圧倒的な勝利を植え付けることこそが、帝国の基盤を盤石のものとするのだ。故に勝利は圧勝でなければならない」

「はっ」


 敬礼はする。内心では中指を立てている。

 どう考えたらゴーグルも曇って凍りつきそうな雪山で、ほぼほぼ歩兵の隊で殲滅戦ができるというのだ。戦争は司令部で起きてるんじゃない、前線で起きてるんだよ。


 しかし怒りを爆発させるわけにはいかない。クールにいこう。うん、アイスクリームが溶けないくらいの冷却力をイメージして思考を冷やしていく。部下たちが私が戻るのを待っているしな。

 中央からの命令は敵戦力の排除。別に皆殺しにしてこいとは言われていない。ちなみに個人的には、おはぎはみなごろしジェノサイド・オーバーキルの方が好きだがな。

 北方はいまいち奮って無かった戦果を、殲滅という形で底上げしたかったらしい。キリギリスグラスホッパーどもめ、寒い冬にぬくぬくと部屋の中で結果を待つだけの身分にしてやっただけでも感謝してほしいというものだ。


「現在貴官の小隊は、この北方司令部の管理下にある。直ちに追跡し、敵戦力の殲滅戦を行うことを命ずる」

「この北方の極寒を、前線で越冬させるおつもりですか? 兵たちの消耗は今避けるべき事案であると申告いたします」

「必要とあらば大隊直属の装甲部隊を即時増援に出す。初手に遅れては、帝国の恥だ。何故侵略が無いと言い切れる?」


 つまりは先手を取りましたー! と言うためだけに、来るかどうかもわからないう敵兵力を極寒地で待てということか。効率が悪すぎる。何より相手の気持ちに一ミリも寄り添えない私の嫌いなタイプの上司だ。


「言い切ってはおりません。ただ、敵も同じ条件下。兵站や補給状況が著しく鈍化する可能性のある冬に、わざわざ攻略地をこの北方に限定しこだわる必要性を感じないという事です」

「補給状況が芳しくなければ、後退した北方駐屯地よりも距離の近い敵陣地を撃てばいい。簡単なことだ、相手もろとも食い尽くせばいい」


 なんとまぁ、キリギリスグラスホッパーの思いつきそうな短絡的な食い尽くし思考。相手に蓄えがない状況や食い尽くした後の事は想定していないのだろうか?

 というか、理想という餌のみで我ら働き蟻アーマイトが貴様の代わりに動き、己の管轄下で陣地が奪えると思っているのなら、本当に冬を越せなくしてやりたい。


「しかし」

「貴様らの部隊は身分の保証すら無いほどの寄せ集めらしいな。どうりで意識が低い、万歳斉唱ハイル・カーボもせずに真っ先に魚類で殴りにいくわけだ。国家のおかげで走り食を得ているということを十分に理解した方がいい」


 ああ、またこれか。はいきたご身分主義。

 どうも貴族連中の方が裕福にスイーツも食事も摂れている実情が、国家の主義を真摯に反映しているという狂った理論である。つまり、そのスイーツパラダイス炭水化物イズムを謳歌できない我々は半人前に等しい人種という事だ。

 故に——貴族上がりの士官や幹部連中は、そのほとんどが肥満体型だ。ええ、まああれが一人前なら我々は半人前でしょうな。

 それもそう、バランス良く食べ動かなければ、糖は脂肪に変換され身につくだけなのだから。健康被害を出してしまっては、楽しく暴食した意味がない。ていうか、まず魚類に謝れ。DHAは人間の体内では生成できない貴重な栄養素だぞ。

 

 廊下の方が何やら騒がしい。

 まずいな。多分待機しているロンメルの着火剤にそろそろ火がつくタイミングだ。うちの部隊は育ちが悪いのでね、お育ちを弄られると途端に燃え上がる奴らも少なくはない。

 正直国家に食わせてもらっているというより、職と身分は与えられたにせよ私の部下は私が食わせている。理不尽な働きを被せられるのであれば、それなりに見合った栄養バランスと心のケアは必須である。従業員への福利厚生とケアは、直轄の上司の義務だからな。

 誰が乾パンとクラッカーだけで誇りのために闘えるか。ぶっちゃけ糖質だけ摂っていても、軍人の身体は動かんのだよ。まあ……こんな事を大々的に口にすれば、特務機関がお迎えにやってきそうなので、一見すれば真面目な小隊長を演じてはいるがな。



 ドアの向こうから破裂音。おいおいマジかよ、穏便に戻ろうとしたのに何しやがったお前ら。全員で叛逆罪になっても今の私の階級では守ってやれんのだぞ!? そう思った瞬間、司令室のドアが勢いよく開いた。


「どうもぉ〜。こんにちは、コルンブラント准将閣下。特務からのお使いに参りましたぁ」

「なっ。ハインケル——どうして貴様が」

「僕の研究機関で、どぉしてもそこのフォーゲル軍曹にご協力いただきたくってぇ〜。あっ、なので既に彼らの指揮権は、中央及び特務の管轄へと移っておりますので。無礼とは存じますが、まぁ上の決定なのでここはどうぞ穏便にってことで」


 特務? 特務だと?

 そこにいたのはにっこりと微笑む異様な雰囲気の黒髪の青年。笑っていても目の下にくっきりとあるクマが目立つ。

 ——マグロ呼び出したのがそんなにドタマに来たのか上層部よ。


 これが果たしてぼた餅に化けるか、半殺しのおはぎのようになるのか。

 この時の私には果たして何もわからないのであった——。


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