第三章 ケーキの蝋燭たちを重大に扱うのは莫迦莫迦しい、しかし重大に扱わなければ危険である。
ブラックが許されるのはコーヒーとチョコレートだけである
11月も末の寒空の下、どうしてこんな雪山の中を歩いているのか。
北方の戦線にて三大国家に与しない小国家の面々が揃った連合国が進軍。どうやらあちこちに特使や軍を送り、ちょっかいをかけてはどこの国家と同盟を結べば得策かとテスト紛いの事をしているらしい。
沸騰した国家間の緊張も、三つ巴故にどちらかと手を結ばれれば厄介と停滞状態。その微妙にデリケートなラインを逆撫でしないように各国に接触してくる辺り、小国が手を結んだ戦線の細く長い様は面倒くさく、然しお互いに生き残るための策故にぞんざいにも扱えない。
どうもこんばんは、帝国陸軍機動打撃師団第7連隊所属の最下層部隊で小隊長をしております、アドルフ・カノン・フォーゲルです。
ええ、小隊長ですとも。階級も軍曹に昇任。ロンメルと共に最前線で暴れ散らかしてしまいましてね。先任の小隊長が居なくなったタイミングも相まって、いつの間にやらこんな立場に。なんなら先日、遂に強力粉突撃章もいただいてしまいました。
さて我が部隊はどうした事か。幾つかの実戦を経て、今や半ば遊撃隊と化したような有様だ。
引き続き皇国側の前線任務かと思いきや突然の辞令。教育課程を終えた
イヤイヤ、もう時刻はこんばんはですよ、こんばんは。週休二日制ではなく、完全週休二日制を上に申請したい。似ているようでこれらは全く異なるし、みなし残業の中に丸々三日間分の拘束時間が含まれていてはたまらない。雇用契約書はよぉく目を通しておくように。
早朝手当の付与、定時退社ができるのならそうしたい。否、そうあれかしと祈るばかりだ。
「総員、戦闘態勢!」
雪山の中で、爆薬や戦車を考えなしにガンガン稼働させるのは自殺行為である。それをわかってこちらが即座に応酬できないと踏んでか、敵は悠長に白銀のゲレンデへと足跡をつけている。まあ随分と舐められたものだ。
で、舐められているけど「寒い冬には僕たち動けない」と中央の
「行くぞロンメル!」
「仰せのままに……!!」
その山道を果敢に先頭切って進んでゆくのが、小隊長とその補佐であったら……。隊員はたまったもんじゃないと必死に追い縋るであろう。
狙撃手は目を皿のようにして、上官が敵の銃撃にさらされる前にそれを討ち払う。指が正確に動くようにと、彼らはずっとその手を温めていた。
そして——。
「運動嫌いな帝国軍人が、雪だるまのように転がるのを眺めるつもりだっただろうが……アテが外れたな!!」
「流石ですフォーゲル! 今夜はそちらのオオマとやらがメインディッシュというわけですね!」
連合軍は信じられないモノを見たという顔をしただろう。
極寒の銃撃戦を舐め過ぎだ。標的を定める前にこちらが動けていれば、肉眼はスコープよりも強い。
「いいか諸君! ライフルと
言いながら私はエンジン音を唸らせるロンメルのスノーモービルから降下、勢いそのままに敵兵士を薙ぎ払う。
「フォーゲル! このカジキとやらも最高の切れ味です!」
「鉄分が豊富だからな! カッチカチに凍ってるうちにカタをつけるぞ!」
雪山での闘い。もちろん何も考えずに突っ込んでいたわけではない。
じりじりと小さな小競り合いで陽動し、別部隊が背後の補給を完全に断つ。幾ら雪国出身の兵がいても、流石に弾切れ状態でこちらに勝てるわけがない。
しかし補給状況はこちらも一緒。悲しきかな
背後の狙撃手にほぼ全ての弾薬を任せ、あとは個々の魔力と拳と頭脳で勝負しかないのだ。
ならばこのアドルフ、お前らが知らないような地獄を見せてやる! と召喚したのが『大間のクロマグロ』。津軽海峡の黒いダイヤモンドの破壊力、その身でとくと味わうがいい! 高級食材だぞ!
鳴かず飛ばずの練習生時代、築地でアルバイトをしていた経験がこんなところで突如火を噴いた。背鰭部分が当たれば痛いぞ、要注意だ。
本当ならばマグロ専用包丁(ぱっと見日本刀)を出した方が断然攻撃力は高いのだが、我々の任務は連合軍の後退であって迎撃ではない。こんな雪山で切創や銃創を作って出血してしまえば敵対関係と言えど死者を増やしてしまう。家族の元へ戻れすらしない死体を作ることは本意ではない。
我が部隊はできるだけソフトキルで済ませようというのが個人的な方針だ。すぐ側にハードキルどころかオーバーキルしがちな要員がいるからなのもあるが……まぁ早い話が流れる血は少ない方がいい。
そうは思えど我らは働き蟻、戦意旺盛に嬉々として争いの舞台へと赴かねば評価も給料も下がってしまう。
——故に、
本人は「新型の耐雪装備ですかっ! すごいです!」なんて目を輝かせていたが、なんのことはない、見た目がまず逃げ出したくなる程に超ヤバい。絶好調真冬のB級映画『ゲレンデが溶けるほど暴れたい』の完成だ。
「オラオラオラオラオラァアアア!!」
ぶん回されるクロマグロ、疾りゆくカジキ、後方からは昨日の野営で食べたサザエの殻がものすごい勢いで投擲される。朝の四時から市場を食材担いで配達に駆け抜けていた経験がこんなところで活きるとは。
そして嬉々としてスノーモービルで突っ切るロンメル。ああそうだ、
幸いなことに、完全にマグロが解凍されきる前に、意味不明な光景と武器にビビり上がったのだろう、鉢合わせた連合軍はものの一時間もたたぬうちに撤退していった。
「ロンメル、深追いはしなくていい。我らの任務は撃退であって殲滅戦ではない。さあ諸君、残業は程々に……だ。心まで凍えてはかなわんからな」
「ざ、ザンギョウ……ですか?」
「ああ、兵の体調や精神衛生への配慮を丸無視した、実りのない長期戦——とでも言えばわかるか?」
「なるほど。それでは士気も下がり、体調面でのマイナス要因から結果が出にくい状況を慢性的に生み出すことになりかねませんね」
「そう、流石だロンメル。残業は更なる残業を生む。それはまるで、禍根の連なった終わらぬ争いのようではないか——」
敵の戦意喪失を確認。では即時帰還をと命令を。無駄にこんな場所に部下たちを長居させたい訳ではない。食材もあるし、痛む前に今日は私がマグロ丼でも作ってやるか……と思案していれば、ロンメルがスノーモービルの上から手を伸ばしてきた。
「貴方はまたお一人で部隊全員の食事をお作りになるつもりですか?」
「あ、いや……」
「乗ってください。サービス精神所以でも、先ほど仰っていたザンギョウとやらになってしまえば身体に良くないのでは? 貴方のそれは——我らを慮ってはくださっておりますが、働きすぎと同義です。せめて私の運転している間はお休みになられてください」
「まあ、寝れる程度に安全運転ができるのならな……」
思わず溢れた笑みを引き絞り、その手をとる。
「総員、全速力! 私は小隊長を一足先に野営地までお送りする! サザエの殻は持ち帰れ! 大いなる山に海のものを残してはならないからな! では食事の時間までに走って戻ってくるように!」
「どっちが鬼だまったく……」
ヘトヘトになった隊員にはまずホットチョコレートだな、などと考えながら。
防寒具に包まれた私は雪の音を遠くに少しだけ目を閉じるのであった。
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