幕間・戦場のアクアパッツァ

 帝国暦1582年、9月。

 その国家親衛隊所属の観測手一名は、此度の作戦の観測及び記録のみを任としていた。


 故に、「手出しは無用」。如何なる犠牲があろうとも、その先に国家総統が見据える帝国拡大思想への礎となる——その記念すべき第一日なのだ。


 予想通り。情報を流し進軍と勘違いした皇国は、越境と誤認識してたった一ヶ月半の新兵教育を受けたばかりの最下層部隊へと特大の鉛玉をブチ込んできた。


 記録、記録。音声正常、記録映像明瞭、ステルス外装異常無し。

 この高度に漂う人間一人分など、ステルススキルを発動していれば捕捉されることはまずない。

 360度観測する千里眼的機能を保持した魔術レコーダーを浮かべ、自身はその周囲で異常がないか——地上の収束具合は如何なものか——と望遠レンズで伺う。


「……!?」


 逃げ惑うだけの的となり得る程度の装備と人員である下層部隊が。

 一斉に塹壕に転がり落ちて、徹底抗戦を開始している?

 これでは国境付近での無防備に近い教育課程部隊を襲撃し、虐殺と等しい状況を皇国が引き起こしたという大義名分が失われてしまう?


 なんだ——あの部隊に何が居た・・・・


 そして観測手は、自身の任務を瞬間忘れかけた。


 国境へ向け走っていた二名の歩兵が砲弾に曝され……消えた?

 感知スキルを最大限まで引き上げ、広範囲の索敵——ヒット。


 そして覗いた先の景色に、彼はステルスという自身の特性を放棄し急接近すべく機動を開始した。


「こちらアポロ02、想定の範疇外の非常事態が発生。たった二人の二等兵が……国境の向こうへテレポート、その後に敵戦力を鹵獲し縦横無尽に暴れ回っている」


 テレポート能力を有した候補生など居ないはず。この編成に、そういった特待能力生は存在し得ないというのに。


 遥か遠く——国境の向こう側では爆音と共に巨大な火柱が上がっていた。






 アクアパッツァという料理をご存知だろうか?

 そう、暴れ狂った水という意味を持つあの料理だ。

 スパイスではなく土煙と硝煙、貝殻や鱗ではなく機関銃と鉄屑が時折削がれ、轟音を轟かす。


「ロンメル! 待て待て待て待て! 死ぬ! 装填する余裕がない!」

「そんなものは必要ない!!」


 ネジの外れた暴走車。否、大変迷惑な運転手兼戦闘狂ワイルドスピード。ハンドル捌きで白鳥の湖を踊るかの如く、ぐるぐると回転し、敵部隊を殴打する。砲塔は砲弾を発射する部位であって長物鈍器じゃない。


 ここでロンメルは天性とも言える才能をフルスピードで開花させた。

 砲弾も、機関銃も。その全てを感知しヒットの瞬間、ダメージが戦車装甲をブチ破る直前に対象の眼前へとワープする。

 どんなジェットコースターもアトラクションも目じゃない。実際に震撼する車体、しかしその轟音と共鳴すら置き去りにして次の獲物の前へと姿を飛ばす。


「ロンメルっっっっ!」

「仕方ねぇな、装填だろ!」


 ロンメルが片手運転をしながら、こちらを振り向きもせずに私の足元に転がる砲弾をぶん殴った。素手で。


「ハァ!?」


 ブン殴った反動で、砲弾が浮いた。否、砲弾がロンメルの手の高さへとワープした。


 装填、レバーで照準を合わせる間も無く、次の敵の眼前へ跳ぶ。


「撃てぇえええ!!」


 叫び声に合わせてとりあえず発射スイッチを押す。ゼロ距離射撃。爆炎がこちらを巻き込む前に、カバーで入った他の機銃の着弾の僅かな反動でそちらへとワープ。

 外は見えない、見る余裕すらない、誰かこの地獄行き特急車輌の運転手を止めてくれ!!

 車酔いどころじゃない、ベルトをつけないと車内でシェイクされそうなほどに跳ね回っている。


「お、ま、え! 車体のっ、運転したこと……はっ!?」

「ほぼない! 街中に転がってる盗難車くらいだ」

「ふっざけ、おわっ!」


 ゴォオオオン! という振動に脳が揺さぶられる。

 少々の揺れ程度であれば怯む事なく定位置に……。がこんと足元に異物の物音、そちらを見れば不思議な……何かの鈍色をした塊がいらっしゃる?


「……クッソ!」

「む、なんだ。焦るな」

「はぁあああ??」


 こいつ今撃ち込まれた照明弾かガス弾、素手でポイしたよな? もちろん車外に。もう嫌だ!! 何この人外ハイテンション!?


「フハハハハ! 今日は生きるのに最高の日だ! 生きてるかフォーゲル! 俺は生きてるぞ!」

「ふっざけんなぁあああああ!」


 もうだめだ。脳内で"ワルキューレの騎行"が勝手に再生され始めてる。意味がわからん。巨匠よ、どうか私をお救いください。

 縦横無尽に動く戦車。次になんとか発射した砲弾は二輌を連続で貫通し、再び景色が捲られるように変動。ロンメルは嬉々として目の先にあった敵戦車のキューポラから手榴弾を投入。

 私は、目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまったんだろうか。


 とりあえず行く先々で刺激性のあるスパイスをばら撒く位はやった。しかしそれだけだ。

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