夜啼饂飩を笑顔で食べよう

 地上からの攻撃が絶対に当たらない位置に配置していた観測手によって、我々の鬼神の如き闘いぶりは評価されない事も隠蔽される事もなく、本土へと伝わったらしい。実に喜ばしい事である。

 敵国家の戦車一輌で帰還中に迎撃なぞ喰らってはたまらんと、必死に叫び適当に布を結んだ旗を振って進んでいたが、杞憂だったようだ。

 圧倒的な魔力値で空に浮かんでいた観測手に恨み言を言うつもりはないが、見ていたのなら増援でも寄越してくれればよかったのに、とは思う。


 生き残っていた部隊と合流。遠巻きにじろじろと眺められている視線は感じつつも、まあこちらはデカブツを引っ提げ硝煙と泥まみれなので、仕方ないと言えば仕方がない。


「ロンメル、私の考えすぎかもしれんが。いや……もしかすると。我々は期待値以上の働きを、蟻の分際でやってしまったのかも」

「杞憂であって欲しいもんだけどな」


 何故——が多すぎるのだ。我が国家が、緊張状態を沸かした当事者であり、暴虐の口火を切った愚か者ではない事を祈る。

 隣にいるロンメルが、それを感じ取れるほどには怜悧である事がまた一層私の不安を掻き立てていた。



 報告、報告、報告。

 そして疲れたので早々にお堅い場所から離脱し飯盒炊飯。

 褒美も勲章もいらん。撃破数は全てロンメルの名で申告。これで奴が勲章かメダルでも受ければきっと周りの視線も変わってくるに違いない。

 私? 私かい? 自由時間を数時間ほど申請した。名誉で腹は膨れん、少々夜間に勝手なお時間を。ええ起床予定時刻には合わせますので、と。


 炊き立てご飯は全てを回復してくれる素晴らしいものだ。体力も、SAN値も、等しくこの純白の粒の前にはすり減り具合など赤子同然。


「名誉も何も要らないと、帝都の料理を望むでもなしに自身で野外調理を始める奴なんて初めて見た……」

「おう、ご苦労さん。ロンメル、お前も食うか?」

「い、いや。そんなよくわからないものを口にって……」


 ほこほこのご飯に満面の笑み。遂に! 遂に念願の白ごはん!!

 ロンメルはドン引きしているが知ったこっちゃない。お前の対戦車戦中の動向の方が、よっぽど引くに値するようなクレイジーなものだったぞ。


「いいから、食えって」


 茶碗にこんもり盛った白米。ほろりと真ん中を崩してへこませ、そこに生卵を割り入れる。


「な、何してるんだ!」

「ん? これにな、醤油ってのをかけて食べるんだ。卵かけご飯。私のお気に入りだ、天にも昇る旨さだぞ」

「お前……正気か?」


 欧米では卵の生食という概念がないのだと前世のどこかで聞いたことがある。

 生で卵が食えるような衛生状況と日数をクリアして食卓に運ばれるのは、ほぼほぼ日本だけなのだ。

 映画のロッキーで主人公がジョッキに生卵を入れてがぶ飲みするシーンがあるが、あのシーンの「それほどの危険を冒してでもタンパク質だけ摂取している」という狂気の具合を、日本人は生卵を食する民族としてミリほども感じる事ができなかったりする。


 まあ見てろって、そう暗に視線で諭しながら卵かけご飯をかきこむ。


 ——う ま い !!!


 思わず頬が緩んで唸ってしまうほどの旨さ! 念願の炊き立てご飯は涙すら出そうなほどの幸福の味!

 ガツガツとかきこむ私を見て、ならば……と思ったのだろう。ロンメルが若干渋りながらも茶碗を手にしたのが見えた。もちろん、奴には食い辛いだろうと先にスプーンを渡してある、抜かりはない。


「あ……なんだこれ。おいしい」

「だろ! こんな飯が食えたら、明日も頑張って生きようとは思わんか?」

「あ、ああ……」

「よかった! 腹減ってるだろ、おかわりもあるからな!」


 二杯目はネギとラー油を加えてもいいな、等と悠長に考えながら言う。ロンメルの表情が、美味しいものを口にした反動で年相応にとろけているのがまた良い兆候だ。


「お前は……分け与えるんだな」

「ん? 何がだ」

「人とは……奪い合うのが常だと、俺はそう思ってたのに。なんか変な感じだ」

「まぁ時と場合によるがな。旨いもんは分け合って、皆で食ったほうがもっと旨いぞ」

「変なやつ」

「……貴様にだけは言われたくないぞ、戦闘狂バーサーカーめ」


 夜は更けていく。

 明日の事なぞ知れぬ働き蟻たちの眠る場所に、それでも時間は平等に。朝日は等しく昇るのだ。





 増援部隊と合流、交代してからの一時本土へ帰還。

 士官候補生の実質的な演習上がりの為である。緊張状態はキープしながらも、その後全面的徹底抗戦となり得なかった天の采配か、ただのまぐれか、どちらでもいいが感謝しよう。


 本格的な配属が通達される……とは言っても、せいぜい補助大隊付きの二等兵が本格的に機動する大隊所属となるだけのお決まりコース。

 給養員への転属願いはどうやって出したらいいのだろう、とのんびり書面の文章を考えていたくらいだ。



 ——と、思っていたのに私はロンメルと共に所属大隊の司令部へのお呼び出し。

 待て待て待て。戦車撃破は全てロンメルの功績だと申告したのに。

 スーパーバイオレット突撃章(ちなみに最上位の強力粉突撃章すら協議されていたと聞いて、その名称にため息がでた)に合わせて戦車撃破金章を授与。わっしょい!? どうして私にそんな物が送られてくる? スキレットで殴打し、戦車の中では殆ど叫び声を上げ続けていただけだぞ?

 そして降りてきたのは辞令。まさかの昇任。

 二等兵プライベートでのほほんとするつもりが、まさかの正式雇用即伍長勤務上等兵ファーストクラス。内地勤務どころか勤務地は戦場一択。しかも階級は下なのに仕事内容は下士官と同義。

 なんとも正社員の働きを求められる契約社員となってしまった気分だ……。

 隣をちらりと伺えば、ロンメルが嬉しさが零れ落ちそうな顔で勲章を受け取っていて、どうしたものかと内心ヒヤヒヤで勲章を受け取る。

 まだかっこいい名前でよかったよ、スーパーバイオレット。麦と銃がクロスしたデザインがなんとも言い難い。これを着けて今後は軍務に着かねばならぬのか。


「中央は此度の貴官らの働きに非常に感銘し、その功績を讃えこれを授ける事とする」

「「ハイル・カーボ!」」


 なんだこのやり取り。冷静に考えてヤベェ。


 曰く、背景として。攻撃を受けた際に指揮系統のトラックが爆発炎上。対砲弾魔術式やガードを発動したものの、我らの属する補助大隊はもはや司令塔の無いただの鉄砲持った群衆と化していたと。

 そこに。私の怒号が響き渡った。そして塹壕からの援護射撃を命じ、ロンメルとたった二人で敵戦力を掃討してきたと。

 まあかなり盛られてる感はあるが、大筋では否定ができない。爆発音を聞くだけとなった新米兵に下士官候補生は、その殆どが命を救われ無傷だったのだ。


 特進に近い昇任。出自も関係して突然階級を上げすぎると周りが煩い、故に伍長ではないが実質伍長の働きを命じられている。

 失われた働き蟻アーマイトの指揮官を、ゆくゆくはその頭脳たれと望まれている。半分聞き流していた訓示の中にはそういった意図が示唆されていた。


「これからも、よろしくお願いしますフォーゲル殿!」

「は?」


 退室の後、廊下で略式の敬礼をしながらロンメルにそう告げられた。しかも、これまでに見た事のないような眩しい笑顔で。


「私の指揮官、この人生を賭してでもついて行くべき御方は貴方だと誓ったのです」

「ちょっと待てロンメル。何故私に敬語を……?」

「何を仰いますか。先ほどの任命、貴方が我らが班長と言われていたじゃないですか」

「……え?」

「フォーゲル殿は全くもって欲の無い御方だ。撃破数を全て私の名で報告されていたとお聞きしました」

「まぁ。だって事実じゃないか」


 いいえっ。そう吹っ切れたような笑顔で言い切るロンメルは眩しい。しかし私は少々逃げ出したい。


「貴方が居なければ、私はあの日砲弾で千切れた身体を引きずり敵陣地で果てる運命でした。それを「違う」と、私に光を与えてくれたのは貴方です。なのに貴方は、その戦果すら全て私に譲ってしまわれていた」

「は、はぁ……」

「貴方は仰いました「私を生かせ」と。ですから、この不肖ロンメル、貴方の補佐として全身全霊を持ってフォーゲル殿と共に戦場を駆け、生かす闘いを継続する所存です」


 ロンメルは当初のあの棘のある態度をすっかり顰め、それはそれは素敵な笑顔で笑った。


「あっ、なので貴方の活躍をこれでもかと熱弁し、叙勲は二名でないと受けませんと言ったのも私です」


 ——ロンメル、お前だったのか。


 あゝ。この異世界におわします神に等しきものよ。

 どうしてこうなった。

 どう考えても目の前にいるのはトップエース、名将の可能性を秘めた英才だ。チートと云えばこいつの事だ。主人公枠は絶対にこいつだ。

 駆け上がっていくロンメルのアドバイザーくらいになれればいいと思っていた私は、まさか彼の隣に立ちうる存在に選ばれてしまうとは。


 ……まあいいか。


 苦しみに満ちた幾夜を泣き明かした経験が無い者は、泣きながら食べたパンの味を知らない。

 こいつは多分、それを知っており——分かち合えるに値する人間なのだろう。


「なあロンメル、昇任祝いに旨いものでも食おうじゃないか。『月見うどん』という食べ物が、遠い国にあってな」

「いいですね。貴方がそうやって好きな物を食べられる生活を護り抜くのも、これからの私の使命です。……ちなみに、ツキミウドンとは何でしょうか?」

「まあ、ついて来い。生姜と卵の餡かけにしてもいいな、昔食べた夜泣きうどんを参考にして作ろうか」

「貴方は本当に、卵がお好きなんですねぇ」


 いつかコイツにきつねうどんも教えてやろう。

 そう思いながら、ひとまず我々は帝都の宿舎へと向かうのだった。

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