メレンゲの気持ちがわかってたまるか
メレンゲを作ったことがあるかい?
そう、マシュマロとかふわっふわのシフォンケーキやカステラにも使われる、あのメレンゲだ。
「卵かけご飯は白身を一旦外して、ふっわふわにしてから食べたいんです〜。だからぁメレンゲ……って言うんですかね、あれやってくださぁい♪ 私は手が痛くなるからできないですぅ」
って仕事の休憩時間中に言ってきた前世の同僚を、今なら確実にヘッドショットしていると思う。
同じ卵から出てきたのに、半身である黄身と離されて。自分だけとんでもない勢いで空気が沢山入るようにと原形が残らぬほどにかき混ぜられて——。その上で出来上がったメレンゲを。
「メレンゲみたいにふわっふわで優しい」って自己紹介する奴らよ、一度電動じゃない泡立て器でメレンゲを作ってみろ。どれほどの過酷な過程と苦しみの工程の上にあの優しさが生まれているか、実感した方がいい。
そう、人間だって一緒だ。
どんな人物であろうと、その人格が形成されるまでの過程も知らずに——一方的にイメージを植えつけたり嫌うのはよした方がいいという事だ。
「どうして……俺を助けに?」
「助けたんじゃない。バディなのに単独行動をするから追っただけだ」
「そんなの……放っておけばいいのに」
戦車一個中隊くらいの物量を相手に大立ち回り。爆炎が何度上がった事だろうか、ヘタな映画より凄い戦車アクションをかました気がする。どれくらいかというと「内臓がちぎれろ」よりもブッ飛んでた具合だと言えば、ナードな諸君にはその度合いがお分かりいただけるだろうか。
大目玉を喰らうかどうかよりも、とりあえず前線の野営駐屯地でいいから戻って目玉焼きが食いたい。そんな感じに割とズタボロになりながらも五体満足で帰還途中、静かになった車内でふとロンメルが私に話しかけてきた。
「アドルフと言ったか、お前の名前。『高貴なる狼』という意味の。さぞや名付けた両親はお前の事を愛していたのだろうな」
「知らん、孤児院の前に捨てられてたそうだからな。親の顔なんて見たこともないぞ」
「……孤児院に我が子を頼もうと思うくらいには、良識のあった親だったってことだろ」
「……前から思っていたが、ロンメルお前少々言い方に棘があるぞ」
「別に……」と視察口から入ってくる夕陽に目を細めながらロンメルが独り言ちる。その横顔と、夕陽と同じ色に輝く髪にふと目がとまった。
欧米で赤毛といえば、少しオレンジ色味の金髪だったよなぁなどと思っていると「なんだ、お前もやはり気になっていたのか」と嫌そうに言われた。
「何がだ?」
「俺の髪の色——キツネって呼ばれる、移民の血が入った民族だ」
「お前、よその国から来たのか?」
「違う——ってお前本当に何にも知らないのか? 同じ国の中でも移民の血が混じった人間は仕事につけないか、下手すりゃいい銃の的だ。昔は宗教戦争や移動を繰り返してきた人種だからな、撃つのにはちょうどいいとか言われてる」
「でも別に、お前自身は何もしていないのだろう? そんな理不尽なこと」
「——これだから、孤児院で守られて育った奴は」
綺麗な顔を歪めながら、ロンメルがそう吐き捨てるように言った。
人種差別なんて、こんな国家じゃ当たり前。根付いている意識を変えるなんてそうそうできない。親は死んだ、ロンメルが小さい頃に殺されたのだという。それ以来彼は一人、路上で必死に生きてきたのだと。
「自分のキツネを表すような外見に、何度死のうと思ったか。それに加えてこの生まれ持った魔力スキル……『悪意を持って攻撃してきた者の攻撃を受けると、その場所に移動してしまう』という最悪なものだよ。悪意を持った相手から、どれだけ殴られようが犯されようが……逃げようとしても逃げられない。殴り飛ばされてもそいつの足下に瞬間移動で戻ってしまうんだ。軍の測定でも予想通り「ハズレだな」と言われたしな」
「さっきのお前の能力……それだったのか!」
「あ、ああ……つまらんものだろう。路上でリンチにあっていた俺を、助けてくれた少佐がいたから——せめて一矢報いたいと軍に入ったというのにな。満身創痍でも敵軍の中で爆発でも起こして死んでやろうと思ってたのに——とんだ邪魔が入った」
これからどうやっていこう……とぼそりと呟くロンメルは、先ほどの戦闘中に見せたこちらがすくみ上がりそうなほどの覇気が見る影もない様子だ。
「すごいじゃないかロンメル! 何故誰もその能力に目をつけなかったのか、逆に私は不思議で仕方ない」
「別に。そんなすごいことじゃ」
「いいや。逆を返せば、敵の最も火力や攻撃力が集中した箇所を瞬時に見つけられるということじゃないか。しかもさっき見たところ、お前に触れてる物質は人も含めて全て移動ができるということだろう?」
「ま、まあそうだが……」
「つまり防御とカウンターさえしっかり叩き込めば、お前はどんな特殊部隊よりも敵司令塔を最短で叩くのに適したエースになりうるという事じゃないか」
「……」
「お前、自分が思ってるよりずっと凄い人間なんだぞ。そんな悲観的に死に場所を探すな。軍で出世して、差別してきた奴らを丸ごと見返せばいいじゃないか」
「……なんでそんな簡単に言える! お前に俺の気持ちがわかるか!?」
その拳がハンドルを殴り、急ブレーキをかけたように車体が停止する。
そのまま胸ぐらを掴み上げられたが、こちらを向くロンメルの表情は怒りというよりも悲痛のそれだった。
「わかるわけないだろ……」
「ちっ」
「私はお前じゃない。どんな苦しい思いをして、死にたいほど辛い経験をして、全て吹き飛ばして消えてしまいたかった気持ちも想像はつく。しかし私はお前じゃない」
「このっ」
「まあ待てよ、逆も然りってことだ。お前は私の気持ちなんぞ全くわからんだろう?」
狭い戦車の中で男二人で怒り狂って揉み合いになるのは避けたい。努めて冷静に、私はロンメルへと語りかけた。
「親がいないだと? 万々歳だ。何故なら今後の我が人生を憂う者がおらんのだ。好きに生きたらいい。両親がいた頃の希望を覚えて這いつくばっているお前は、人でなしの親を持ってしまった哀れな子の気持ちがわかるか? 裕福な家庭に生まれて、レールの上を必死に歩かねば失望されるプレッシャーの中生きる子の気持ちがわかるか? ……しかしな、それらは全てわからなくて当たり前の事だ。何故なら等しく皆々が他人だからだ。辛さも、嬉しさも、その度合いも個人個人によって異なって当然。他人の気持ちが全て理解でき、慮れる奴がいたとしたらそんな奴は聖人君子だろう。そもそもそんな人間がいたら戦争も差別も起きちゃいない」
スッと、襟首を掴んでいた手が緩んだのを感じる。
それは——正直言えば前世の自分に言ってやりたい言葉でもあった。まだ、まだ彼は若い。けれど若い故に、早々に自身の未来を暗いものだと決めて鍵をかけてしまっているのだ。こんなにも、可能性をまだ持っているというのに。
「そんなに悲観的になるな。羨んでばかりでは自己肯定感も下がるぞ」
「だが……俺は」
「見ろよ。目の前の男は戦場でも身ひとつで索敵するし、出せるのは食材だぞ? しかしお前のおかげでこうして生きている——ロンメル、お前のおかげだ」
「そんな事。今まで誰も——」
手を離した目の前の男は、もしかして泣いていたのだろうか。
差し込んだ夕陽に視線をとられた瞬間に、ロンメルは再びハンドルを握り直していた。
「馬鹿馬鹿しい。でも……それならちゃんと軍に戻るまで生かしてないと意味ないからな。先を急ぐか」
「ああ頼む。とりあえず腹が減った」
大暴れしたツケか、今血圧上げ過ぎたツケか、とんでもない疲労感に眠気が押し寄せてくる。
ゴトゴトと地面を進む音にふと隣の赤毛を見て、私はふっと笑みをこぼした。
「ロンメル……私の知っている遠い東の国ではな。狐ってのは魔術を使える高貴な生き物でもあるんだぞ」
「そうか……」
その後彼がなんと言ったのか、申し訳ないが眠りの中に真っ逆さまに落ちてしまった私には何も聞き取れはしなかった——。
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