パンはパンでも闘えるパンはなんだ?

 Q:パンはパンでも食べられないパンはな〜んだ?

 A:答えはフライパン


 では、銃弾を防げないパンは?


 ——それも等しく、フライパンである。

 フライパン程度の強度では銃弾なぞ防ぎようがないというのに。どうして私は飛び出したのか。


 しかもアイツ絶妙に足が速い、ふざけんなロンメル。お前絶対ゲームやファンタジーのパーティの中にいたとしたら好戦的な猪突猛進タイプじゃないだろうが、その甘いマスク的にも。

 狙撃の的にならぬよう、蛇行を加えた全力疾走をしつつロンメルの後を追う。

 戦意が旺盛なのは非常に良いことかもしれん、しかしそれが捨て鉢ならば別問題だ。最後に見たロンメルの表情が、どう見ても一矢は報いるが死を覚悟したような後者に思えて仕方なかった。

 ハッとして前を見れば、先ほどまで走り抜けていたロンメルがその脚を止めている。その手がゆっくりと拳銃ピストルをホルダーから外すのを、申し訳ないが三度見した。コイツ実は馬鹿だったのか!? 周囲に敵兵が視認されてない状態で、身も隠さずに何をしている? 砲弾の急降下してくる風を裂くような音に反応して、咄嗟に私はタックル同然でロンメルの身体を真横へと吹き飛ばす。


 次の瞬間、もといた立ち位置から聞こえたのは爆発音。

 爆風と共に土と小石が身体にビシビシと当たるのを感じながら、何故か私は身体がふわりと宙に浮くような不思議な感覚にとらわれていた。




 吹き飛んだ破片や石で眼球を傷つけないように目は閉じた。確かに閉じていたのだ。

 転瞬の間に、自分の位置が小高い人工的な車両の上に変わっているとは、誰が想像しただろうか。


「はっ!? なんだこれ」

「ちっ、ひっつけてきたか。悪いがフォーゲル、お前はここで俺と死ね」


 咄嗟の事に身構えつつも驚きを隠せない私の横で、ロンメルが淡々とそう言い放つ。

 いやいやいや。なんでそんな微妙に気持ちの整理がついたような表情で言われなきゃならん。お前と心中するつもりはないぞ。

 ロンメルが拳銃ピストルを構えたまま、もう片方の手でホルダーから手榴弾を抜き放ったタイミングで、転がっていた私の真横にあったハッチが軽く開いた——あっ、どうもお疲れ様です。

 目が合って咄嗟に会釈しそうになる。いけない、前世の社畜店員精神が魂にまで染み込んでいるという忌まわしさ。

 とにかく、原理はわからないがとにかく私達は二人して敵戦車の真上にワープしてきたと。そういう事らしい。

 そのハッチが開いたタイミングで、ロンメルが狂気に満ちた表情で手榴弾のピンを抜く。それを内部に投げ込もうとした手を横から蹴り足で弾き、手榴弾を吹き飛ばした。


「馬鹿野郎! 戦車一輌巻き添えにしてブッ飛ばしたくらいで何になる!?」


 落下地点での爆発音を聞きながら、手に召喚したスキレット(分厚い鋳鉄製のフライパン)でハッチから身を乗り出してきた敵兵の鼻っ柱を横に薙ぎ、勢いのまま頭を思い切りブン殴って下に落とす。ハッチも勢いよく閉め、上に転がり体重で一旦蓋をしておこう。まさかこんなところで鈍器が役に立つとは思わなかった。


 突然、遠距離に居たはずの敵歩兵が——しかもたった二名が、車輌の上に突如顕現したのを誰もが咄嗟に把握できてはいなかった。

 砲弾も銃撃もこちらには向かない。今が最適のチャンスだ。蹴り足の先で若干茫然とした表情を晒したままのロンメルの横っ面を、立ち上がってそのまま思いきり引っ叩く。


「死にたい奴はちゃっちゃとおっ死ね! しかしお前は、それだけの男ではないはずだ! 私は酔狂な大爆発心中に付き合うつもりはないが、ならば二階級特進以上の大進撃をする補佐くらいはしてやる! 有終の美を大花火ブチ上げるつもりで飾れ! 一度捨てようとした命だ……まずはお前のその命、拾ったこの私を生かすことにド派手に使ってみせろ! 死ぬのはそれからでも遅くはないはずだ!」


 フライパン片手に一体私は何を怒鳴り散らかしているのだ……と頭の片隅で冷静に思う。

 しかしコイツは決して自爆兵で終わっていい存在じゃない。さっきの意味不明な能力も含めて。それに何より——このままじゃまず自分が死ぬ。


 様子を伺いに顔を出した兵が気絶して転げ落ちてきたからだろう。戦車前面のハッチから別の敵兵が何事かと様子を伺って身を乗り出すのが視線の端に映った。

 まずい、ここからじゃ届かない——。

 そう思った瞬間、私の肩越しに長い手をかけるようにして、ロンメルがその敵兵を正確に拳銃で撃ち抜いた。


「——悪くない」

「……は?」

「死ぬためではなく生きるための闘いか、それも悪くない!」


 あ、なんか変なスイッチ入れたかもしれない。愉悦というよりも、恍惚とした表情を浮かべ引き金に指を掛けっぱなしのロンメルを見て、本能が盛大に警鐘を鳴らしている。

 流石に自分達の戦車の上で起こっている異変を感じとったのだろう、車内にいた残りの戦車兵が銃を構えて飛び出してきたのを即座に振り返り、勢いそのままにスキレットで殴打する。

 相手を気絶するまで殴る事に躊躇が全くないのも考えものだ。そういう意味では、ヤバい二人のみがここに到達しているという……心強くもあり、異常な状況。


「Okay, I can't control it俺にコイツは制御できん. So stay away from me死にたくなけりゃ近づくんじゃねぇ!!」


 とりあえず狭い戦車から出てくる可哀想な敵兵さんをこれでもかと言うほどに殴打した。I feel like a monsterってか。スキレットだけに。



 敵兵を車外に放り投げ、無事に車内に侵入完了。

 ——否、戦車一輌を鹵獲である。

 安心しろ、前世はピッカピカのゴールド免許だ、何故ならバイクしか運転してなかったからな。

 しかし要領は分かる。アクセルベタ踏み、無線オフ、そのまま真っ直ぐ国境付近へ爆走して逃げ帰ることくらいはできるだろう。戦車のお土産つきだ。


「変われ、フォーゲル」


 引いた。肩に乗せられた手に振り返って正直ドン引きした。

 神よ、戦争の申し子とはかくも恐ろしく生まれたもうたのでしょうか。

 あまりの恐ろしさに、僕ともあろう者が無言で操縦席を譲ってしまったのです。


 ロンメルは睨んだ通りの逸材だった。

 兎角、戦車戦にかけては誰もが知らなかったであろうが魔術スキルもプラスしての脅威的なほどのワンマンアーミー。

 そして何より——コイツはハンドルを握らせてはいけないタイプの人間だった。






 戦争慣れしていない国家が、無闇矢鱈と隣国にちょっかいをかけるものではない。

 ——この日、限定的な武力衝突、対外的に攻撃的なイデオロギー対立程度であった冷戦的な国際的緊張状態が瞬間湯沸かし器の如く沸騰。つまりホット・ウォーへと変貌した。


 きっかけは皇国による越境武力行使及びそれによる多数の帝国側の人的被害だと言われている。協定破棄をしたのは皇国——これが世間での一般論だが、真実は如何なるものであろうか。


 この日、皇国側の国境付近で自軍の戦車が一輌原因不明の大暴走。

 帝国側と同様に多数の損害があったという。


 それが……たった二名の帝国軍の戦闘狂の手によるものだった、という眉唾ものの報告は。

 帝国側の一方的なプロパガンダだとして、この時国際社会では報じられなかったそうだ。

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