さあ楽しい実演販売のお時間だ!
ようこそ! 訓練とは違い、命の綱渡りが真横に潜んでいるまま眠り過ごさなければならない野戦実習へ!
そう、士官候補生共には最終課程、我々前線の歩兵部隊所属の兵にとってはもはやスタート地点直前、むしろそのまま業務になだれ込むこと確実なインターンシップのお時間だ。
トラックにぶち込まれてほぼ丸二日の移動、過酷な国境付近の低強度紛争地域——つまりは四六時中緊張状態ドンパチ地域へと我々は輸送された。
与えられたのはライフルにナイフにファストエイドキット、水筒、手榴弾、予備の
補給は? 野営は? 衛生兵は? 一個大隊レベルと鉢合わせになった場合の増援のプランはございますでしょうか?
そんな質問すら許されないような我ら
出自がそれぞれあるとはいえ、衣食住が保証されているから志願したような人員が大多数。射撃も打撃も訓練はしたし、死にたくないの一心で奮闘はするかもしれんが、愛国心とはなんぞやと思っておいた方がいい。一応は『逃げたら間引かれる』程度の恐怖心の元、背中を向けて逃げ出すものはいないだろうが、戦争に置いて無心で引き金を引けるのはほんの数パーセントの猟犬のみである。お国の為にを刷り込むのであれば、もう少し上はマシな座学を用意しておくべきだったな。
さあここで私アドルフは考えた。
そこで少々いい成績を残せば、ある程度の実績での昇任は望めるかもしれない。班長や分隊長クラスになれば指示出しの安全圏内にせめて居られるのではないだろうか、と。
もちろんそんな事は高望みだ、重々にして承知している。しかし戦力となる人材アピールをしておけば、上もみすみすそいつを死地に送ろうとは思わんだろう。レッツ実演販売というわけだ。
最低でも班長クラスにさえなれば、自分とその班員くらいは善戦しつつの命を守る行動を意識できる。まだ卵かけご飯を食っていないのだ。安全な飯盒炊飯と新鮮な卵でブランチができる場所を確保しなければ、私の気がおさまらない。
そうこうしている間にも、皇国との国境付近に到達。
曰く美しさやセンスなどの洗練されたものを尊ぶ国家だそうだが、こんな地域ではいかがだろうか?
動物性食品を摂取しない健康法や、精製された炭水化物を摂取しない健康法は確かに、確かに存在する。悪いとは言わない。しかし忘れてはいけない、何事もカットするだけでは意味がないということを。我々だって給料だけがカットされれば暴動を起こすように、それだけをカットして他の栄養素で補わなければ単なるエネルギー不足——つまりガス欠を起こして不健康に痩せ細り倒れてしまうであろう。エネルギー枯渇による身体のストライキと同義であると考えても良い。
さて、相手はキレやすいか、それともスタミナがないか——はたまたそのどちらでもないか。
こんな風に馬鹿馬鹿しい敵戦力分析でもしなければ、食材を召喚するだけと少々マーシャルアーツが秀でているだけの小僧なんてあっという間に蜂の巣になる未来予想図が爛々と脳内に輝き現れるのだ。
深呼吸を何度しただろうか、せめて演習期間である七十二時間よなんの変哲もなく終われ。
——そう思っていたその時であった。
前線基地より更に前へ。
最前線の塹壕まであと一息というところ。
部隊交代のタイミングでも読まれていたのであろうか、突如国境付近より銃撃が開始されたとの報が入ったのだ。
もちろん先頭は我がアドルフの乗る掃き溜め部隊の車両。ドンパチの砲弾に晒される一番乗りだ。
ビビりあがる者、神に祈りを捧げる者。車内を見渡せど混乱状況。どいつもこいつも……驚くのは一瞬にしろ、こちらは完全に先手を取られた。巻き返さなければ蹂躙されるのを待つばかりだというのになぜ気がつかない!?
それが、間違った方向に完全に私の心に火をつけた。
なぜこちらの人権が奪われんとしている今この時に! こいつらは顔も見たことない神に祈る? なぜ抵抗なく震えて待とうとする!?
一発殴られたら三発殴り返せが私の信念だ! 二度目の人生ならば尚の事、遠慮はしない!
「下を向くな! これは威嚇射撃の範疇だ! ここはまだ帝国の領土内、完全に舐め腐って喧嘩を売っているのはあちら側だ! 帝国は我らを
「敵襲だ!」しか口にできん観測手も、後方の車両の指揮官の指示を待てとの通信も当てにならん。軍に所属する以上隊の統率を乱す事は誠に遺憾だが、ここは平和な日本の火災現場の消防士ではない、次に横から何が飛んでくるかわからない有事に、マニュアルに則って全員丸焼けは最も忌むべき事態である。
緊張で固まっていた隣の隊員を平手で打ち、輸送トラックから飛び出す。身体を丸め面積を小さくしながら地面に落下。銃声を確認しスコープを取り出した。現状把握もせずに何が敵襲か、方角と規模を把握し即座に対策を練るのが指揮官の仕事ではないのか。
「ガソリンを狙われたら丸焦げになるぞ! 地面に這いつくばれ!」の怒号に、ハッとさせられたかのように兵たちがわらわらとトラックから転げ落ちてきた。敵は現在輸送車両のみを狙っており、正確な人体への狙撃というよりかは車両や物資への打撃を狙っているようだ。
塹壕に転がり落ち、ライフルを手に持つ。砲弾が土を抉り爆発と共に土砂が舞う。遠くからは指揮系統のトラックが爆発炎上する音が聞こえてきた。これだけ砲弾が降ってくるということは、遠距離からの攻撃で一網打尽を狙っているということだろう。巻き添えを避けるため我々の近距離に奴らの歩兵隊が進軍していない事を願いたい。
「はははっ。血が滾るなぁっ。初陣から暴れたい放題だぞ貴様ら!」
兵の恐怖心を削ぐ為に、それらしい言葉と強気の笑顔で叫ぶ。実演販売の基本は他社を下げずにいかに弊社の製品を売るかだ。臨機応変、いかに口が回るか、製品を魅力的に思わせ欲しいと思わせるかが雌雄を決する。
今なら砲弾のドキドキ吊り橋効果も相まって、試食か試飲を促せば一つの成功体験で飛躍的に購買意欲(徹底抗戦及び遅滞戦闘できるんじゃね? という前向きな意欲)も上がるに違いない。
敵前逃亡をすれば下手すりゃ死罪だ。絶対に、絶対にそんな事態になってたまるか。
通信兵を待つか、それとも指揮系統の回復を待つか。相手は恐らく戦車か遠距離自走砲だ。ここから兵達の士気を上げ、増援到着までの戦闘を先陣切って務める……果たしてそれは可能な手段なのだろうか。
——否、その判断を自身の中で下すよりも先に、真横を突っ切っていった一陣の風がいた。ロンメルである。しかも思い出した、成績順でアイツは今実習での私のバディだ。
「あのバカ! 単独行動は自殺行為だぞ! 射撃に自信のある奴は援護してやれ!」
そう叫びながら私は思わず飛び出した。
奴の能力は知らんが無謀もいいところだ。死にたい奴は放っておけばいい、それはわかっている。けれど今身近な者の死を見せる訳にはいかない。
それに……私の横を走り抜けた際のロンメルの最後の表情が、何故か私の身体を動かしたのだ。
過去の大戦。そう、前世で私の生きていた世界での過去の話。
砲弾の中を嬉々として歩き、ピクニック気分で戦車を鹵獲していたという化け物的存在が極寒の国にいたことを、爆音の中走っていた私はふと思い出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます