その身に背負いしは贖罪ではなく、食材だった

 天から舞い降りたのは果たして幸運か、それとも不運か。

 なんと入隊用の身体計測の一部である軍用の魔力計測値で、ランプを灯してしまったのだ。この、魔力値無しと測定された私が、だ。

 曰く、軍用の測定器はより高度で細部の測定が可能であり、計測不能の最大値を持つものが仮に居たとしても対応可能だというのだ。

 国家間の機密事項、世界規模の裏裏の約束と言ったところだろうか。


「純なる無頓着者に強大すぎる力を与えてしまえば、世界が滅ぶ」


 まあわかる。大いに納得する。権力と財力もそれ相当にまた然りであるからだ。

 故に各国間腹の探り合いでありながらも、国力として使役する有力な人材以外にはその能力値が開示されないように一定の水準が存在するということだ。

 裏を返せば能力値が高ければ国力として働けということ、どっちが良いのか全くわからんというのが正直なところだ。


 そんな中で、私、アドルフ・カノン・フォーゲルだが。


「異次元干渉……。これまでに例のない能力のため全くの未知数だ。もはや測定値というより干渉ゾーンが亜空間レベルで異質です」


 ……えっと。すまん、物理学はだいぶ苦手でね。噛み砕いて言ってもらってもよろしいか?


「そんなものは最早神話の世界の話だ。つまりは別の次元から何かを手繰り寄せるのが可能ということか」

「理論上ではそうです。しかし我々では論理は確立できても、実証できるのはフォーゲル訓練兵のみということに」

「何が、何が呼び出せるフォーゲル!?」


 突然の猫型ロボットチャンス!? これは呼び出せるもののレア度によっては安全な後方支援での着任が可能なのでは? 自然と「ぐふふ」と口元が緩んでしまう。

 測定技師の理論上の説明はなんとなく把握した。簡単に言ってしまえば召喚術のようなものだ、別の次元に存在しうる何かをこちら側へと顕現させる……。


「おや?」


 出てきたのはバインダーかと疑うような大きさと固さのクーベルチュールチョコレート。そしてだしの素。

 いや待て、喉から手が出るほど欲しかったがそうじゃない、今じゃない。

 内心盛大に冷や汗をかいている。そりゃそうだ、こんな軍の入隊検査で軍事力として使えなさそうなものを出してしまっては間抜けもいいところ、元々キャリア組では無いにしろ今後のキャリアが大惨事だ。

 なにか闘えるもの……なにか闘えて役に立つもの……。

 テフロン製の大型フライパンが手のひらの上に顕現し、思わずその取っ手を掴む。なんと取り外し式だ、便利!!

 ……違うそうじゃない! 確かに殴打もできるし、鈍器として投げることも可能だが、圧倒的に……何か用途が違う! それは強盗の撃退方法であって歩兵戦の戦法ではない。

 あーせめて包丁、フードプロセッサー! しまったコンセントがない! いや待て包丁だなんて軍刀か銃剣を持った方がまだマシだ、見た目すらB級映画の殺人犯枠に成り下がってしまうではないか。


 なぜ空が飛べんのだ、せめてパイロットの資質はないのか。制空権を制するのは男のロマンだぞ。


 もうヤケクソだ。こうなったら前線などには何があっても行くものか。一かバチかだ。私は呆気に取られたり、すでに失望の顔色が見え隠れしている技師たちに向けて精一杯の笑顔で返した。

 そして召喚した、念願のコメを。ライスを。……もういっそのこと出来そうならツナマヨおにぎりという完成形で召喚すればよかったのかもしれん。


「自分は! 優秀な給養員になれるかと存じます!」


 食材が出せるとあらば、この時点で入隊辞退を申し出ればよかったのかもしれない。数時間後に気づいた時には遅かった。

 何より、私を見出しこの場所へと連れてきて入隊の諸手続きを既に行ってくれた少佐殿が視察に来ておられたのだ。他の選択肢を申し出ることはできなかったのかもしれない。

 しかし給養員だ、任せろ。戦車戦のピクニックなぞ未知数だが、キッチンの探検は大好きだ。戦力になれないのは誠に遺憾だが、相手は食い盛りの軍人連中、これぞ天職にありつけたのではないだろうか。


「大丈夫だ、アドルフ。きみが実戦向きだと言うことは私の推薦状を添えておこう」


 少佐殿が人の良さそうな表情で、俯く私の肩に手を置いていた。

 違う、違うんです。ガッツポーズをするのを抑えていたというのに何たる勘違いか。

 これでは少佐殿の異様な期待感と、実際見た技師官の所見の総意でとんでもない配置の可能性があるではないか。貴族位のある少佐殿が一筆添えたところで、さらに上からの何がしかが下ってしまえばそれに従うしかないのだ。


 ドンっと横から嫌味っぽく別の隊員に肩をぶつけられて、私は我に返る。

 よほどポッと出の候補者が能力もないのに既に上官から声をかけられているのが気に食わなかったのだろうか。見た感じ目鼻立ちのくっきりとした優男風だが、何だかいけすかない……私より背も高いしな、あいつの顔は覚えておくとするか。


 そして次の朝。


 ——配属の通知を見てうめき声を上げた。

 明朝より開始される訓練補助大隊での訓練の通知。所属はどうやっても変わらないらしい。

 問題は最後の数行だ。数ヶ月の訓練過程を修了後の所属も既に内内では決まっていたのだ。

 所属は実戦部隊。それも前衛。そう言えば聞こえはいいものの、要は「戦場で役に立たない能力だが身体能力に関して抜きん出ている者や、本隊では持て余すが一部能力に特筆すべきほどに光るものがある者」の集められた、掃き溜め部隊。

 出身は孤児や訳あり人員がメイン。後腐れなく前線にぶち込める身の上ばかりがよりどりみどりということだ。ここまで上層部の考えが透けて見えると嘆かわしい。


 そして地獄とは到底言い難いが程々には辛い訓練過程と武器の取り扱いを覚えたのちに、その日はやってきた。


 通称『働き蟻アーマイト』。なんとも働き蟻の法則が目に見えるような名称の部隊に、アドルフ・カノン・フォーゲルは着任することとなる。

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