P(プロパガンダ)F(ファッキン)C(クレイジー)バランス
曰く、各国間の外交事情は誠に芳しくない状況であるらしい。
街にはビラが撒かれ、連日の報道に国民の反感を煽るような広告に街宣活動ときた。まさに大々的な国を挙げてのプロパガンダだ。
こちらとしてはそのようなものに触れる機会すら怪しかったために、今の今まで素知らぬことであったが。
現在、大陸は大きく分けて三分割され、日々水際作戦とも言えるような小さな諍いが国境付近では起こり始めているらしい。
非常に、ああ誠に遺憾だ。
異世界転生とは、まぁまぁな苦境にあっても魔力やチートスキルで上手いこと渡り歩けるものだと認識していたのだが。そうほやほやと幸せに過ごさせてはもらえないらしい。
私は悪役令嬢でもいいからアフタヌーンティーセットとお紅茶に囲まれて過ごしたかった! あっその場合、スコーンにはクロテッドクリームをたっぷりとつけてな。
なんとまぁ、主張の違いが派閥を作り、派閥が言い争いと溝になり、主義を銘打った国家の分裂となり。遂には誰が弓引くかの違いはあれど、一触即発の状況であるという。
どいつもこいつも。いつの時代も、どこの世界も。人間というのは争うことをやめられないらしい。
主張をするのは勝手だが、思い遣りは何処へ捨て去ったというのか。ホスピタリティは人との関わりの上でも、産業の発展の上でも非常に重要である。
ふん、なぜかと言うとそういう文章を前世で社内ミーティング用に作った経験があるからだ。結局ミーティング当日の朝5時に作り終えたものの、他の主要メンバーが資料を提出できなかったからという理由でミーティング自体が頓挫したがな。最早作る前から社内のホスピタリティが欠如しているではないか、許さん。
——おっと、話が逸れてしまった。
自身の主張が通らないから、その土地や資源が欲しいから、で暴力的手段に出るのは非常に原始的で、尚且つ発達した文明を自負する人類だからこそ選択すべきではない。
——さて、ここまでは深層心理上の本音だ、ここからは建前の話をしよう。
建前。つまり、どう彼らに取り入り米を食うに繋げるかの話だ。
こんな欧州文化国家では、米は高級食材の一つだ。四次元に繋がる何かしらがあって、そこからほいと取り出せればいいのに。
……なんだか手がウズウズした気がするが、気のせいだろうか。
「軍に入るのであれば、我が国がどういう立場で存在しているのか、しっかり把握しておきたいです」
おや? と先を歩く軍の人間が不思議そうに振り返ったのがわかる。そうさ、「米食いたい」と言っておきながらも、チラつかされた餌にみすみす釣られてなるものか。
第二の人生だ、今回はなるべくしんどくない方向で私、アドルフは生きていきたい。旨いもん食って、適度に働いて、昼寝して過ごしたい。
であればこの選択が良いか悪いか、後々のために見極めておく必要がある。
そう、求人広告の文言やブランド名への憧れに目が眩み「入社したら雇用保険も入れられてなかった」「タイムカードは定刻に切られるけど、残業は当たり前」なんて実態に遭遇したくはない。
いつの時代でも「やりがい」を盾に、福利厚生や必要最低限の保障を当然の顔して削る企業は総じてクソなのである。
「君は賢そうだ。正直言ってこの国の軍部はあまり楽なところではない」
ほらきた。何が隠れているというのか。
「実戦部隊として機能しているのが、ごく僅かだという現状もあってね。君には補助訓練大隊でのトレーニングを卒業後、即時戦力となって欲しい」
ふむ。補助訓練大隊とやらは卒業という言葉がつきつつも、士官学校と同義とするより叩き上げ実戦型部隊の育成場というところだろうか。
いやいや、後のキャリアや給与面を加味すれば間違いなく昇進コースの士官学校出がいい。やはり大学出てない孤児の立場では幹部候補は夢見過ぎなのだろうか……。
まあ新米尉官になるかどうかのキャリアについてよりも、ぶっちゃけ最前線にブッ込まれても新米が食えるかどうかの方を内心私は心配している。
学び舎で優秀な成績を納めたぴよぴよの新米尉官よりも、先任の叩き上げ軍曹の方がよほど使い物になる。これはミリヲタであれば誰しもが知っている実情だ。つまりこのスカウトは実戦で即投入できて、有事であろうが即ぶっ潰れても代えのきく兵隊アリコース?
「それほどに、わが国家の状況は急を要する事態であるということでしょうか?」
「君は……それほどまでに頭も言葉も回るというのに、どうして国家の実情を知らないのか」
「興味がな……いえ、これまで孤児院とスクールを往復する日々のみ。そして学業が終われば、日課としてひたすらに己へのトレーニングに時間を使っていたからかもしれません。そもそも孤児院にテレビはありませんでしたので」
おっと、口が滑りかけた。
日課のロードワークは欠かしたことがなかったのでね、それにいずれは路上に放り出される身分であることも重々理解していたからこそ、日々鍛錬に余念がなかったのだ。
「ところで、まず前提として……君は隣国がどのような国家なのかというのも知らないのかい?」
しっかりと頷いた。
すまん、15歳にはまだまだ国内のことだけで手一杯だ、近隣諸国のことなど知る由もない。
そして叫んだ。言わずもがな心の中で。
狂っている。どいつもこいつも。
戦争とは往々にして狂っているものではあるが。
各国間の主張の違いは、「食に対する姿勢の違い」がメインとなる。
……冗談だと思うだろう? 夢だけど残念ながら夢じゃなかった、ってやつだ。逆に狂いすぎていて平和なんじゃないかと思うくらいだ。
いやまあ大事だ、信ずる神の違いで人類はとてつもなく長い年月を争いに費やしてきたのだから。主張の違いとはどのようなものであっても戦争への引き金になりうる。それが例え自身の信ずる食への主観の違いだとしてもだ。
動物性食品を摂取することを害悪とみなし、それと合わせて精製された炭水化物を摂取することすら非難するという皇国。
(いわゆるヴィーガン・マクロビ過激派というやつだろうか)
タンパク質含有量を最も重視し、プロテインは至高とばかりにナイスバルクを連発する共和国。
そして我が国家だ。
おかわりいただける……じゃなくて、おわかりいただけるだろうか?
米があるというのもあながち嘘ではないらしい。
何故なら、我が国家の信条は「ハイル・カーボ」だというのだから。
言うなれば……プロテイン(タンパク質)と、ファット(脂質)と、カーボ(糖質)のバランスの主張の違いで国家間非常事態だと!?
どうやらこの世界では栄養学というものがかなり偏って伝わっているらしい。
「君はどう思う? アドルフ・カノン・フォーゲル?」
私は深呼吸した。今が夢ではないことを再認識した。
ならば言おう、このバカげた現状に。
「東洋のとある国で、食という字は「人を良くする」と書くといいます。食を制限し、尚且つそれが主義の押し付け合いで戦争に発展するというのであれば、非常に嘆かわしいことです。私は自由に物を食べたい、それは誰にも非難されるべきことではありません」
この発言に、彼らは目を輝かせた。これは期待できるのではないかと。
一方私の目からはどんどん光が失われていった。とりあえず沢山脳みそ働かせたので、そろそろおにぎり1つくらいほしい……などと思いながら。
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