レバーは刺しても煮ても焼いてもいい
「本当に敵を倒したいのなら急所を狙え、目潰し、踵落とし、金的、あと鳩尾とレバーだ。一瞬の隙と目眩しが欲しければ、思いきり鼻を折りに行け」
これは私が前世で学んだ最も分かりやすい対ヒトへの攻撃及び防御法である。
路上ファイト、戦闘の類いはスポーツではない。開始のゴングなんぞご丁寧に鳴らしては貰えないし、悠長に構えをとっていればその隙に一撃喰らってしまうだろう。
もちろん、そんな展開にならぬことが最も望ましいし、近場に鉄パイプや金属バッドがあるなら拳よりもそちらを使用することをお勧めする。
もっとも、警察や特務機関の世話になりたくなければ争いごとは避けるに越したことはない。脚に自身があるなら回れ右をして一目散に逃げろ、全力疾走だ。
——なんでこんな事を思い出したかというと、今まさにそんな窮地の最中に立たされているからだ。
オーケイ諸君。順を追って話そう。
異世界転生におけるラッキーorアンラッキーの命運を握るもの。『魔力』だったり『能力』だったりその呼び名は様々だが、とどのつまりはスキルの開示、能力値オープン! の華々しいその日のこと。
そもそも転生する前のお決まりであるらしい「世界の神との対話」なんてなかったし、特筆して優れた容姿に生まれたわけでもない。
唯一叶えられたことと言えば「男に生まれたい」だった。これには存在するかしないかは不明だがひとまずこの世界の神に感謝しよう。
魔法と言っても実にチープなもので、空を飛んだり魔物を使役したりするような能力はほぼ存在しないに等しい奇跡の存在。自己の身分を証明するカードに『ランプに火を灯せる』だの『釣竿を引く際に筋力値が2倍になる』だの記載される程度。ほんの少し物を浮かせて自分の手元に持ってこられたら大いに結構! という、範囲が極端に限定的かつ最小限な具合だ。しかも人民のうちの少数派、科学の発展によるものか人類の進化と魔力の退化が比例しているのか。そんなものなんぞ無い一般市民が大多数。
そんな中で私、アドルフには『能力値・未検出』という非常に残念な結果が下る事になる。
もうこうなったらヤケクソだ。能力による推薦という希望は手放すしかないし、男児は魔法能力あってこそな将来有望組からは完全に脱落という目で見られてしまう事になる。
であれば、だ。私は次なる作戦に切り替えた。すなわち運動神経を磨いて身ひとつでも危ない目に遭う可能性をとことん減らすべし! である。
曲がりなりにも剣道段持ち、格闘技はプロライセンスも取得していた前世の記憶と知識ならば確かにここにある。
女性という性別である以上、何かと力負けしたり瞬発力では男性に勝てない超えられない壁が前世にはあったが、今の私は靭帯も骨も損傷していないまっさら健康な男児の身体なのである。
鍛えれば鍛えるほど、ノウハウは分かっているので力はつく。走れば走るだけスタミナもつくし、短距離はぐんぐんと速くなった。この年齢でこのタイム出していいのかと個人的には感動するほど脚も速かった。なおかつ身体を痛めないようなストレッチにセルフマッサージも完璧である。
程よく勉強し、程よくスポーツの成績も残した。転生故の有難い補正なのか、全ての言語は日本語として変換され、記憶が戻ってきてからも不自由なく聞こえるし読めている。
さあしかし、私は忘れていた。魔力も持たない者が、程良く……程度では進学において内申書及び推薦になんのプラスもないことを。全額免除の特待生を獲得しなければ、進学なんぞできないという事を。
まぁ科学文明がもっと発達していれば青色をしたネコ型ロボットの来襲を待とうというところだが、如何せんどうやら科学文明についても数世紀ほど遅いらしく、動力源は主に石炭とエレキテルと魔法で補っているという微妙に不便な塩梅である。
身分の保証もない未成年の男児に、世間はなんと冷たいことか。気がつけば年齢による孤児院の退所の日が近づいており、勿論金も稼げぬ私は道端に放り出されることとなる。
——絶対に嫌だ。
駅で寝泊まりするなんて経験は1度目の人生それっきりでいい。
身の回りの小さな荷物をまとめ、見ず知らずの路上へと歩き出す。スポーツ選手になるにはまだまだ歳が若すぎたし、あんな媚び諂う世界に戻りたくもない気持ちがあったのでプロのクラブ特待生のテストも受けていない。こんなガキ一人を見出してくれる大人がそこらへんに彷徨いているはずもないのだ。
そう考えていれば突然路地裏に引きずり込まれた。
ここで冒頭の場面に戻る事になる——。
相手は若い男が3人といったところか。なに、簡単なことだ。ここはちょっとレトロで治安もビミョーな世界。身寄りのない子供はどこに売ろうが何漬けにしようが世間から既に忘れ去られた存在である。なんだか胡散臭い連中にとっては格好のカモでもあろう。
しかし私、アドルフはシャブ漬けにされるなど御免蒙る。むしろしゃぶしゃぶを腹一杯に食う人生に、せめてなりたい。
低く屈んで跳び上がる力を使い、鼻っ柱に渾身の頭突きをブチ込む。鼻にキツめの衝撃を与えれば、生理現象で涙が出るので一時的な目くらましには最適なのだ。男がよろけた拍子に、遠慮なく急所に蹴りをブチ込む——これで1人。
次に、背後から抑え込もうとしてきた男の腕の隙間から、鳩尾に肘鉄を正確に入れる。やはりまだ十代、筋力が足りない。一撃で倒せなかったことに内心歯噛みしつつも、少しくの字に折れたその男の顎に振り返りざまに荷物の角でアッパーを入れた。
顎が上がってガラ空きになった左側の脇腹、通称 : レバーにそのままねじり込むようにして拳を叩き込むと、呻くような声が聞こえて男が膝から崩れ落ちる。——2人目。
しかし3人目はどうしようもなかった、ナイフを持った大人の男に迫られては、ガキの体格じゃどう考えても勝てやしない。
(走れるか? いけるか??)
緊張で全身が総毛立つようだ。そう思案していた数秒にも満たない一瞬。
「我が帝国では、飯炊き及び人身売買の目的での人攫いは厳罰対象だぞ!」
どこからか声が聞こえてきた。
よっしゃ、これぞ異世界転生! 都合よく誰かが助けに現れる、ご都合フィルターだ! 今世の私はツイている!
現れたのは警官だろうか、それとも軍人か。ぴっちりとした制服に身を固めた人物の威圧感に、ナイフの男はたじろぎ、程なくしてお仲間と共に拘束された。
「よく頑張ったね」
そう優しい手を差し伸べられた。
ぐっと握られた手のマメの位置と拳の厚さに、こいつは強い……と変に身震いしてしまう。いやいや、計量後の握手じゃあるまいし。
「さっきの君の動き……どこで覚えたんだい?」
「ほ、本で少々……」
そう答えると男は目を丸くしていた。
「本で、だって? 読んだだけで人体の急所を全て的確に?」
下手なことを言わないよう、静かに頷く。
レバーブローは得意なパンチの1つだが、実際に人に向けてやったのは今世では初だ。あんなに綺麗に決まってしまうとは思ってもいなかった。鳥レバーは好きだしレバ刺しも好き、煮ても焼いても旨いが自身には絶対に喰らいたくない打撃ナンバーワン。それが、レバー。
「キミのような子を探していたんだ。衣食住全てが保証される場所があるんだけど、どうかな。ああ、勿論給金も発生する」
孤児院を出たばかりだということをまばらに話せば、藪から棒にそう言われた。嫌な予感と、無性にわくわくする気持ちが心の底から湧いてきた私は、目の前で子供を安心させるための笑顔で微笑む男に問う。
「ちなみに、米はありますか?」
アドルフ・カノン・フォーゲル、15歳。
路上生活を回避し、対象年齢が16歳まで引き下げられたという国防軍の補助訓練大隊に所属することとなる。
そうか軍人! 軍人という手があったではないか! ビバ国防職!
……まて。なぜ年齢がそんなに引き下げられているのだ。
先人に学び、前世からの知識を振り絞ろう。このように徴兵の年齢が下げられたというケースは過去に……それもある時期に、世界中に点在していたではないか。
アドルフ・カノン・フォーゲル、15歳。
無職回避おめでとう! しかしこの日、世界は冷戦真っ只中だということを、私は遅ればせながら知ることとなる。
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