シャンパンシャワーと空中機動はなるだけ穏やかにいきたい
プロテイン共和国への一夜にしての進軍劇、そしてパルメザン主要一個部隊の鎮圧。ロングブーツに牽制——いや恩を売っておくにはいい手土産となったことだろう。しかしだ。
「後方支援ごとぶっちぎって進軍とは、孤立して囲まれてもおかしくないぞロンメル」
「申し訳ありません。では一旦我が軍、及び師団との合流といたしましょうか?」
「むぅ……。このままでは一方的な侵略行為だと言われてもおかしくない事案だ、それに数的劣勢を抱えたまま長期戦とするには望ましくない状況だな。中央や他部隊との連携も取りたい、可能であればそれが望ましいが」
「では一時的前線の野営地へと退却する準備を」
一旦とか軽々しく言ってのけるロンメルだが、思いっきり敵国家の領土内だ。長期戦になればなるほど、増援も含め地の利は完全に向こうにある。武器の量もまた然り、無傷で鹵獲できれば文句なしだが、戦闘中に敵の使用武器をアテにするだけではこちらの弾薬が枯渇した際に待つのは「死」のみだ。
しかしコイツが発言すると「まあどうにかなるか」と思ってしまうのはどうなのか。いや、信用するのはいいが慢心してはいけない。いつでも最善の方法で生き延び、美味い飯を確保するという戦略は怠ってはならんのだ。
「現在の位置情報、それから捕虜のロングブーツへの引き渡しのスケジューリング、それを含めて敵部隊がこちらを追撃する間を縫っての国境への迅速な帰還は可能かハインケル」
「おっけー。そんなのおまかせぇ、とっくにカッペリーニちゃん周辺の外交官へのアポは取ってるし、まぁなんとかなるっしょ。最悪邪魔なら捕虜のコたちは埋めちゃえば良いんだしぃ」
「出来すぎて恐ろしいくらいだなハインケル……。だがな、彼らを裁くのは我らではなく国家裁判だ。叛逆の武力組織とはいえ、国家にとっては彼らも国民に変わりはない」
「えーっ、でもどうせコイツら国に送還しても処罰ってかァ。下手したら処刑だよ? そんな丁重に扱わなくても」
「いいや、丁重に扱え。こちらに牙を向いた実際の証人として、今後の国家間の談合の際に優位に進められる可能性もある」
「はいはーい。帝国は残虐かつ武力に長けているって脅威的な印象づけはしなくて良いってコトだね。フォーゲルくんらしいや」
そこまでを平然として言ってのけるハインケルに若干背筋が震える。面倒臭さではなく、対国家としての印象付けの観点から捕虜の扱いを検討する頭の回る冷徹さは健在らしい。なんで国家首相の外交官にパイプ持ってんだとも思ったが、コイツは出自もアレだし何より元々特務だ。知ってたとしてもなんらおかしくはない。
敵は掃討戦を仕掛けてくるであろうが、こちらは防衛しつつの撤退である。今度こそ場合によっては「島津の退き口」だ。これが国境付近であったのなら援護として砲兵隊も期待できただろうが、完全に孤立してしまっている。
進軍距離が記録レベルであるだけに撤退は惜しい気もするが、補給も増援も完全に置き去りにしてしまった今の状況では、このスコアを一旦持ち帰りにして記録とした方が身の安全は保証されよう。
撃破章だけ幾つもらっても、身体は一つしかないのだ。空軍は五機墜とせばエース扱いだというのに、戦車の撃破数にエースがつかないのはなんだか不服である。正直勲章よりも命が大事だし、何がしかの燻製をもらった方がテンションが上がる。
「これがもし空軍なら、お前は既にトップエース扱いなんだがなぁロンメル」
砂漠の夜の冷え込みに、柚蜜ティーを嗜みながら隣に立つロンメルにそう声かける。作戦会議に美味しい飲み物は必須だ、頭の回転率が違う。
これだけの戦果だ、アピール次第では恩賜での休暇は堅いだろう。惜しむらくは、空までかっ跳べるのに戦闘機に乗って撃破していないという理由でロンメルがエースの称号を賜れない事である。柏餅付銀色カトラリー章くらい貰っても良いくらいだというのに。
休暇が来たら戦果ボーナスでBBQと勤しみたいのだ。焼きたての肉と大盛りの白飯をかき込む至福のためならば、私は食材召喚により魔力が枯渇するのも厭いはしない。
引き渡し経路の進行プランを纏め、各分隊に伝達する。タイムイズマネー、作戦が決まれば同じ位置にのこのこと留まる必要など一切ない。交代で仮眠を取りつつ出立の準備、日の出と共にサンドイッチでもパクつければ満足だ。
この世界にサンドイッチ伯爵は存在しないのでこの名称は存在しないのかもしれないが、そんなことは関係ない。
「そうか空っ」という呟きに対し、違和感を覚えず何も反応しなかった私が悪いのだろう。
——なぜ我が部隊が航空機をがめている?
「我々は空挺部隊の訓練なぞしたこともないぞ」
流石に高度が高度だ、文句も言いたくなる。
しかも一発被弾して当たりどころが悪ければ、全員お陀仏の地獄行き棺桶特装便である。だが速度が速い事には変わりない。
半ば脅しのような文句を並べ立て、満面の笑みでロングブーツ市国より輸送機を拝借したハインケルには頭が下がる。共和国も、まさか進軍した陸部隊が中継地点で消息をロストし、空輸で帰路についているなどとは思いもするまい。
「ご安心を」
ハイル・カーボの礼を掲げ、我が
ご丁寧に国家間の摩擦を避け、国境付近で我々が地上降下訓練を実地で行わねばならんという無謀。
わかるか? ある程度の格闘技術や地上戦であればこれまでの知識で応用できよう。しかし空中機動の訓練なぞ経験しただろうか、答えはノーだ!
習志野の第一空挺団だって兵科は歩兵だが、エリート中のエリートだぞ、どれだけの訓練を行なってると思ってる。心の中のミリヲタが全力で批判しているが、クセの強すぎる魔力保持者が集まったこの部隊の連中の心中はそうでもないらしい。
「空中での機動、感覚は前回の戦闘で既に掌握しております。スパイディもいるので、我々二名が何かあれば対応します」
「いやしかし、お前はともかく全員パラシュート降下だぞ。経験のない者に座学での説明の後実践とは少々荷が重すぎでは?」
「魔力放射を逆噴射すれば、割といけると思うんすよね。なんかあったら俺ちゃんが拾いますし」
「シュペッツレのその理論と同じく、逆噴射で地上に軽度の爆発と風圧を起こせば着地の際の衝撃もおおよそ相殺できるんじゃないかと推測します」
……なんでお前らは行く気満々なんだ。全員の安全確保の為に思案していた私としては、頼もしいやらなんとやらである。
第一、ハインケルが一発で航空機の操縦すらできてしまうのも良くない。なんでもありかよ。
まあ然し、部下達がここまで意気揚々としているのに、部隊長なるものが及び腰では締まらないだろう。ザワークラウトは怖がってないだろうかと声をかけたが「あっ、教官……身長制限」とかボソッと呟きやがった。変な所繊細なくせに、降下についてはお父上との飛行経験もあるという強心臓お嬢様っぷりを盛大に発揮しやがった。私の心配を返してほしい。
「では行くぞ、各班に分かれ降下開始! 空中での離散は避けるべく、シュミレーション通りの機動を心がけよ!」
「「「イエッサー!!」」」
万が一の事態に備え、地上で電子糸を張って待機できるシュペッツレの班から順に降下を開始する。追撃の可能性も踏まえ、我が班の降下は一番最後となる。
「諸君、『降下の心構え』は先ほど伝えた! 肝に銘じて国家の土を踏む事を意識しろ!」
・確実
・機敏
・細心
・大胆
空挺団の降下の心構えをこれみよがしに説いてみたが、全くもってその通り。恐れなく空に躍り出ていく部下達を見て溜め息が出る。
「そして……心構えの最後は『協同』、でしたよね?」
「——は?」
にっこりとロンメルが私の隣で笑う。
「フォーゲル、高い所が怖いならそう言ってください。このロンメル、いつでも貴方の補佐として命を賭す所存ですよ」
誰にも聞こえんよう耳元で囁いてくれたが、違う、そうじゃない。
「やめんかロンメルー!!!!!!」
「舌を噛むので叫ばないでくださいっっ」
降下の心構え五箇条のうち、最後の『協同』を盛大に履き違え、残りを全て忠実に守り切ったロンメルにより。私、アドルフはまさかの前世含めた人生初のお姫様抱っこで、部隊全員の歓声の中地上に降り立ってしまう事になるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます