第66話 大賢者、気合を入れる

「貴様がキルレインを操っていた黒幕か!?」

『黒幕とは人聞きの悪い。我が加護を与えてやっていたのだ』


 ミストの問いかけに、絡みつく蛇が不気味に蠢いて応じた。

 蛇体を震わせて音を発しているのだろう。人間のそれとはまったく異質な声。まるで小さな蛇が耳の中に潜り込んでくるようだ。


「操り人形がいなくなったから本人登場って、完全に黒幕のムーブだよね」

「お前からは悪の臭いがぷんぷんするぜッ!」


 ヒロトとツカサが、ミストの前に出る。

 さっきの黒い波動は溜めが必要なのだろう。べらべらとしゃべりはじめたのはやつも時間稼ぎのはずだ。この隙に俺もちょっと仕掛けをさせてもらうか。


(ミスト、悪いけど少し魔法使うぞ)

(こら、早まるな。もう少し様子を見ろ)

(さっきのやつをまた連発されたらマズイだろ。だいじょうぶ、金属メイドから回収した分くらいしか魔力は使わないから)

(くっ……本当だな?)

(本当本当、それにあの蛇野郎のうしろにあるデカいのはまるっと魔石だ。あれを回収できればもう俺の寿命を気にする必要もない)

(……仕方がない。わかった)


 ヒロトとツカサが蛇野郎の注意を引いている間に、俺はミストと小声で打ち合わせを済ませる。

 俺はひさしぶりに本格的に魔力を練る。第一の仕掛けとして、やつのあの広範囲魔法をなんとかしなくちゃどうにもならん。


「この街を千年守ってたとか言うけど、外は廃墟じゃん。どこが守ってたのさ?」

『矮小な者どもには想像もつかぬことよ。千年前、いくつもの宇宙がひとつになった。我もそれに巻き込まれてな。次元の境界が入り乱れる中で、この世界に堕ちようとしているこの街を見つけたのだ』


 俺とミストが作戦を立てているのを察したのだろう。ツカサが会話を繋いでくれる。


「千年前……といえば降魔災害か?」

『お前たちはそう呼んでいるらしいな。無数の世界が折り重なり合い、異なる因果律が無理やりまとめあげられた』

「異なる因果律……魔法や、新たな月のことか?」

『ほう、矮小なる者にしては察しがいい』


 ミストの問いに、蛇野郎は全身をおかしげに震わせる。


『あらゆる次元、あらゆる宇宙、遠き星々からすべてが集まった。貴様らが《神》や《悪魔》と呼ぶ存在もだ。知らぬ地に堕ちたやつらが相喰あいはむ様子は壮観であったぞ』

「傍観者気取りか。どうせその争いに割って入れるだけの力がなかったのだろう」

『知恵もまたひとつの力よ。暴威を振るうだけが《神》の有り様ではない』

「ふん、物は言いようだな」


 蛇野郎の答えに、ミストが肩をすくめて応じてみせる。

 なかなかの煽りっぷりだ。やりすぎてブチ切れさせないようにしてくれよ?


 しかし、わずかなやり取りだがやつの力が伝説級の《神》に及ばないことがわかったのは大きい。もしそんな力を持っていたら、黒龍のおっさんでも引っ張り出してこないと到底勝ち筋がなかった。


「それで、ボクの質問にも答えてくれるかな? このアキハバラをどう守ってたっていうんだい?」

『あのまま堕ちればくだらぬ闘争に巻き込まれて滅ぶのは目に見えていた。我の力でこの地を虚数次元に囚え、厄介な連中が滅び去るのを待っていたのだ』

「亜空間に引きこもって、じっくり観戦してたってこと?」

『完全に虚数次元にいては現世の様子がわからぬからな。時折街の一部を堕としていたがな』


 ミストと交代で、今度はツカサが質問を浴びせた。

 戦士なのに知将ムーブをしれっと決めるのがツカサの頼れるところだ。大賢者たる俺の出る幕がないという点を除けばだが、いまはそんなわがままは言うまい。


「それで、その堕とした一部ってのにいた人たちはどうなったの……?」

『使える者は多くなかったな。我が使徒として世界を探らせておったが、ほとんどが砂漠であっけなく死におった。まったく、人間とやらは脆すぎて困る』


 それで怪人を作り出して手先にしようとしてたってことか。

 ったく、文字通り人を人とは思ってないらしい。


「それってつまり、好きなように操って、見殺しにしたってこと?」

『多少なりとも我の役に立ったのだ。矮小なる者どもにはもったいない名誉であったろう』

「この野郎ッ! お前からは絶対に許しちゃいけない悪の臭いがしてくるぜッ!!」

『くははは! おしゃべりの時間はもうおしまいか? よかろう、その身を粉々にして我の贄としてやろう!』


 あっ、蛇野郎のクソマウントトークに我慢できなくなったヒロトが突っかけた。

 だが、タイミングはばっちりだ。狙ってやってるわけじゃないのに、ヒロトは妙にこの手の勘がいいんだよな。


『くだらぬ時間稼ぎをしたことを悔いるがいい。我が魔力によって塵となれ! ……あれ? 塵となれ! ん? 塵となれ!』

「歯ァ食いしばれよッ! 爆炎豪拳ヴォルカニックナックル

『ぶべらっ!?』


 魔法が出せずに動揺している蛇野郎の顔面に、文字通り火を吹くヒロトの拳が突き刺さる。

 小さな蛇を飛び散らせながら、蛇野郎がもんどり打って吹っ飛んでいく。


『なぜだ!? なぜ我の魔法が顕現しない!?』

「悪いが、お前の魔法は封じさせてもらったぜ」

『なっ、そんなことができるわけが!?』

「ふっふっふっ、魔法のことならこの《大賢者》セージ様に不可能はないぜ!」

『き、貴様のような毛玉になぜそんな力が!?』

「大賢者だって言ってんだろうが! さあ、ヒロト、ツカサ、それからシロちゃん! こいつを物理でぼっこぼこにしてやれ!」

「おうッ!」「言われなくても!」「……ん!」


 ヒロトが引き続き炎の拳を振るい、ツカサが張り手の連打を浴びせる。

 その隙間を縫い、人身になったシロちゃんが巨大なメイスを叩きつけた。

 蛇野郎の身体から無数の蛇が飛び散り、徐々に小さくなっていく。


「相変わらず初見殺しだな。お前の《魔封じ》は」

「肉弾要員がいてはじめて成り立つ魔法だけどな」


 俺の切り札のひとつである《魔封じ》は、辺り一帯に俺の魔力を巻き散らかし、めちゃくちゃに動かすことで術式の形成を妨害する技だ。

 細かく範囲を絞れないから、じつはミストやメリスちゃんの魔法も使えなくなっているのだが、そんなことまで親切に教えてやる義理はない。


「この分なら、次の仕掛けは要らないか?」

「いや、仮にも《神》を自称するやつだ。油断せずに備えるぞ」


 俺とミストはメリスちゃんを連れて、フルボッコにされている蛇野郎を横目に巨大な魔石の前まで移動する。俺は経絡を伸ばし、魔石との接続を試みはじめる。


『くそっ! ぶべらっ!? 矮小なる低次生命如きが……ぐはっ! 崇高なる我にこんな真似をぐへっ! して、許されると思うのか!』


 蛇野郎が全身を打たれながら何か叫んでいる。

 蛇野郎の体内に魔力がみなぎり、身体を構成する蛇の一匹一匹が太く、荒々しく膨張していく。俺の《魔封じ》が体内にまでは及ばないことに気づいちまったか。自己強化系の魔法を展開しているのだろう。


 ま、黒幕やらラスボスやらってやつは変身を残しているもんだ。

 ここはもう一丁、気合い入れていきますかね!

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