第65話 大賢者、ラストバトルの予感

 夫婦、ペアレント、あるいは夫婦めおと、それは一体何であろうか?

 男女が一対になり、人生を共にする。そして子を成し、次代に血をつなぐ。いや待て、それは必須ではない。メリスのご両親がそうではないか。血の繋がりはなくとも子を慈しみ、愛情を注ぎ、次の時代を紡いでいく……そういうあり方も否定されるべきではない――。


「おい、正気に返れ。馬鹿者」


 俺の意識はミストチョップにより現世に帰ってきた。


「それよりもだ。少し気になることを言っていたな。キルレイン女史、あなたは先ほど世界の滅びを見たと言ったが、それはどういうことだ?」

「すまん。若干錯乱していたようだな。そんなことをつぶやいていたか……。それが現実であったかはわからんが、見たままを話してかまわんでござるか?」

「かまわん。と言うよりも、変に解釈を交えず、そのまま話してもらった方が事実の検証には役立つな」

「わかった。それがしの精神があの不吉なるものに囚われていた間のことで、夢で見たような曖昧さであるのだが――」


 キルレインは、マサヨシ君に見守られながら訥々と経緯を話す。

 なんでも例のお魚を囲んだダンスをはじめる直前から、世界に奇妙な現象が起きていたそうなのだ。空間が歪み、ねじれ、縮んだり拡がったりする。そんな状況の中で、黒い像を囲んだ儀式は行われていたらしい。


「なるほどな。ジャークダーとやらが行った儀式はこの現象のトリガーそのものではなく、なんらかの現象に便乗して行われたことなのか?」

「それがしにも正確なところはわからぬ。だが、それがしの感覚でもミスト殿の見立てで間違いないと思うでござる」


 ううーん、なんかややっこしくなってきたな。

 このアキバ遺跡が転移してきたのはなんらかの自然現象みたいなもので、それに何者かが介入してきたってことか? 降魔災害の真似事ができるような存在なのであればやってることが微妙にしょぼいし。腑に落ちるところはあるっちゃある。


「うーん、そのへんも気になるところだけど、ボク的には監禁されてる人たちは無事なのかが気になるんだけどな」

「ああ、すまぬ。全員無事だ。それがしが身につけている護符アミュレットから亜空間への扉を開けることができる」


 ツカサから質問されたキルレインは、さらしでキュッと盛り上がった谷間から、錠前に蛇を絡みつけたようなデザインの首飾りを引き出した。その谷間、なんでも入っちゃいそうですね。ちょっと自分も入れるか試してよいでしょうか?


「いいわけあるか、馬鹿者め。少しは大人しくしてろ」

「ぐえー」


 キルレインの前で胸元に飛び込む隙を伺っていたら、ミストに捕まって首を絞められた。手先で首をギュッとされているわけではなく、両腕を使ったバックチョークスタイルだ。要するに、ぬいぐるみをお腹に押し当ててギュッとするアレだ。ギュッとされているのだ。ミストの細い腰についている薄い脂肪の柔らかさが背中に伝わり、そして頭の上からは大きな脂肪の塊の重みが覆いかぶさってくるのだ。


 あっ、えっ、その、ミストさん……? そ、そういう大胆なのはちょっとアレでしてね? 自分、大賢者なんですけど、あの、女性関係も大賢者なんですよ? 大賢者なんでね? あの、その、色んなシミュレーションは得意なんですけど、自分、いざ実践に及ぶと途端にチキるんですよ? あっ、あっ、あったかい。柔らかい。なんだろう、ここが桃源郷――。


「すまん、ヒロト。この毛玉をちょっと預かっててくれ」

「わかったぜッ!」


 恍惚としていたら、ヒロトのごつごつした胸の中に引き取られた。

 俺はミストに向かってシェーン! カームバーック! と四肢を振ってアピールするが、ゴミを見る目線をいただいた。えへへ、ありがとうございます。


「ええっと、セージはどうでもいいとして、ボクたちはどうやったら元の世界に帰れるのかな? 最悪、ボクとヒロトはこっちに残ってかまわないけど、一般人は元の世界に返してあげないと」


 ツカサがそんなことを口にしたときだった。


 ――カーカッカッカッ! この期に及んでまだそんな眠たいことを言っているのか。


 どこかから、重苦しいが、中性的な、なんとも表現し難い声が響いた。

 四方から声が響き、音源は分からないが――声を発した主体はわかる。魚の頭に囲まれた像がうごめいていたのだ。石でできたはずの像が、その全身を構成する蛇をにょろにょろと動かしていたのだ。


 ――帰るべき世界などない。数多の宇宙が引き裂かれ、ひとつにされたのだ。この街を千年に渡り守っていてやったのは我に他ならぬのだ……

【……臭い】


 何やら語っている蛇のごちゃごちゃ像に向かって、竜身に戻ったシロちゃんが白銀のブレスを吐きかけた。輝く奔流が像を飲み込み、床や壁を貫いて雲海を真っ二つに引き裂いていく。


「ちょ、ちょっとシロちゃん? 問答無用はさすがに……」

【……《悪魔》、《邪神》。そういう臭い。話、聞いちゃダメ】


 ドラゴンモードのシロちゃんが、警戒体勢のまま唸り声を上げている。

 幼竜とはいえドラゴンのブレスを浴びてもトドメになってないってことか……。


「ミスト、障壁展開! 全員障壁の後ろに!」


 俺は十頭身モードを解放し、メリスを捕まえてミストの背後に飛ぶ。

 ヒロトはシロを抱え上げて跳び下がり、ツカサもマサヨシとキルレインを引っ掴んで跳んでくる。


 ぼうっと暴風が通り過ぎる音。

 黒い波動が像から放たれ、ミストの展開する障壁を何枚も砕く。


「ミスト、もつか!?」

「私を舐めるな! 全員、頭を引っ込めて伏せていろ!」


 黒い波動が何度も繰り返し放たれる。

 柱が砕け散り、床が巻き上がり、ガラス壁が粉々になって空に散っていく。

 俺たちは、ミストの背にすがるように身体を縮めて破壊の嵐が通り過ぎるのをじっと待つ。


 ――カカカカッ! これを凌ぐとは、なかなか面白いではないか!


 黒い破壊の奔流が過ぎたあと、俺たちの前に立っていたのは絡みつく無数の蛇で象られた禍々しい人型であった。

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