第67話 大賢者、高笑いする

『いい加減にしろォォォオオオ!!』


 蛇野郎の叫びとともに、やつの身体が一気に膨張する。

 大人の腰よりも太い大蛇の群れが絡まりながらうねり、爆発したかのように暴れまわった。床が、天井が、柱が砕け、弾ける。サムライお姉さん戦の時点ですでにひどい有様だったが、いまや瓦礫置き場の様相を呈している。その中心には、伝説の九頭竜ヒュドラを思わせる巨大な姿に変じた蛇野郎がいた。

 蛇野郎が、九つの首を無秩序に振り回す。ヒロト、ツカサ、シロちゃんの三人は直前にぱっと飛び退き、すんでのところで大蛇の奔流をかわした。


「巨大化なら慣れてるぜッ!」

「まあ、毎度のパターンだよね」


 ヒロトとツカサは慌てるでもなく、ヒットアンドウェイで大蛇に打撃を加える。

 だが、先程までと違って蛇野郎に苦しむ様子はない。デカくなったぶん、防御力も増しているようだ。


「……んっ!」


 二人が攻めあぐねているところに、シロちゃんが満身の力を込めた打撃で割って入る。特注のメイスが黒い鱗に食い込むが、鱗一枚砕けずに弾き返される。シロちゃんのフルパワーであの様子だと、物理はもう通りそうにないな。


「それがしの刀であれば……」

「ちょっ、キルレインさん! 無理はダメっすよ!」


 刀を杖にし、ふらふらと立ち上がろうとするサムライお姉さんをマサヨシ君が止める。

 あゝ、仲良きことは美しきかな。夫婦でいちゃつくのは見えないところでお願いします。


「怪我人にうろつかれるのはかえって邪魔だ。大人しくしていろ」

「俺たち、一応勇者パーティなんて呼ばれてたんでね。役割分担はきっちりできてるわけよ」


 ミストが懐から出したワンドに紫電を走らせる。

 俺はヒツジさんトゥースをカカカカッと打ち鳴らす。

 《魔封じ》はすでに解除済み。これからは火力担当、魔法使いチームの出番だぜ!


「メリス君、牽制を頼めるか。何、あれだけ大きな的だ。外す心配はしなくていい」

「わかったー! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》!!!!」


 両手を前にかざしたメリスちゃんの周辺に無数の光球が生まれ、九頭竜ヒュドラと化した蛇野郎に向かって次々と撃ち出される。光球が黒い鱗を弾き飛ばし、肉をえぐり、血しぶきを発する。

 ま、物理特化したら魔法に弱くなるのが世の常よ。もともとはシロちゃんのブレスも無効にするほどの魔法防御があったにもかかわらず、その力をすべて物理に振ってしまったわけだ。

 《神》に限らず、強大な力を持った存在はこの手の揺さぶりに面白いくらい引っかかる。これも百年前の旅の中で俺たちが学んだことだ。


『小賢しい人間がっ! そのような魔法が我に通じるとでも――』

「《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》! 《魔弾》!!!!」

『ぐわぁぁぁあああ!? やめっ、やめろと言っているのだこの羽虫がっ!!』


 メリスちゃんの聞く耳持たずの圧倒的連射に蛇野郎がブチ切れる。巨体を震わせ、被弾をものともせずに突進してきた。よくもまあ、こんな弾幕の中を突っ込んでこれるもんだ。

 それにしても、メリスちゃんの連射力がこの短期間で驚くほど高くなっている。ここまで魔力が練れるようになったのなら、そろそろ中位魔法の習得を本格化させてもよさそうだ。


『女子供が調子に乗りおって! 跡形もなく念入りに轢き潰してくれる!』


 猛攻に耐えながら、蛇野郎が目の前まで迫ってくる。

 九つの蛇頭が鎌首をもたげ、俺たちを見下ろしてくる。俺はもちろん、メリスちゃんやミストも軽々丸呑みにできそうな大きさだ。このまま振り下ろされればひとたまりもないが、もちろんそんなことにはならない。


「何の工夫もなくまっすぐ突っ込んでくるとはな。予備の術式を用意していて損をしたぞ」

『ハッ! 負け惜しみを! 黒エルフの女、貴様から血祭りに上げてやろう!』

「《万雷八卦陣》」


 蛇野郎が吠えた瞬間、その足元に紫電が走り、魔法陣を描く。

 そこから幾千、幾万もの雷光が発せられ、蛇野郎の全身を縛り上げる。九頭の大蛇は、もはや言葉にならない絶叫をあげてその場でのたうち回った。目や口、鱗の隙間から白煙が上がり、ちょっと香ばしい匂いがあたりに立ち込める。蛇って、焼いて食べると意外とおいしいんだよね。


『くそっ! くそっ! この程度の魔法、我がその気になれば――』

「セージ、抜けられると面倒だぞ?」

「そんな隙はやらねえって。準備は万端よっ!」


 俺は背後の魔石から、接続した経絡を通じて大量の魔力を吸い上げる。

 全身に凄まじい魔力がみなぎるのを感じる。その感覚に、ガキの頃に魔力暴走で死にかけたときのことを思い出す。そういや、師匠が俺を拾ってくれたのもそのときだったな。

 貧民窟スラム暮らしも悪くなかったが、爆弾みたいな俺がいたら、いつ他のみんなに迷惑をかけるかわからなかった。ジェットで飛ぶ師匠にぶら下げられて、はるか虚無の谷まで空の旅を楽しんだのだ。


『な、なんだその魔力は!? とても人間に扱えるものでは――』

「さっきも言っただろ? ただの人間じゃあなくてね、俺は《大賢者》セージ様よ! 魔法の扱いにかけちゃ《神》にだろうが負けねえぜ!」


 俺は体内で暴れまわる膨大な魔力に指向性を与える。

 魔法というのは不思議な力だ。いろいろ理論は作られているが、根本原理は未だに解明されていない。ひとつだけ明らかなのは、人の意思、人の欲望に従って、その有り様をどんな風にでも変えるということ。

 師匠はこれを「世界に己の意志を押し付ける」と表現していた。


 では、この場における俺の意思とはなにか。

 ひとつ、この蛇野郎を退治すること。

 ひとつ、《大賢者》らしいスマートな決着をつけること。

 ひとつ、目の前の大蛇から香ばしい匂いが漂ってくること。


「となればっ! 答えはこれだ! メェぇぇえええー!!」

『はぁっ!? おまっ、何をっ!?』


 膨大な魔力を質量に転換し、俺はこの身を巨大化させる。

 もこもこもこもこ膨らんで、ふわふわふわふわ大きくなって、自慢の前歯をカカカカッと鳴らし、蛇野郎にがぶっと噛みつき、バリバリモグモグしてから飲み込んだ。


「げふっ、ごっそさん」

「「「「ええええーーーー!?」」」」


 ミストにツカサ、マサヨシ君とサムライお姉さんが信じられないものを見る目で俺を見上げてくる。うふふふ、これが《大賢者》に向けられるにふさわしい畏敬の視線よ。常人にはできないことを平然とやってのけるッ! それが《大賢者》たるものの義務!


「ヒツジ先生ー、おなか壊さないの?」

「うん、魔法で強くしてるからだいじょうぶだよ」


 メリスちゃんが心配そうに聞いてくるので、巨大ヒツジさんアームで頭をポンポンしてあげた。


「……シロも、食べたかった」

「帰ったら王都で食べようね。おいしいお店があるんだよ」


 不満げなシロちゃんをなだめる。蛇の蒲焼は王都の名物だ。ちゃんとした食用だし、蛇野郎なんかよりずっと美味いだろう。

 って、俺が知ってる店、百年前のだけどまだあるのかな?


「蛇焼き美味いよなッ! オレもひさびさに食いたくなってきたぜッ!」

「店で騒がないと約束するなら連れて行ってやろう」

「もちろん騒がないぜッ!」


 メシの話をしていたら、ヒロトが食いついてきた。

 よくよく見れば、真っ赤な全身タイツのあちこちが傷だらけだ。ツカサも似たようなもんだし、他のメンツも大なり小なり怪我を負ったり疲労している。


 それならば、大賢者的にやることはひとつだ。

 攻撃、防御、援護、回復すべての魔法を自在に操るからこその大賢者。その程度の傷や疲労、たちどころに癒やして進ぜよう!


「《範囲治療》! 《範囲疲労回復》! 《範囲浄化》!」


 魔石から引き出す膨大な魔力に酔いしれつつ、回復魔法を連打する。

 あたりが淡い水色の光に包まれる中、俺は巨大化したヒツジさんトゥースをカカカカッと鳴らしながら高笑いするのだった。


「あ、あの、セージさんが邪神に乗っ取られてるってことはないっすよね?」

「安心できないだろうが安心しろ。これがセージの本調子だ……」


 マサヨシ君の疑問に、ミストが眉間を揉みながら答えていた。

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