第61話 大賢者、食べる
「そういやさ、どうやって2万人も捕まえたの? 一人残らず捕まえたってわりには、ヒロトとツカサは残ってるし」
「あー、それはっすねえ……」
マサヨシ君の案内でYADOBASHIビルの頂上、2048階に向かいながら、俺が浮かんできた素朴な疑問をぶつけた。
マサヨシ君はどうも言いづらそうに頬をかいている。なんだ、またジャークダーによる悪逆非道な行為があったのか?
「YADOBASHIを占拠したあとに、ハッキングしたアキバ電工のメイドを使ってぜんぶのお客さんを捕まえたんすよ。その間は臨時休業ってことで出入り口を閉鎖して……」
「そんときに取りこぼしてたってことか? まあ、あんなゴーレムに捕まるほど二人とも間抜けじゃないもんな」
「いや、休業中なのに、全員捕まえたあとに無理やり入ってきたんす」
「え?」
俺は思わず、ヒロトとツカサに視線を向けた。
「定休日じゃなかったからな! ドアの故障だと思ったんだぜッ!」
「あー、YADOBASHIは勢力争いが激しかったから、勝手に封鎖されるとか珍しくなかったんだよね。あっ、もちろんガラスを割ったりはしなかったよ? 自動ドアに手のひらを当てて、ボクとヒロトでぐいーっと左右に開いて慎重に開けたんだ」
「正義の道は誰にも止められないんだぜッ!」
「目的はただの買い物だったんだけどね」
ただの買い物で正義の味方を名乗る連中が平然と不法侵入をする異世界……率直に言って、嫌すぎるんですが。
「自分たちだって嫌だったっすよ。普通は通れるところが封鎖されているとか抗争が起きてる証拠みたいなもんっすし、レッドさんたちみたいなアレな……いや、勇敢な人たちじゃないと入ってこないっす」
「正義と勇気は共に歩くものなんだぜッ!」
「えっと、それでっすね。レッドさんたちが侵入してたのに気づいたのはこっちの世界にきたあとで、メイドロボ――セージさんたち的にはゴーレムっすかね? それを差し向けたところでどうにもならないんで、周辺の探索なんかに向けてたらしいっす」
なるほど、俺たちを襲ったのはそういうメイドたちだったのか。
警備がなんたらとか言ってたけど、あれは何だったんだろう?
「たぶん元のプログラムを流用してるっすからね。アキバ電工みたいな老舗のAIは秘伝のタレの塊みたいなもんで、リバースエンジニアリングはほぼ不可能なんす。おそらく、敵性対象を誤認するような何かを追加で仕込んだんだと思うっす」
「ふむ、そのあたりはこちらの古代文明と重複する概念が多そうだ。ヒロトやツカサよりも詳しそうだし、少し詳しく聞かせてくれないか?」
俺とマサヨシ君の雑談に、ミストが割り込んできた。
あっ、これはスイッチが入っちゃったやつかもしれない。
「いやっ、自分なんてまだまだ勉強中っす! 仕事の合間に怪人大学入試に向けて勉強してただけで……」
「ほう、高等教育機関もあるのだな。系統だった学問を学んでいるのは実に望ましい。なに、
あっ、完全にマサヨシ君がミストに捕捉されてしまった。
これはもうミストが満足するまでどうにもならん。そんな性格を知っているヒロトとツカサも関わり合いにはなりたくないと聞こえないふりをしている。空気を読まないヒロトですら、スイッチが入ってしまったミストの面倒臭さは学習しているのだ……!
そして俺も当然スイッチが入ったミストの面倒臭さは熟知している。
俺はタンタカタンとどんぐりステップを踏みながら、あちこちを物珍しそうに見ながら歩いている少女連に近寄っていった。
「ヒツジ先生ー、これなあに?」
「うーん、なんだろうねえ。すっごくきれいなお菓子の絵が書いてある袋だねえ」
「……よく嗅ぐと、いい匂い」
「シロちゃんは鼻がいいねえ。じゃあ、中には食べ物が入ってるのかな?」
通路の両脇に並ぶ品々を見ながら、メリスちゃんが質問してくる。
大賢者的にはスパッと回答したいところだが、さすがに異世界の産物にまで俺の理解は及んでいない。わっ、透明な筒にちっちゃい羊の糞が詰まったみたいな変なものまであるぞ。
「メリスちゃんもシロちゃんも気になる? これはね、ボクらの世界のお菓子だよ。食べたい?」
「食べたーい!」
「……気に、なる」
「うんうん、そしたらいま会計を済ませるね。ヒロトー、支払いよろしくー!」
「なんだかわからないがわかったぜッ!」
わかったんだかわかってないんだかよくわからない返事をヒロトがする。すると、メリスちゃんとシロちゃんが手にしているお菓子の袋らしきものに天井から黄緑色のビームが照射された。えっ、なにこれ? 怪しげが過ぎるんだけど?
「これでもう食べても大丈夫だよ。開け方はわかるかな?」
「わかんなーい!」
「よーし、そしたらこっちの袋は端から裂いて……って、シロちゃん!?」
「……ばりばり」
「袋は食べられないからっ! 袋ごと食べちゃダメっ!」
袋をきれいに開けて中身をひとつずつ食べるメリスちゃんの横には、袋ごとバリバリと貪るシロちゃんの姿があった。
シロちゃんの胃袋ならこの程度でお腹を壊すことはないだろうが……食育について重大な懸念が残る。ツカサを手伝ってシロちゃんの手から菓子を取り上げ、中身を取ってあーんしてあげた。
袋ごとかじっていたときは微妙な表情だったシロちゃんが、いまはすっかり満面の笑みだ。うふふ、食べ物にはちゃんとした食べ方があるからね。バナナだって皮ごとじゃあおいしくないだろう?
俺はそんなことを言いながら、さっき気になっていた羊の糞の封を開け、中身をざらざらと口の中に流し込む。ぼりぼりと噛み砕くと、なるほど、これは何かの豆を黒糖で包んだものか。香ばしくてなかなか美味い。
「えっ、それ会計済んでないんだけど、食べちゃったの……?」
「む、食い逃げをするつもりはないぞ。ヒロト、支払い頼むぜっ!」
「わかったぜッ!」
ヒロトの返事とともに、また天井から黄緑色のビームが降ってきた。
今度は俺のヒツジさんストマックに向かってだ。俺のこのもこもこかわいいお腹に何か用か?
「いまのセージなら別にこれでもいいのかな……」
「なんかマズったのか? つか、さっきのビームって何なの?」
「あー、平たく言うと解毒ビームだね」
「解毒?」
「えっとね、YADOBASHIの食べ物は勝手に食べられないように、ぜんぶ毒入りなんだよ。それをさっきのビームが解毒して、それで食べれるようになるってわけ」
「はぁ!?」
俺はいま食べたものを咄嗟に吐き出そうとしたが、すでに腹の中でバイオエタノールに分解されていた。こ、これなら別に健康被害はないよな……?
「その身体で食中毒とかあるのかな……」
ツカサから提出されたそんな疑問を華麗にスルーしつつ、我々はお菓子による栄養補給を適宜挟みながらYADOBASHIの最上部へ向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます