第60話 大賢者、ツッコミを飲み込む
白熱した戦いが続いていると思ったら、唐突にお悩み相談がはじまった。
俺はどんぐりの蹄をカチカチと鳴らして、ヒロトの隣にしゅびっと座ってマサヨシ君のお悩みを聞くことにした。
ツカサとミストも続いて後ろに立ち、メリスちゃんとシロちゃんはお相撲ごっこで遊んでいる。
「えーと、どこから話したらいいっすかね……。ちょっと込み入ってるし、自分も理解できてない部分があって……」
「じゃあ、まずこのYADOBASHIビルを転移させたのはジャークダーの仕業なの?」
初っ端から話に詰まったマサヨシ君に、ツカサが話を振る。
「うちの仕業とも言えるし、言えないかもしれないっす」
「どういうこと?」
「さっき話しかけましたけど、転移前からキルレインさんの様子がおかしかったって言ったっすよね。ジャークダー様の神像の隣に、真っ黒な石で彫られた像を置いて拝み出したんすよ。鬼気迫る感じっていうか何かに取り憑かれているというか……」
「黒い石か。それはこういうものか?」
「そう、それっす! その石の感じに似てるっす!」
ミストが取り出したのは、金属メイドから採取した魔石の欠片だ。
ということは、その謎の像は魔石を原料にして作ったのか?
「なあなあ、ツカサ。そっちの世界には魔法はないって言ってたよな。魔法はなくて、魔石だけがあるの?」
「絶対とは言えないけど、魔力は存在しない世界だったと思うよ。魔法使いとか超能力者とか名乗る人はいたけど、みんな詐欺師か頭のネジが外れてる人だし」
「ええ……そっちの世界の魔法使いってそんなんなんだ……」
俺はツカサたちの世界に転生しなかったことを見知らぬ神に感謝した。
大賢者を名乗ったら頭のかわいそうな人だと思われる世界なんてつらすぎる……。
「安心しろ、お前はいまでも頭がおかしい。それで、その神像はどんな意匠だった?」
「うーん、それが奇妙で、思い出そうとすると頭に黒い靄がかかったみたいにはっきりしないんすよね。蛇っぽい何かだったって気はするんすけど」
「記憶阻害系の魔法の症状に似ているな。セージ、何かわからないか?」
流れでしれっと罵倒されたことに仄暗い悦びをおぼえつつ、俺は魔力の触手を伸ばしてマサヨシ君の脳みそをにゅるにゅると調べてみる。「あっあっあっ」とか言っているが気にしない。魔法で精神を探るときには避けがたい副作用だ。あっ、白目になって泡吹いてる。このへんで中止しよう。
「見たこともない術式がかかってるな。もっと詳しく調べてみないと詳しいことはわからんが、何らかの魔法の影響下にあるのは間違いない」
「お前が見たこともないとは……《神》や《悪魔》のたぐいか?」
「可能性は否定できん。そういえば、このビルを転移させたとときにはなんか儀式とかやったのか?」
「ええと、魚の頭を像のまわりにたくさん並べて、それを囲んでみんなで踊り狂ったっす」
めっちゃ《悪魔》やん。ありがとうございます。
「なるほど、《悪魔》だと仮定すると、小規模な降魔災害を引き起こしたと考えられそうだ。そういえばセージがこの遺跡では古い魔力と新しい魔力が入り混じっていると言ったよな? 建物の劣化具合にもバラつきがあった。ひょっとすると、何十年、何百年もかけて実験を繰り返しているのかもしれん」
「ビルごとに転移させる実験を繰り返してたってことか。表の遺跡はその実験の跡だと」
「そういうことだな」
俺とミストが話していると、他の面子は若干ぽかーんとしている。
あー、魔法使いでないとわかりにくい話だったかな? まあ、いまのところは仮説に仮説を重ねた状態だし、もっとはっきり状況がつかめてきたら噛み砕いて説明しよう。
「その悪魔ってのも気になるが、YADOBASHIにいたお客さんたちはどうなったんだッ!? さんざん探し回ったのに、誰も見つかられなかったんだぜッ!」
「うん、ボクたち的に優先順位が高いのはそこかな。一般人も巻き込まれてるんなら、早く救出しなくちゃ」
おおう、俺とミストが自分の興味関心に引っ張られているところに、ヒロトとツカサがきっちり正義の味方ムーブを決めてきた。い、いや、俺たちもそこを忘れてたわけじゃないんですよ。ほ、ほら、アレなんです。無人のYADOBASHIしか見てないんで、そこにお客さんがいた具体的イメージがね、わきづらかったというか何と申しますか――。
「やっぱりレッドさんたちはそこが気になるっすよね。さすがっす!」
「お世辞はいいから早く教えてよ」
「こうしている間にも、悪に泣いてる罪なき人々がいるかもしれないんだぜッ!」
「すみませんっす。すげえ言いにくいんですけど……転移の直前に自分たちが全員捕まえて、亜空間に監禁してるっす……」
「なんだとッ!? どこにいるんだッ!? 早く場所を教えるんだぜッ!」
「あの亜空間に接続できるのは、最上階のジャークダーの秘密基地だけっす。キルレインさんが目を光らせてるから、自分じゃ逃げしてあげることもできなかったっす」
「ヒロト、落ち着いて。何人くらいが捕まってるの?」
「ざっと2万人くらいっす……」
「「「「2万!?」」」」」
予想をはるかに上回る人数に、思わず全員が聞き返してしまった。
2万人と言ったら王国内でも中規模クラスの都市並の人口だ。そんな人数がこのひとつの建物の中に監禁されているのか……。とても想像がつかねえ。
「時間凍結されてるんで、飢えや渇きの心配はないっす。そこは安心してほしいっす」
「そういうことなら時間の猶予はあるのかな……。それで、2万人も誘拐して何をするつもりだったの?」
「全員に、怪人化手術を施すっす……」
「なっ、ただの一般人に!? 万一、適合したって頭がおかしくなりかねないじゃん!」
「イエローさんの言う通りっす。平均的な成人で怪人因子の適合率は10%……。2千人が成功したとしても、訓練もなしに心を壊さずにいられるのはそのうちのまた1割くらいなんじゃないかと思うっす……」
なんだか大変なことが起きているようだが、怪人化手術というのがわからないからいまいちピンとこない。さっきのコウモリ男やらクモ男みたいになる手術ってことだろうか?
まあアレだ、わからないことは素直に聞こう。
「ちなみに、手術に失敗するとどうなるの?」
「良くて廃人、悪ければ……命を落とすっす」
「はぁ!?」
超絶やべえじゃん。
200人の怪人を作るために、2万人を生贄にする計画ってことか。これはヒロトたちでなくとも絶対に阻止しなければならないと理解する。
「あー、しかしだ。このマサヨシとやらの話はどこまで信じていいんだ? 仮にも敵同士なんだろう? なぜそんな話を私たちにしようと思ったんだ」
「レッドさんたちなら、わかってくれると思ったっす!」
「私が聞きたいのはその前の動機だ。なぜお前はその一般人たちを助けたい。お前だって、悪の組織とやらの一員なんだろ?」
「ジャークダーをそんじょそこらの悪の組織と一緒にしてもらっちゃ困るっす! レッドさん……はあやしいけど、イエローさんはうちの社訓を知ってるっすよね?」
「あー、『清く、正しく、元気よく。みんな仲良く世界征服』だったっけ?」
「おしいっす!『明るく、楽しく、元気よく。みんな仲良く世界征服』っす! 自分はこの理念が好きだったっす! どんな悪事に手を染めても、心の芯にこれがあるからやってこれたんす! 自分は……自分は外道に堕ちたジャークダーなんて見たくないんっす!」
「マサヨシッ! お前からは正義の魂の波動を感じるぜッ!」
「レッドさん、ありがとうっす!」
感動に目をうるませたヒロトとマサヨシ君がひしっと抱き合っている。
俺は「それって本当に悪の組織って言えるん?」というツッコミを飲み込んで、その美しい友情の光景をただただ無心で受け止めた。
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