第55話 大賢者、クモ怪人と戦う
「……えっ、あっ、はい。了解っす。第3試合からはそういう形で……でも、そういうのは……あっ、いえ、なんでもないっす。了解したっす!」
マサヨシ君がまた耳に手を当てて上司と相談をしている。
雰囲気から察するに、相談と言うか一方的な命令だな。上意下達は組織の常と言えど、さすがに可哀想になってくる。
「ええー、すみませんっす。またちょっとルールの伝達ミスがありまして……。3回戦からは、こちらから対戦相手を指名してく形になるっす」
「それはまたそちらに有利なルールだな」
「すっ、すんませんっす。自分も上司に言われてるだけなんす! 理由とか聞かれてもわかんないっす!」
「まあいい。危なければ棄権すればいい。まさか降参も認めないなどとは言わないだろうな?」
「も、もちろん降参は認められると思うっす!」
「思う?」
「み、認められるっす!」
ミストがマサヨシ君に圧をかけて言質を取った。
こっちのチームの穴はメリスちゃんと……自分で言うのも情けないが、俺だ。俺たちを安全に戦わせるため、こんな交渉をしてくれたのだろう。俺が魔法を自由に使えれば余計な気を回させる必要もないんだが……まあ、いまはそれを考えても仕方がない。
「クーモクモクモクモクモクモクモ! 俺様の名は蜘蛛怪人スパイディ・ダーマ! 俺の相手はそこのヒツジだクモ!」
「……なんかもう
「な、なんの話だクモ? ダーマはお前を好敵手と見込んだだけクモよー」
またしてもクセの強い笑い声とともに現れたのは、赤い全身タイツに蜘蛛の巣のような模様が入った怪人だった。どうせ糸を吐いたり、それを使って飛び回ったり、糸玉を飛ばしたりするんだろう。
あまりにも想像しやすいせいか、ミストもいまいち興味がそそられないようで、メリスちゃんと何やら雑談をしている。
「おーい、ミスト。俺の装備頼むよ」
「む、すまん。メリス君に作戦を伝えるのに集中していた。セージは別に降参してもかまわんのだぞ?」
「そんな介護プレイは勘弁してくれ。やれることはやるよ」
「まあかまわんが。魔法は禁止だぞ。それから、危ないと思ったらすぐに降参しろよ」
「わかってるって」
ミストは俺のことになるとやたらに心配性になる。
ありがたいことなんだが、俺にだって男の意地がある。守られてばっかりじゃあ面白くない。
ミストが背嚢から俺用の装備を取り出し、ヒツジさんボディに取り付けていく。
まずは右腕。ミスリルを練り込んだ白銀の杭を打ち出すパイルバンカーだ。テストでは厚さ3センチの鉄板を易々とぶち抜いた。
次に左腕。これまたミスリルを練り込んだ素材で作ったチェーンソーだ。木材はもちろん、岩の塊だってバターのように切り裂ける切れ味である。
最後は胸に取り付けたヒツジさんの顔の形をした胸甲。このヒツジさんの口からは、強烈な炎を吹き出せるようになっている。
これらのオプション兵器は、すべて俺の胃袋にたまったバイオエタノールで駆動する。
可能な限り魔力を用いずに俺の戦闘能力を高めようと考えた結果、こんなサイボーグ戦士なヒツジさんが誕生したわけだ。俺は各装備の駆動を確認しながら、クモ男の前に進み出る。
バシュンッ! と音を立てて飛び出るパイルバンカー。
ギュイーン! と高音の唸りを上げるチェーンソー。
ボワワワー! と火を吹く胸のヒツジさんフェイス。
ふむ、すべて問題ないな。
では、思う存分相手になってやろうじゃないかクモ男よ!
俺が気合を入れて歯をカチカチと鳴らすと……あれ、クモ男がいないんだけど?
「だ、第三試合決着ッ! 不戦勝により、ヒツジさんの勝利ッ!!」
「え、マサヨシ君。どゆこと? せっかく気合い入れたのに」
「ええ、ダーマさんは『それは人に向けていいやつじゃないクモ!?』と言って……あっ、違うっす。いまのは忘れてほしいっす。『母方の祖母の従兄弟の叔父が危篤なので見舞いに行ってくるクモ』だそうで、決して敵前逃亡ではないっす。『絶対に逃げたわけじゃないクモよ。そこんところはしっかりはっきりさせておくクモよ! いやー、終生のライバルに出会えた気がしたんだけどクモなー、母方の祖母の従兄弟の叔父には世話になったからクモなー、義理を欠くわけにはいかないんだクモ。本当に残念だクモ。ジャスティスヒツジ、再戦を楽しみにしているクモよ!』って言ってたっす!」
俺はジャスティスヒツジなんてけったいな名前ではない。
そして再戦どころか一戦も交えていない。
それはともかく、クモ男は敵前逃亡……じゃない。母方の祖母の従兄弟の叔父が危篤なのでその見舞いに行ったようだ。家族を思いやれるその心はずっと大切にして欲しい。
自分の命が惜しいだけだなんて、俺はこれっぽっちも思ってないよ。その程度の武士の情けは俺だって持ち合わせているんだ……。
きっと彼は、今際の際にある叔父さんに「大いなる力には、大いなる責任が伴う」って言い残されて、正義の心に目覚めるんだな。そしてジャークダーから足を洗って、街の平和を守る仕事を始めるんだ。昼間は学生だったり、ピザの配達をしたりして日々の生計を立てるのだろう。ひょっとしたらコウモリ男も同じ仕事をしているかもしれない。
俺がバシュンッ! ギュイーン! ボワワワー! とさせながらクモ男のその後に思いを巡らしていると、マサヨシ君が「あ、あの、次があるんで下がってもらっていいすか?」とびくびくしながら声をかけてきた。
あっ、ごめん。いま引っ込むね。
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