第54話 大賢者、コウモリ怪人に同情する
「えー、解説のミストさん。いまの試合、どのように見られますか?」
「誰が解説だ。まあいい。本物のドラゴンの前でドラゴンを騙ったのがすべての敗因だな。シロ殿も、同族だと思ったからそこまで手加減をしなかったのだろう。それがなければ大怪我をせずに負けられただろうに」
ドラゴン男は完全に気を失っているようで、どこかから現れた黒タイツ軍団によって担架に乗せられて運ばれていった。六鬼将最強がうんぬんとか自慢してたし、きっと体力にも自信があるはずだ。命に別条はない……と信じたい。
「……えー、あっ、はい。ルール変更? いや、それはジャークダーの理念に……あ、いえ、なんでもないっす。了解っす。ではその旨、先方に伝えるっす……」
最初に出てきた黒タイツの人が、耳に手を当てて何事かしゃべっている。
先ほどの事態を受けて、急な指令でも来たのだろうか。額の汗を拭うような仕草をしながら、こちらに向かってくる。
「えー、初戦の見事な勝利、おめでとうございますっす。ちょっと急な展開でルール説明が遅れちゃったんすけど、一人一試合なんで、次の方を決めておいてほしいっす」
「なにそれ? さっきのドラなんとかさんの口ぶりだと勝ち抜き戦っぽいかんじじゃなかった? 一人でぜんぶ片付けてやるー的なムーブだったし。おっかしいなあ、俺の聞き間違いだったかな? あっ、あれか。うちのシロちゃんの実力にビビっちゃった系? こんな女の子にビビってルールを曲げちゃうとか、悪の組織的に恥ずかしくないの? ああ、悪だから筋の通らないことも平気でやるのか。それはそれで筋が通っているって言えるのかな? いやあ、ジャークダーさん、かっけえっすね。手段を選ばず勝利を目指すその姿勢、まじシビれるっす!」
黒タイツが勝手なことを言い出したので、俺は十頭身モードを解放して歯をカチカチと鳴らしながら威嚇した。黒タイツはびくっとなって後ろに跳んだ。
「ひっ、なんすかこのヒツジ!? 怪人っすか? 別組織の怪人なんすか!?」
「誰が怪人だ。俺は人呼んで《大賢者》のセージ様だぞ」
「あっ、自分は下級戦闘員のマサヨシっす。漢字で正義って書くっす。よろしくお願いするっす」
「あ、うん。よろしくね」
マサヨシがぺこぺこしながら右手を出してきたので、俺はその手にどんぐりの蹄を当てて握手した。礼儀正しいやつは嫌いではない。
「速攻で
「あっ、いやそれは……やっぱり六鬼将全員を倒してもらわないと……」
「こちらの勝利条件は全勝で、そちらは1勝でもすれば勝ちだというのか? それはあまりにもフェアプレイ精神に欠けるのではないか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす。上司に相談するんで」
ミストに詰められたマサヨシは、俺たちから距離を取るとまた耳に手を当ててなにやらしゃべっている。ぺこぺことお辞儀をしながら話しているその背中には、下っ端の哀愁が漂っていた。
「すんません。お待たせしたっす。4勝先取り方式で問題ないっす。いや、最初からそういうルールだったんすけどね。ドラゴさんがちゃんとルールを把握してなかったみたいで……。いやあ、連絡ミスでお恥ずかしいっす」
くっ、苦しい。どう見ても泥縄でルールを作っている。
だが、どう見ても使いっぱしりに過ぎないマサヨシ君にそこを詰めるのはあまりにも哀れで、俺もミストもそれ以上はツッコめなかった。
「では、次は私が行くぞ。あとはヒロトとツカサで2勝しておしまいだ」
「モーリモリモリモリモリモリ! 六鬼将をあまり舐めてもらっちゃ困るモリよ!」
ミストが進み出ると、やけにクセの強い笑い声を上げる怪人が現れた。
兎よりもなお大きな耳に、白目のない真っ黒な瞳。鋭く裂けた唇の端からは2本の牙が鋭く伸び、両腕は革を張った翼になっている痩せこけた獣人だった。
「俺の名は蝙蝠怪人バット・バッデス! 漆黒の暗闇から襲いかかる俺の攻撃を避けられるモリか!?」
コウモリ男の身体から黒い煙が吹き出し、辺りが真っ暗な闇に閉ざされる。
「《照明》」
そして、ミストがすかさず魔法で辺りを照らした。
ミストの周辺に光球が5つ、6つと浮かび上がり、むしろ先ほどよりも明るくなっている。
「えっ、そういうの、ありモリか?」
「暗くなれば明かりを灯す。ごく普通のことだと思うが?」
初級の生活魔法とはいえ、奇襲からのノータイムで一度に何個も《照明》を発現させるのは並の手際じゃないんだけどな。
ミストは光球を従えながら、ワンドにバチバチと紫電をまとわせてコウモリ男に近づいていく。
「お前の固有魔法はいまのだけか? 外部からの光を阻害する煙を生成するようだが、内側から照らされると意味を成さないようだな。他にも何かあるんだろう? はじめて見る種類の魔物なんだ。せっかくなのだからもっと他にも見せてくれ。ほら、
ミストはその美しい笑みを紫電に照らしつつ、コウモリ男へと一歩一歩距離を詰めていく。
コウモリ男は後ずさり、つまずき、尻餅をつき、なおも情けなく後ろに下がった。
「そ、そこまで言うなら見せてやるモリよ! 俺の必殺技を受けるがいいモリ!」
「《遮音》」
コウモリ男が大きく息を吸った瞬間、ミストが新たな魔法を展開する。
空気の振動を止め、音を遮る魔法だ。コウモリ男は大口を開けて何やら絶叫しているようなのだが、こちら側には何も聞こえてこない。
「コウモリの魔物が暗闇と超音波の固有魔法を使う、か。順当すぎて何の面白みもないな。他には何かないのか? きっと風も操れるだろう? 重力操作はどうだ? 身に宿した寄生虫を操ったりはできないのか? ほら、もっと見せてくれ。私に未知を教えてくれ。バット・バッデス君と言ったかな? 私は君に興味津々なんだ……」
「もっ、もう何もないモリよっ!? 許してモリっ! 勘弁してほしいモリっ!」
「なんだ、つまらん」
「うわぁぁぁあああん!」
コウモリ男は泣きながらどこかに走り去ってしまった。
南無三……。研究モードのスイッチが入ってしまったミストに絡んだ君の運がなかったんだ。
「け、決着! 第2試合ッ! 勝者、ミスト……さんッ!!」
マサヨシ君も、ミストをさん付けにしていた。
うん、気持ちはわかる。
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