第53話 大賢者、怪人に遭う

「ふう、やっと300階に到着だ」

「こんなダンジョンみたいな店、誰が買い物に来るんだよ……」

「YADOBASHIに来るときはみんな泊りがけだね」

「絶対おかしいだろ、それ」


 食事を終え、ツカサの案内に従うこと数時間。俺たちはようやくツカサたちが探索済みだという300階まで到達した。そこは展望台らしく、巨大な柱をだだっ広い通路がぐるっと囲み、片側がすべてガラスになっている。


 道中には見たこともない商品がいくつも並んでいるので飽きることはなかったが……入り組んだ通路をひたすら歩き、エレベータ-を何回も乗り継ぐのはさすがにうんざりしてくる。

 っつうか、商業施設として利用客のことを考えてなさすぎではないだろうか?


「ここは各メーカーの要塞的な意味も兼ねてるからね。防備を考えると複雑にせざるを得ないらしいよ」

「店と要塞を兼ねるんじゃない」


 ツカサたちのいた世界はよっぽど頭がおかしかったようだ。

 要塞なんて物騒なところでお買い物が楽しめるわけないだろうに。


「ふーむ、やはり視界はきかないな」

「埃っぽーい」

「……景色、悪い」

「だろッ! ここまで登ったのにがっかりだったぜッ!」


 他のみんなは窓を通じて外を眺めている。

 外の景色は砂煙で霞んでおり、真下の地面すらまともに見通せない。砂漠から飛んできた砂が空気を濁らせているのだ。


「それで、なんでこの階で探索を切り上げたんだ? 降りるのだって一苦労だろうに」

「この上にちょっと面倒くさいのがいそうでね……。それの相手をするんだったら、先に外を調べてみようと思って」

「金属メイドの上位個体でもいるのか?」

「それならまだよかったんだけど。ま、見てみればわかるよ」


 柱の中を通る螺旋階段を上っていくと、またしても広い空間に出た。

 表面に歪んだ模様のある捻くれた柱がまばらに立っており、床も壁も天井も大蛇の背のようにうねっている。それらはぬめりのある液体で覆われていて、歩くたびにニチャニチャと嫌な音を立てた。


「げえ、なんだこれ? まるっきり雰囲気変わってるじゃん」

「建築様式がまるで違うな。それにあんな柱でこの建物を支えられるとは到底思えん」


 俺の素朴な感想に、ミストが錬金術師らしい解説を加えてくれる。

 たしかに、あんなにひん曲がった柱でこの巨大なビルが支えられるとは思えない。


『くくく……よく来たなジャスティスイレブンよ……。貴様らがここまでたどり着くのを首を長くして待っていたぞ……』

「あー、やっぱジャークダーの亜空間だったんだ」


 どこからともなく、やたらに反響のきいた声が聞こえてくると、ツカサが肩をすくめてうんざり顔になる。


「現れたなジャークダーっ! 隠れてないで姿を表しやがれッ!」


 一方で、拳を固めて叫んでいるのはヒロトだった。

 ここまでくればなんとなく想像がつくが、一応確認しておこう。


「なあなあ、ツカサ。ジャークダーって何?」

「ボクたちが戦ってた悪の組織。他にもいたけど、ジャークダーが最大手だね。で、ここはジャークダーが戦闘用に形成した亜空間ってわけ」


 悪の組織に大手とか零細とかあるのか……。

 それはともかく、俺たちは敵の用意した罠にまんまとハマっちまったってわけか。まあ、ツカサの様子からして勝算があってのことなんだろうが。


「どこに隠れようと、正義の炎が必ず悪を照らし出すッ! お前たちから来ないなら、オレの方から見つけてやるぜッ!」

『くくく……そう急くな、ジャスティスレッドよ。せっかく舞台を整えたのだ。心ゆくまで闘争を楽しもうではないか』

「その声は斬殺怪人キルレインだなッ! オレはいつでも相手になるぜッ!」

『その意気やよし。では、我がジャークダーの誇る六鬼将を倒し、我のもとまで来るがいい!』

「おうッ! 望むところだぜッ!」


 どこかから聞こえてくる声と、ヒロトが普通に会話している。

 なんだろうこの状況、ものすごい茶番感があるんだけど……。


「ジャークダーとはいつもこんな感じだから気にしないで。あ、動画撮るけどいいよね?」

「ふむ、映魔機も回しておくか」


 ツカサが懐から小さな手鏡のようなものを、ミストは背嚢から小型の映魔機を取り出して構えている。うわー、まったく緊張感ねえよ。たぶんだけど、どうせいまから六鬼将とやらが一人ずつ出てきて、それを順番に倒していく展開でしょ? そういうダンジョン、時々あったよ。


「ちょっ、ドラゴさん! 困るっすよ。ドラゴさんはトリなんすから、そんな真っ先に出てこられたら」

「ええい、離せっ! 戦闘員如きが口答えするな!」


 今後の展開を予想していたら、二人の男が何やら言い争いをしながらやってきた。

 ひとりは刺々しい甲冑に身を包んでおり、頭はドラゴンを模した兜で完全に覆われて素顔が見えない。胸甲にもドラゴンの彫刻が施されていて、いかにも強そうだ。

 もうひとりは全身黒タイツで、中肉中背。ドラゴン男にぺこぺこしてるし、いかにも下っ端という風情である。


「だいたいな、弱い方から順番に出すなどまどろっこしい真似をするからいかんのだ。六鬼将最強たる我が、ジャスティスイレブンなど蹴散らしてくれる!」

「ええー、でもそれだと段取りが……」

「段取りなど知るか! そんな腑抜けたことを言っているからいつまでも世界征服が進まんのだ! これ以上楯突くなら、貴様から喰い殺してやるぞ!」

「ひえっ。勘弁してください。それじゃあ、先鋒はドラゴさんってことで……」

「貴様の許可を得る必要などない!」


 なんか揉めてるなー。

 ジャークダーってギスギスした職場っぽいな。まあ、悪の組織って言うくらいだからそれも当然か。


「我こそはジャークダー六鬼将最強、超龍怪人ドラゴザウルス! 我が身に宿る龍の力、貴様らにとくと味わわせてやる。さあ、誰が来る? レッドか、イエローか? まとめてかかってきてもかまわんぞ!」

「……ドラゴン、なの?」


 長大な刃がついた槍を振り回しながらドラゴン男が進み出る。

 その口上に、ドラゴン娘のシロちゃんが反応して一歩前に出た。


「なんだ小娘、我が力を疑うか。我こそは古代竜の力を受け継ぎし最強の怪人。侮るのであれば、女子供とて容赦はせんぞ」

「……ん、シロ、いく」


 シロちゃんは短くつぶやき、背中のメイスを抜いた。

 それはシロちゃんの背丈よりも長く、先端は大人の胴よりも太い。百キロは優に超える金属の塊を小枝のように振り回す様子を前にして、ドラゴン男が半歩下がった。


「そ、そんなハリボテに我が臆すると思ったら……」

「……えい」


 一陣の風。

 シロちゃんが銀光を曳いてドラゴン男に殺到する。メイスが横薙ぎに振られ、ドラゴン男がめぎがぎぼぎぎぎばぎっとやたら濁点の多い音とともに生物としてあってはならない感じのくの字に曲がってすっ飛んでいく。そして地面を何度もバウンドし、柱の一本にドチャッとぶつかって止まった。


「だっ、第1試合決着ッ! 勝者、銀髪の女の子ッ!!」

「……もう、終わり?」


 黒タイツは不思議そうな顔をしているシロちゃんの片手を握り、天に向かって突き上げた。

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